手探りフェネックは試す 6 side G
夕方前にスーサの町が見える場所まで来たが、事前の話し合い通り街には寄らずに素通りし、一行は暗くなる中を急ぎ足で山へと足を踏み入れた。
魔物や悪漢の襲撃がないと解っているから出来ることだ。
ケートスがポコポコと生み出す光の玉を頼りに黒馬を歩かせ、野宿のしやすい場所を早めに探す。
この山沿いを辿っていくルートは何度か通った事があるが、わりと起伏が激しい。
灯りがあるとはいえ、暗い中であまり歩き回らせたくは無かった。
だが幸いにも、そこまで先に進むことなく、丁度よく開けた場所にたどり着いた。
さっさと下馬して、手際よく野宿の支度をする。
自由になったレイシュにまとわりついて邪魔をしかねないグラニは、任せておけと言わんばかりの黒馬に追い立てられながら、草地をうろついていた。
馬は馬同士、食べられる草でも教えに行くのだろう。とても助かる。
手早く食事を終わらせて片付けもこなし、その間に戻って来たグラニに水を出させて身体を清めた。
使役獣となったからには、レイシュの役に立ってもらわねば困る。
そのあたりは仔馬もわかっているのか、グレンのいう事を文句も言わずに聞いていた。
水浴びが好きなレイシュに手放しで褒められ、浮かれた様子で地面の水たまりに転がるケートスを尻尾で叩いていたのは見ないふりだ。
「じゃあ、そのグラニを癒した時も、魔力が湧いたのか?」
「うん……グラちゃんをなおすとき、ちからがね、出ていくのがわかったの。その時にね、おなかのなかからふわふわーって、またね、いっぱいになったの。あとね、じめんをきれいにした時もなの」
「癒しでも浄化でも、使った分だけ増えるってことか……。やはりそれが修業の鍵なのかもな。魔素溜まりを消す以外の浄化や癒しも念頭に置いてやってみるか?だがそれでレイシュに目を付けられても困るんだがな」
「……でもね、ぼく、……もし、グラちゃんみたいな……ベニィみたいに、いたいって思う子がいたら、たすけてあげたいなぁ……」
顎を擦りながら言うグレンに、上目遣いにもじもじしながら、レイシュが口を開いた。
昼間もグラナによって強制水浴びをさせられ、一応血を流したとはいえ、大部分が薄赤く染まってしまった服ではやはり嫌だったのだろう。
水浴びを済ませて寝巻に着替えたレイシュは、小ざっぱりとした様子でグレンに引っ付いている。
火の始末も終え、テントに引っ込んだグレンに幼獣姿で毛繕いをねだって、散々甘やかされた後に、満足気に人型に戻ったレイシュだが、今日のテントはいつも以上に密度が高い。満員である。
なにせ、新入りのグラニがレイシュから離れようとせず、一緒に幕内へと入ってきたのだ。
敷布にごろりと転がるレイシュの隣に膝を折って座ろうとし、ケートスにべしべしと前ヒレ攻撃を喰らっていた。
この新入り、レイシュと黒馬の言葉には耳を傾けるが、グレンの話で半々、ケートスは下に見られているのか、先程からすでに態度が舐め切っている。
結局、勝敗はグラニが頭側、ケートスが足元に陣取る事で決着がついたらしい。
これから毎回寝るたびにこの攻防があるのかと思うと、すでに頭が痛くなるグレンだ。
「ぼくのね、ちからが強くなったら、ダーカもこっちに来るの、らくになるでしょ。つながり? がつよくなって。でもそれだけじゃなくてね、……なにがたすけ、になるかはわかんないけど、グレンとか、ヒューゴとか、良くしてくれたみんなが、グラちゃんみたくいたい思いするの、やだなって。だからね、ぼく、がんばりたいの」
「レイシュ……」
キラキラとした蜜色の瞳に幼い決意をみなぎらせて、健気な事を言う子供を思わず抱きしめた。
細く小さな身体だ。
見た目は5歳ほどの子供だが、まだ1歳の獣が。
出会った時は頼りない幼獣で、と言うか今でも毎晩甘ったれの幼獣になるのだが…いや日中の人型でも割と甘ったれのままだが、ずいぶんとしっかりしてきたな、と思った。
未だ食事は膝の上だし、寝る時は抱っこだし、事あるごとに抱き着いてくるし、撫でられるのが好きで苦い野菜が食えなくて毛繕いは毎日要求してくるが……いろいろな事を学び、レイシュなりに成長しているらしい事は間違いない。
これが、神の言う修業の成果なのだろうか。
このままあちこちで人なり魔物なりを助け、魔素溜まりを解消し、この世界が求めた助けとやらを全うして、力を付け神の世界との道が繋がれば、この存在は帰ってしまうのだろうか、あの殺意高めの保護者たる神の元へ。
「それはちょっと……寂しいかもなぁ」
「なにがー?」
「何でもねぇよ。まぁ、何かあったらどうにでもしてやるから、色々試しながら好きに動けばいい。……あんまり変なモンを引きつけて来ない程度でな」
「うんー……」
顔を上げて見てくるレイシュの頭を軽く胸元に押し付けて、髪の毛を梳く。細く柔らかな毛質は、人の時も幼獣の時も変わらない。気持ちよさそうに目を閉じるのも。
『グルァッ?』
「フシュッ」
「何だお前ら、変なモンって自覚があったのか」
レイシュの背中の向こう側で、押し掛け契約をした魔物共が歯をむくが、グレンだって早々に譲ったりはしない。
なんせこの世界で、レイシュと一番先に出会って守ってきたという実績もある。
恐ろしい保護者から託されたという自負も。
「この山道も5日ほどで越えられる。その間にお前らも仲良くなっておけよ。レイシュの前に騎乗練習で乗せるのは、その砂袋モドキだぞ。そいつを落とさず乗せられるようにならねぇと、いつまでたってもレイシュは乗せねぇからな」
「ブルルッ?!」
『クォーッ?!』
後ろ脚と前ヒレで牽制しあっている魔物達にそう告げる。
背後の絶望を帯びた使役獣の事など欠片も気付かずに、すでにレイシュは安らかな眠りへと身を委ねていた。
 




