絡まれフェネックは溶かす 4 side G
結局ガナオに着いたのは、想定よりもだいぶ早い時間となった。
村の入り口で馬を止め、赤く染まりだした空の端を見て、グレンはくすりと笑う。
レイシュが焚きつけた――つもりは本人には無いのだろうが――獣人の青年ラルフが、グラニに騎乗して全力で走らせた為だ。
心配していた腕の方は、本人が言うだけあって大したものだったし、グラニも流石は神馬と呼び名の高いスレイプニルの血を引く魔馬だ。
途中からグレンの乗る黒馬を追いぬいていたが、見る限りは騎乗者に上下の振動も少なく、衝撃が行かないように走っているらしかった。
落とされないかとレイシュを気にかけて見ていたが、最後の方などラルフに凭れ掛かって呑気に昼寝をしていたので、問題は無かったのだろう。
当然、たてがみからは両手ともに離れて垂れている。
体すべてを預けて眠るレイシュに、ラルフの苦虫を嚙み潰したような顔の対比が、再びの笑いを誘った。
グレンと騎乗しているときもこの時間は寝ていたので、あれはもう、そういう日課なのだ。
「……図太いガキだな」
グラニから下馬してグレンに近づき、未だすやすやと夢の世界へ飛び立っているレイシュを寄こしながら、憮然とした表情のラルフが言う。
「可愛いだろ」
にやっと笑いながら軽い体を受け取れば、狼獣人の青年は何も言わずに、ぷいと背を向け行ってしまった。
門番に声をかけている姿を見て、黒チビが言っていた年齢もあながち間違いじゃないなと思う。
見た目よりも反応が若い。
「おー、グレンダルクさん。久しぶりだな。すまんなぁ、ラルフが何かしなかったか?」
「久しぶり。いや、問題ない」
「なんだ、暫く見ねぇうちにガキをこさえたか? レイラが荒れるなこりゃあ」
「……こいつは、親戚の子だ」
「そうかぁー? あん? ……おお、確かに可愛い寝顔してんなぁ。あんたの血じゃ無さそうだ」
「うっせぇ。通るぞ」
「おう、気を付けてなぁ」
顔見知りの門番と軽口を叩きながら村に入る。
村人の反応は半々だ。申し訳なさそうな笑顔を浮かべる奴らと、無言で顔を背ける奴ら。
こちらもいちいち反応することも無く、各々目立つ馬を2頭引きながら、見慣れた村長の家へと道をたどった。
ちなみにケートスは荷物然としたまま黒馬に乗っている。
この村の家は、多くが近くの森林から丸太を取ってきて柱を作り、梁を渡して、余った材木で壁や屋根を作ったという簡素なものだ。
いつ壊されても立ち退いても大丈夫なようにという消極的な理由だが、レンガ造りの家もちらほらと建ってきている。少しは安心して住めるようになってきたのだろうか。
「……グレン……お前さんも、毎度飽きずによう来るもんじゃなぁ」
「おう村長、変わりねぇか」
あちこち補修の痕が見られる広めの家の前に、白髪交じりの黒髪を雑にくくった、髭面でがたいの良い男が立っていた。
先に行ったラルフが知らせでもしたのだろう。
水牛の獣人である男は、年老いてもなお髪の間から伸びる角は鋭く、筋肉に衰えは見えない。
それでも以前よりは格段に増えた皺を深めて、明るい茶色の瞳を和ませグレンを見ていた。
「それが、お前の子供か? ここに来るまでに随分視線を浴びただろうに、未だ起きないとは、大物だのぉ」
「俺の子じゃねぇ。……あと、たんに鈍いだけだ。昼寝の時間なんだよ」
「そういうことにしとくかね。レイラが居なくてよかったの……馬は出歩かないよう適当につないでおけ。この村に盗む奴はいないだろうが、な」
可笑しそうに笑って、部屋へといざなわれる。
しっかりとグラニの素性を解っている当たり、喰えない爺さんなのだ。
室内に入り、魔獣の毛皮がたっぷりと敷き詰められた床に直接置いてあるクッションへ、抱えていたレイシュを下ろし、ぶら下げていた背負い紐ごとケートスを落とす。
もぞもぞと袋から抜け出してレイシュの傍に這って行くのを見届けてから、低めのテーブルにカップを出している村長の方へ向き直った。
面白そうな光をたたえた瞳が、グレンの行動を追っていた。視線が合うと、どうぞ、とばかりに席を勧められる。
「今度は何を持って来たんだ?」
「海竜にシーサーペント、シータイガー、クラーケン……あとは、地這い竜の魔石なんかだな」
「おお、これはまた……相変わらず大物ばかり狩っておるな。…これなんぞ、一つ売れば半金貨50枚は下らん大きさじゃな。こっちも……こんなにいいのか?」
「構わない。いくつか、魔素溜まりを当たって来た。他にもあるしな。素材は換金済みだから、魔石は好きに使ってくれ」
「遠慮なく戴こう。……すまんな、いつも」
「俺が勝手にやっている事だ」
「もう、気にするなと言っても、無駄そうじゃな。……だが、以前よりは大分、険が取れた顔になったの」
「……そうかよ」
この村に来はじめてから10年近くの間には、散々罵倒も浴びたし殴られ切りつけられた事もあった。
戦争の爪痕は未だそこかしこに残っているし、グレンのしたことも、出来なかった事も知られている。
それでも気にせず物資を運び、素材や魔石を運び、時には行くあての無い獣人を連れてきたりを繰り返しているうちに、村人も懲りないグレンに慣れてきたのだ。
挨拶をするようになった者もいれば、礼を言われた事もある。
未だ無視されることも多いが。
これはあくまでも自己満足の行為だから、やめろと言われてもやめないし、来るなと言われても関係ない。
せめてあの日に殺された獣人軍と同じ数だけでも救わないと、自身が納得しないだけなのだ。
「お前さんが節操無しに連れてくるせいで、この村もだいぶ人数が増えたぞ」
「そうかよ。山を切り開くなら手伝うぜ」
「はっは、力の有り余っている獣人にそれを言うかね。そこまで頼れんよ。……さて。どうせ泊まるんだろう? 今度はどれぐら居るつもりだ?」
「……鳥を待っている。出来れば荷物も受け取りたい。長くて10日程。……居られるか?」
「構わんよ。飯の支度が出来るまでゆっくりしとれ」
見た目の態度ほどお前さんを悪く思っとる奴は、もうおらんからの。
そう言って、笑いながら食堂へと消えていく村長を見送ったグレンは、ふぅ、と溜息をついて床に転がった。
毛足の長い敷物は、なかなかに寝心地が良い。
手近な場所に転がっていたクッションを枕に目を閉じる。
夕食の支度が整う頃には、腹が減ったと騒ぎ出す子供の声で目覚められる事だろう。




