絡まれフェネックは溶かす 2 side R
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ドスリ。
ドスリ。
「ぼくねー、レイシュっていうの。おなまえはー?」
「……ッ、ラルフ」
ドスリ。
「ラルフかぁ。あのね、うしろ、いるのがグラちゃんでー、グレンのね、うしろにのってるのがケーちゃんなの。あとね、グレンを乗せてるのがクマちゃんで」
「熊って……馬だろ?……てッ」
ドスリ。
「? うん。おうまさんだよー?」
「……はぁ」
ドスリ。
「それでね、あのね」
「ッ、……おいっ」
「なぁに?」
ニコニコと笑い掛けてくる幼児は、ラルフの背後で起きている事を知らぬげに話し続けようとする。
最初は子供のやる事だと我慢していたが、相手も意地になっているのか、反応を返さないラルフに突っかかるのを止めようとしない。
だから仕方なく、そう、仕方なくラルフはレイシュに要請を出した。
「ちょっと……後ろの馬、やめさせろよ」
「うしろー?」
抱いているラルフの肩口に小さな両手をかけ、乗りあがるようにして背後を確認した幼児は、グラ、とやらの所業を目の当たりにして、困ったように眉尻を垂らした。
「あー、グラちゃん、いじわるしちゃ、だめだよぉ」
「ブルルッ!」
「うーん、でもぉ、だっこしてるだけだもの……」
「ヒヒーンッ!」
「グラちゃんは、ぼくの前に、乗せるれんしゅうケーちゃんとしてからって、グレンがいったでしょー?」
「……ヒン……」
「でもー、ラルフはおうまさんじゃないから、へいきだよ?」
「……フシュッ」
どうやら、背後の仔馬は、ラルフが腕に抱えている幼児を乗せたいのに、それに先んじて取られたと思い、元凶たるラルフを攻撃していたらしかった。
幼児が適当に仔馬の鳴き声に合わせて喋っている事だから、本当かは知らないが。
だが、攻撃自体が止んだのは、まあよしとする。
先ほど出会い頭に、黒馬に乗ったまま前を進む男に言ったことは嘘ではない。
獣人に敵意が無いのか確かめるため、あるいは有事の際の盾にするために子供を預かったのであって、ラルフ自らが無抵抗な幼子に危害を与える気などないのだから。
「……んだよ、人間は練習しないと馬にも乗れねぇのかよ」
「え?」
思わず呟いた声に反応し、幼児が首をかしげた。
大きなフードの口からのぞく丸い碧眼が、パチパチと瞬きをしている。
まだ2つか……3つの年を数えたくらいに見える。
浅黒い肌に艶やかな黒髪。あいつの子供だろうか。
ちらりと前を行く男に視線を送る。
振り返る様子は無い。
ラルフでは到底持てないような大剣の代わりに、人質の意味合いも込めて預かった事は、当然気付かれているだろう。
そんな幼児と呑気に喋っているのを見たらどう思われるか、なんてことが少しだけ気になった。
「……馬なんて、またがってたてがみにしっかり捕まってりゃあ、嫌でも乗れるようになるだろうが」
「ふぇー? そうなの?」
「あたりまえだ。初見の馬だからって、乗れなきゃカッコ悪いだろ、そいつに馬鹿にされてるってことだからな」
「そっかぁ……」
少なくとも、村のガキ共はそうして1歳になるあたりからそう教えられ、馬に引っ付いて乗れるようになっていく。ラルフもそうだった。
そうでないと、いざという時に移動手段が減り、生き残れないかもしれないからだ。
人の気も知らずに呑気に相槌を打った子供が、肩口を掴んでいた小さな手を外し、胸元に引き寄せてまじまじと見ているのを、つい釣られて一緒になって覗き込んだ。
ちまりとした薄紅の爪が付いた、細い指先。
見るからに柔らかそうな、握力など欠片もなさそうな手だ。
自分で言っておいて、あ、これは無理かもしれないとラルフは考え直す。
去年生まれた隣の虎夫婦のガキよりも、太さも爪の大きさも、確実に負けている。
「……やっぱ、お前じゃ無理かもな」
「えー、なんだぁ」
「……乗りたいのかよ」
「うん。だって、グラちゃんがたのしみにしてるんだよー。あとねぇ、ぼくも、グレンみたくひとりでのってみたい! かっこいいもの!」
残念そうに口を尖らせたと思ったら、次にはもう目を細めてくふくふと笑う幼児は、ラルフの腕の中にいても、何の心配もしていないようだった。
それほどあの男に信頼を寄せているのだろうか。
仲間と交わした約束を、軽々と破る男に。
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