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手探りフェネックは試す 2

戦争表現有ります

 



 パチパチと炎の爆ぜる音がする。

 ハムッサで貰った日干し魚がたんまりあるおかげで、山の中だと言うのに辺りには魚の焼ける良い匂いが漂っていた。

 携帯食も一応買い込んではいるけれど、それを食べるのは今の所グレンだけだ。

 レイシュも、そしてケートスも魚を食べ終えて、満足気に互いに寄りかかり合っている。

 使い込まれた琺瑯のカップにイーデで貰ったばかりの葡萄酒を注いで、グレンが苦笑した。座っている切り株の傍らには、抜身の大剣が刺さっている。


「はぁ。お前達といると、野営で緊張感を保つのが馬鹿らしくなってくるな」

「そうかなぁ。ぼくは、グレンがいるから、ぜんぜんしんぱいしないんだよー」

『クァー』


 テントに入らずにまったり出来ているのは、レイシュの御守り以前に、こうして目を光らせているグレンの存在があるおかげだ。

 いつも、レイシュを気遣って、何事からも守ろうとしてくれる。

 やさしいのだ。とても。

 森の中で出会ったわけのわからない獣を、最初から今までまるっと信じてくれるほどに。

 なのに、ゆるしてもらえないほどの、何をしたんだろう?


「ねぇ、グレン……あのね、グレンは、どうしてガナオのむらに行きたいの?」


 人が居る所では、ドナのおうちでは、何となく聞けなかった。

 知られたくないって言った時に、グレンが、すごく悲しそうな顔をしていたから。


「……そうだな。話しておいた方がいいか。……レイシュが嫌な思いしちまうかもしれねぇしな」


 そう言ってグレンは、少しだけ両手を広げた。

 おいでの合図だ。

 寄りかかっていたケートスから立ち上がり、レイシュはポスポスと駆け寄って抱き着いた。

 厚い胸板に頬を摺り寄せていると、横抱きに直されてぎゅっと抱え込まれる。


「長くなっちまうけど、いいか?」

「うん」

「何から話すかな……。俺が昔、王宮の騎士だったってのは聞いたか?」

「ヒューゴがいってた。むかしから、すごくつよかったって」


 頬に当たる身体を伝って、声が響くように伝わってくる。


「まぁ、そうだな。強いと言えば強かった。それをもっともっと鍛えようと思って、騎士になったんだ。国で一番の戦闘技術が集まるところは、神殿を抜かせば国軍だったからな」


 神殿は聖魔力がなきゃ門前払いだしな。そう言って、レイシュの頭を優しく撫でる。


「何も考えていなかったんだよ。その時は。強くなる事だけだ、頭にあったのが。実際に、自分で適当に棒切れ振り回していた時よりも、見違えるように技術が上がっていったのわかったし」

「しゅぎょうしたの?」

「あー……、あれはちょっと違うな。結局、国軍ってのはどこまでいっても国の駒なんだ。誰でも同じ動きが出来るように、上に言われたら反応出来るように、そのため、より良い動きを身に着けていく。訓練だな」

「くんれんかぁ」

「そうだ。確かに技術はついたが、それ以上は、だんだんと身動きが取り難くなって行ったんだ。ああいう場所では、他よりも飛び抜けちまったらいけなかったんだろうな。強くなるにしても、力以外で必要な物がいっぱいあったんだ。……当時の俺はそんなことも気にせずに、剣だけ振っていた」

「ほかの、ひつようなもの?」


 グレンの声に苦さが混じる。

 見上げれば、いつもは力強い光をたたえている独眼が、ぼんやりと遠くを映していた。

 レイシュは頭を撫でてくれていた大きな手を掴んで、両手で握りしめた。


「上に振る愛想とか、貴族のコネだとか、地位、後ろ盾……他も、その時の俺が持っていなかったモノばかりだ、全部。やっかまれて、よく突っかかられてもいたし、仕事を押し付けられたりもしていた。ただ、それをされても特に気にも相手にもしなかった。煩わしかったけどな。その頃には腕が違い過ぎて、相手したら向こうが無事じゃ済みそうに無かったってのもある。……そう言えば、ヒューゴに会ったのもこの頃だったか」

「あ、ヒューゴも、おしろいたって、言ってた!」

「ははは、あいつは当時から変人だったよ。俺と似たような立場だったが、売られた喧嘩はことごとく買っていた。相手を叩き潰してな。流石に半殺しくらいまでで止めておいたが」

