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手探りフェネックは試す 5 side G

 



 目の前には、いかにも生意気そうな顔つきの仔馬が一頭。

 無邪気にレイシュに懐き、足元のケートスに嫉妬の前ヒレ攻撃をされているが、意にも介していない。

 瞳は珍しい魚目(さめ)で、ウェーブのかかった長い濃紺のたてがみに、光沢を放つアイスグレーの毛色。

 グレンが乗っている大型の青毛より、半分ほどの体高しかない身体はまだまだ華奢だが、それでも目立つ。


「まいったな……こりゃあ」


 レイシュに連れられて出てきた際、咄嗟に鑑定をかけて出てきた種族は、まさかのグラニだった。

 魔物の中でも神馬と異名をとるスレイプニルの血を引くとされ、その俊足と見目の美しさから貴族の、特に高位の子女がこぞって探し求めている貴種。

 実際、グレンが騎士だった頃に王城でも幾度か目にしたことがあるが、確かにきらびやかな衣装をまとった貴族を乗せて走る様は、格別に優美だった。

 基本的に馬型の魔物は、見つけても殺さずに使役されることが多い。

 ユニコーンやバイコーン、ペガサスにケルピーしかり、このグラニしかり。

 だが数の少ない彼らは総じて、攻撃的でこそ無いが、気位が高く、運よく捕まえたとしてもお眼鏡に叶わなければ触れさせることも無いという。

 他の使役獣とは異なり、その有用性から捕まえても力づくで服従させることなど出来る筈も無く。

 自由を奪われて怒り狂っている所へ、貢物を持って幾度も通い、機嫌を取り、人に慣れされ、人と共にいる事の利点を覚えさせ……という気の遠くなるような時間をかけて、使()()()()()()()()のだ。

 それが、いくら怪我を治してもらったからと言って、こうも易々と自分から契約を持ちかけるとは。


「血が多いな……。怪我はもういいのか?」

「……うしろのね、足とおしりのへんが、かまれちゃってて……いたそうだったの。だから、血がいっぱいふえてって、いたく無くしてって、したの」

「そうか。レイシュが治したなら痛みも何も無くなっているから、大丈夫だな」

「うん! うふふ、よかったねぇ」

「ブルルッ」


 現状から読めるのは、このグラニが何かしらの魔獣に襲われていた所に、レイシュの護符の力が働いて、捕食者の方は逃げ出し、怪我して無力だったコイツだけが残された、って所だろうか。

 ケートスの時にも感じた事だが、なぜかレイシュの傍には希少種が集まりやすいらしい。そして異様に懐かれる。

 だがそもそも、グラニのような警戒心の強い魔物が、こんな仔馬の時分から人のいる地域の傍動き回っているのも腑に落ちない。偶然だろうか。

 レイシュは神属特有の、何か特別に反応するような匂いでも垂れ流しているのだろうか?

 それに惹かれて出てきたとでも?

