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1. 人形姫と赤の女達

 天井も壁も豪華絢爛に飾り立てられた王城の食堂。一部が白髪となったものの未だ見事な金髪を持つ国王が、自慢の口髭を撫でつけながらグルリと辺りを見渡した。


 私はなるべく視線を上げないように気をつけていたけれど、自分に向けて注がれる好奇の眼差しと憎悪の眼差しをひしひしと感じて、ぎゅうっと胸が締め付けられる。やはりこの場所は落ち着かない。


「先の戦で我がアルント王国の危機を救ってくれたのは、クニューベル帝国であった。それは皆も知っての通りだな」


 皆から『人形姫』と呼ばれ、嫌われ者の私が珍しく晩餐の席に呼ばれたと思ったら、戦勝でお父様のご機嫌が良いからなのね。


 此度の戦は西側の隣国ルシアが我がアルント王国へ侵攻してきた事から始まった。お父様は東側に隣接するクニューベル帝国に服属する代わりに、軍事介入を求めたのだった。


「そして我がアルント王国の平和は守られたのだ。憎きルシアも、我が国の背後にクニューベル帝国があれば手出しは出来まい」


 お父様は今の豊かな生活が守られさえすれば、この王国がクニューベル帝国に服属しようが構わないと思っているようだけれど。


「勿論ですわ、お父様! あの逞しくて勇敢なクニューベル帝国の将軍アルフレート様が、我が国の一大事に颯爽と駆けつけて下さって! 野蛮で外道な隣国ルシアをあっという間に蹴散らしてしまったのですもの!」


 相変わらずの脳天まで突き抜けるような甲高い声で相槌を打つ第二王女ドロテア。彼女の髪は燃え上がるような赤色で、大きく波打つウェーブとつり目がちな瞳も併せて王妃譲りだった。


 興奮気味のドロテアの言葉に、国王であるお父様と傍らに座る赤い髪の王妃が満足げに頷く。


「アルフレート様ったら、本当に素敵だったわ! まだ三十歳と年若くして、今大陸で一番勢いのあるクニューベル帝国の将軍を任されているのだから素晴らしい事よ」


 第三王女ヘルタも、姉に負けじと金属同士をぶつけた時のような高い声でアルフレート将軍を褒め称える。よく似た外見をしたこの王女達の声色は『玉を転がすような声』だと持て囃されていて。


 普段あまり人と関わらないせいか、私には少し音が高過ぎる。


 国王も王妃も、二人の王女がアルフレート将軍の事を帝国と我が国にとっての英雄なのだと目を輝かせて語り合うのを、目を細め上機嫌で見守っている。私はため息を吐きたいのを堪えながら、時が早く過ぎてしまうのを願っていた。


「それにあの凛々しいお顔立ちですものね。帝国ではアルフレート様の妻の座を狙って、数多の令嬢達が血みどろの戦いを繰り広げているとか」


 最後に、娘二人の会話に加わったのは王妃だった。第二、第三王女達の実母で、私の継母でもある。


 実年齢より随分と若々しく見える王妃は艶のある豊かな赤い髪を持ち、つり目がちな瞳も赤みがかった茶色をしている為に『赤の王妃』と呼ばれる事もあった。


「しかしその血みどろの戦いも、近々終わりを迎えるだろう」


 お父様の言葉に驚きを見せなかったのは王妃だけで、ドロテアもヘルタも父親譲りの青い目を丸くし、二人揃ってお父様の方を見た。


 その時私はというと、いやに芝居がかった国王と王妃のやり取りが可笑しくて、いつも通りの無表情を保つのに必死だった。そうしてこの先告げられるであろう事を耳にしたドロテア達の表情を見逃すまいと、お父様が再び口を開くまでじっと息を潜める。


 私はこの先告げられる事を、情報の早い仲間達から前もって聞いていたから。


「近々クニューベル帝国の皇帝陛下とアルフレート将軍が我が国を訪れる。その際、将軍の妻となる姫を、お前達の中からお選びになる事となった!」


 キャァー! っと耳をつん裂くような声が響き渡り、私は思わず眉間に皺を寄せてしまう。普段静かな別棟で過ごしているせいで、義母妹達の高い声に慣れていないのだ。それでも、女らしい澄んだ声に羨ましい気持ちがないわけではない。


「アルフレート様が私達の中から妻を選ぶですって? あぁ、どうしましょう。今からお肌のお手入れをきちんとしなくては」

「ドロテアお姉様。どちらが選ばれても、恨みっこなしですからね」


 ドロテアとヘルタは仲の良い姉妹だったから、そんな事を言いながらも頬を赤く染めて喜んでいた。第一王女であり異母姉でもある私はただ、そんな妹姫達を見つめながら黙っている事しか許されない。


 どちらにせよ、婚姻の話など私には縁のないことだけれど。


「エリザベート、お前もその日はきちんとした身なりでご挨拶するように。お前は母親に似て見てくれだけは良いのだから、万が一という事もある」


 お父様の言葉に、出来るだけしっかりと頷いた。その時国王の傍に座った王妃の赤茶色の瞳が、ツンと冷たく私を睨みつけたけれど、きちんと返事をしなければまたお父様の機嫌が悪くなってしまうのだから仕方がない。


「いくら美しい顔を持っていても、お飾りの人形姫じゃねぇ」

「おしゃべりしない人形姫じゃ相手にもされないわ」


 『赤の王女達』と呼ばれる妹姫の棘のある言葉にも、もういちいち傷つく事もない。だって本当に、私は嫌われ者の人形姫だから。


「人形姫が選ばれる事なんてある訳がないわ。ドロテア、ヘルタ、その日までしっかりと自分を磨いておきなさい」

「はぁい」

「楽しみね」


 三対のつり目が、冷たい視線を一度に私へと向ける。お父様は、そんな様子を見て見ぬふりをした。もう今更そのような事に傷つく事も無くなった。


「いいか、誰でもいい。我が国の王女の誰かが、必ずやアルフレート将軍の妻となり、クニューベル帝国と我が国との繋がりをより強固なものにするのだ」


 元々自分という人間が誰よりも大好きで、どの王女にも大して興味がないお父様は、きっと本心から「誰でもいい」と言ったのだろう。

 


 

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