53. 今宵もこの方の為だけに詠う
邸宅に戻った私は、急いで去ったガーランと一足違いで戻ったアルフ様に、アルント王国のお父様にお会いした事を話して此度の事を許していただいた。
「あ、アルフ様……っ」
そう、許してはいただけたのだけれど、それはもう大変な代償を払う事になってしまって。
「せっかくゼラニウムを植えて、愛しい妻を囲ってしまおうと思ったのに。妖精王の孫娘思いには敵わないな」
口付けの合間にそんな事を言うアルフ様の瞳には、明らかに熱が篭っていて。息継ぎが出来ないくらいに何度も重ねられる口付けが、私へのお仕置きのよう。
「ご、ごめんなさい……」
「何故謝る? 私としては、エリザベートに堂々と罰を与える事が出来るから僥倖だ」
「そ、そんな……っ」
時々わざと私を虐めるような物言いをするアルフ様だけれど、私はそんなアルフ様の甘くて低い声に背筋がゾクゾクとしてしまうのだった。
「エリザベート、貴女の声はとても魅力的でミーナとして舞台に立つ時の姿は神々しいほどだ。民の為、そして国の為に祈りの唄を捧げる貴女は美しい」
「そうですか……?」
「けれどやはり醜い思いを抱いてしまうのも真実だ。エリザベートのその声を独り占めして、その姿を見るのは私だけなら良いのにと」
「今は……アルフ様だけではないですか」
私のこんなに上ずった甘い声も、熱い吐息も、知っているのはアルフ様だけなのに。
羞恥を煽る為なのか、時々アルフ様は寝台以外の場所でこのようになさる。はじめの頃の無表情で何を考えているのか読めなかったお顔も、私に包み隠さず気持ちを伝えるようになってから変わってしまった。
今だって、苦しそうに眉間に皺を寄せてらっしゃるくせに、口元は嬉しそうにクイと端を持ち上げている。そのお顔が私はとても好きなの。
「アルフ様、愛しています。ずっと」
私が恥じらいながらもそう告げると、アルフ様は強く抱きしめてくださった。苦しいくらいに私を囲う腕の力は、私を想ってくださる気持ちの強さなのだと分かっている。
「私もだ、愛などという言葉ではもう語り尽くせぬほどに」
アルフ様と出逢って、狂おしい程の愛は与えられるのも与えるのもとても幸せだと知った。幾つかの悲しい愛の形を見てきたから、私達は決してそうならないようにと時々戒めながら。けれど時々この心地良い愛に、何も考えず溺れていたいとも思ってしまうの。
ミーナとしては大事な人と民の為に。けれどエリザベートとしては、今宵もこの方の為だけに詠う。
――「夜の帳、しろがね色の月明かりに照らされる生命の花」
「追憶を背負い、浅き夢見じと思っても」
「空を見上げ、幾年の静寂に包まれれば」
「つい願ってしまう、運命を変えたいと」
「月を見上げて 夢を見させて 、そのうち蒼穹へと変わる」
「風に守られた花は永遠に咲く」
「過ぎて行く時の流れに身を寄せて、風が止まるその時まで」
「陽の下天に願うのは、栄華に咲く花がこの先も此処に存在続けられるようにと」