 勿論、害意のある魔物は護符により跳ねられるから、それ以外となれば自ずと人に敵意を持たない、もしくは友好的な種しか残らないのは理解できるのだが。

 他にもこう、一般的な所でフレイムドッグだとかケットシーあたりもいるだろうに。トレントの亜種で癒し系のプチドリアドなんかも。

 ぼうっと考えている間に、いつのまにかグレンの隣から歩き出し子供達の塊へと向かった黒馬が、仔馬と鼻先同士を突き合わせて挨拶を交わしていた。

 間違いなく一行に加わるだろう新入りと、どうやら相性は悪くないらしい。


「はぁ。契約してしまったのなら、もう仕方がないな。……その目立つなりをどうするかは後で考えるとして……もう一度、川まで戻るか。その血だらけの見た目をなんとか、」

「ヒヒンッ!」


 言い終る前に、小さな水の渦が現れた。ばしゃりと仔馬の身体を濡らして、赤い汚れを漱ぎ落していく。

 ……周りにいた全員を道連れに濡らして。


「グラニは……水属性だったか、そう言えば」

「グラちゃん、すごーい!」

『グルォッ!』


 顔に跳ねた水しぶきを拭いながら、グレンはもう一度盛大に溜息をつく。

 無邪気に喜ぶお子様達と、やれやれとばかりに首を振るっている大人の馬を横目に、今日も確実となった野営の場所を探さねばと思いながら。




 ◇




 ケートスの光魔法で手っ取り早く服を乾かした後。

 グラニの垂らした大量の血に魔物が寄ってこないよう、レイシュに浄化をかけさせてから、踏み分けてきた道を少々戻った。

 話し合わなければいけない事があると言うと、レイシュは素直に野営に同意してくれる。

 スーサの町に着くのを楽しみにしていたようだが、内容がこの新たな契約を交わしたグラニに関してだと解っているのだろう。

 拓けた草地で少しばかり遅い昼の支度をして、食事を取る。

 まだそういった光景に慣れていないだろう仔馬が、グレンの隣に座ったレイシュと我関せずに草を食んでいる黒馬の間を、落ち着かなげに行ったり来たりしていた。


「先ほど、アーレンとヒューゴに鳥を飛ばした。いきさつと、なんとか姿変えの魔道具を用立ててくれないかとな」

「すがたかえって……ぼくがしてる、うでわ?いろが変わっちゃう?」

「ああ、そうだ。その内から輝くアイスグレーはグラニの特徴だからな、見る者が見ればそいつがグラニだとすぐにばれる。特に、寄ろうとしていた町は貴族の別荘が多いと伝えたが、そのせいで目端の利く者が多いんだ。いくら契約したからと言って、そんな幼いうちから現れるグラニなど滅多にいないからな。ただでさえ貴重種の魔物だ、目の色を変えて捕獲しようとする奴がいないとも限らん」

「グラちゃん……つかまっちゃうの?」


 不安そうに瞳を揺らすレイシュに、むしろグラニの契約者がお前だから余計に危ないんだ、とも言えない。

 いくら護符が悪意を弾くからと言え、そこまで万能かと言えば、先日見事に誘拐されているのだから断言できないのだ。

 身に着けてさえいれば強力だが、姦計を巡らせた人の手によって、いくらでも無防備な状態に出来てしまう。

 珍しくも美しい魔物の仔馬と、それを使役する見目麗しい子供。珍妙な砂袋のおまけ付き。

 攫ってくれと言っているようなものだと、グレンは一層の危機感を募らせていた。


「その危険を減らすために、姿変えの魔道具が必要なんだ。幸い体つきがまだ成長しきっていないからな、色さえ変えてしまえば、そこまで目を付けられることも無いはずだ」

「そっかぁ、よかったぁ……」


 普通の変装の魔道具では、光沢あるアイスグレーから、光沢ある青毛や栗毛に変わるだけで、目立つことには変わりがない。

 とはいえ姿変えは普通に街で購入するなどの入手方法がとれない物でもあるので、ここは、多方面に伝手のある奴に頼るのが一番だ。

 アーレンはレイシュの為に全力になるだろうし、ヒューゴはグラニを無事にその目で見たいがために必死で探すだろう。

 もし2人共が魔道具を手に入れたとしても、ハムッサでケートスに懐かれてからまだ一月足らずでこの調子では、第2第3の貴種達が現れてもおかしくは無いので、持っておいても無駄ではない。

 当たり前のようにそういった思考になるあたり、グレンもだいぶ毒されていた。


「そういう訳で……このままスーサの町には寄らずに、ガナオ村へ向かいたいんだ。それまでには何方かからは鳥が来るだろう。用立てて貰った魔道具を飛送便に依頼するとして、間に合うならガナオで、そうでなければスーサで受け取れるようにしよう。飛送便のギルドには俺が取りに行けばいいからな」

「うん、それがいーね。ぼくも、グラちゃんがさらわれて、怖いおもいするの、やだもん……」

「ブルルル……」


 誘拐経験のあるレイシュが、実感のこもった声で同意する。心配そうに寄り添った仔馬に、すでにグラちゃんと安易な名付けが為されていたことにグレンは気が付いた。

 魔道具にしろケートスにしろ青毛にしろ、レイシュの微妙な名付けに思う事は無いのだろうか。呼ばれて素直に返事しているから、別に気にしていないのか。そうか。


「よし、それじゃあ、スーサの町は迂回して、このまま領境いの山に向かうぞ」

「はぁい!」


 野営の後始末をして黒馬にまたがったグレンとレイシュ、その腹に括りつけられたケートスを見て、仔馬が自分の背を気にするように何度も首を回していた。

 ああ、と気付いたグレンが声をかける。


「お前にも、姿変えの魔道具が手に入ったら、鞍を用意してやる。レイシュを乗せるのはその後だ」

「……ブルルッ」

「グラちゃん、ぼくのことのせてくれるのっ?」

「ヒヒーンッ!」


 しょうが無いとばかりに首を垂らせ前足で地面を掻いていたた仔馬が、レイシュの喜色を孕んだ声に反応して尾が高く振られる。わかり易い。

 もともと、仔馬が付いてきた時点でその運用法は考えていたのだ。

 今回も突発的な事とは言え、使役者に抱き抱えられたままの砂袋よりも、よほど利点の有る使役獣で良かったと言える。

 それまでは荷物でも載せて、騎乗されることに慣らすことから始めるとしよう。









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