「ひぇ……」

「まぁ、そんな感じでそれなりに過ぎていったんだよ」


 片手に持っていたカップから一口すすり、グレンはまた話し続ける。


「……当時、この国は隣国と戦っていたんだが。以前から国境付近では、いつも小競り合いをしていた。当然俺達も戦場に行っていた。俺は……他の奴らより強かったから最前線に回されていたんだ。……今考えれば、自分勝手に動いていたようで、しっかりと軍に染まっていたんだな。上から言われるまま、何も考えずに敵兵を殺していたよ。相手が向かってくるから倒す。向かってくる意味なんて興味もない。駒ってのはそれが正しいんだ。レイシュも、置いたものが勝手に動いちまったら困るだろう? それと同じだ」


 固く大きな、温かいグレンの手のひらを握る手に力がこもる。

 そんなレイシュに困ったような笑顔を向けて、やめるか? と尋ねるから、ぶんぶんと首を振って続きを聞くのだと上を向く。


「隣国はな、獣人が国を治めている。レイシュも、今までに街で獣人が暮らしているのを見ただろう? ここドゥーベール辺境伯が治める地は、昔から国境だったこともあって当たり前に獣人がいるが、他の……王都に行けば行くほど、その存在は少ないんだ。王都は守られているから、魔獣も魔物もほとんど見ない。そのせいで獣人は魔獣と同じものだと言われて、迫害をされていた過去がある。最近は減ってきているはずだがな。そういう背景があって、獣人の……奴隷もな、あたりまえにいたんだ。それを許せない隣国が、何とかするために、戦いを仕掛けていた。……それは、悪い事か?」

「わるいか……わかんないよ……」

「ああ、俺も解らなかったよ。言ったように、俺は強かったから、獣人の兵とも渡り合えた。それで、その戦いの指揮官の元まで行けたんだ。強かったぞ。バイソンの獣人だったか……でかいし、単純な力も機動力も桁違いだ。ほぼ一騎打ちの様相だった。敵も味方も手出しが出来なくて。剣技も体技もそうだったが、頭突きがまた強力なんだよ。さすがに、腹に風穴を開けられたのは初めてだったな……」


 思わずレイシュは、グレンのお腹に抱き着いていた。ぺたぺたと固い腹筋を触り、なんなら服までめくりあげた。

 そこは傷だらけで凹凸だらけではあるけれど、当然、血が出ている事もない。


「グレン、おなかいたい? だいじょぶ?」

「はは、なんだよ、いつも寝るときに見て知ってるだろ。もう、なんともねぇよ」


 ぐしゃぐしゃにレイシュの頭が撫でまわされる。ひそやかな笑い声に振動する腹筋に、さっき以上の力で抱き着いた。ぐりぐりと頬を押し付ける。


「その時は、痛さも何も吹っ飛んでいたけどな。熱くて腕も足も体中がだるくて。俺は風穴開いてるし、相手も片角を折って満身創痍だ。互いにあと一撃で最後って時だった。相手がな、言うんだよ。『俺の首を獲ったら、それで収めてくれ』って。『仲間を後退させる時間と引き換えに』って。実質的な敗北宣言だ。敵将が一騎打ちで放つ言葉には重みがある。流石に俺でも知ってるさ。受けることで互いの名誉を尊重しあうってこともな。……それで。俺もわかったと答えて。無我夢中だった。そん時までで一番の強敵だったから。…気が着いたら、俺だけが立っていて、相手の首級をぶら下げていた。周りは……静かだった。敵も味方もな。俺は自軍に振り返って……多分、倒れた」


 顔を押し付けた服のあたりが、じわり湿ってくる。レイシュの涙と鼻水のせいだ。

 なんで流れてくるのかわからないけれど、ダラダラ溢れて止まらない。


「意識が戻ったのは、城の医療棟だった。戦争はもう終わってたよ。仕掛けてきた獣人軍の皆殺しって決着でな」

「……ひぐッ、……ふ、……ぇぐ、……ッ」


 レイシュの背中をぽんぽん叩く手は優しい。


「まぁ、その後色々あって。面倒になって軍をやめたんだ。あちこちをふらついているうちに、このドゥーベール領に来て、獣人の村があることを知ったんだよ。戦争の間も、この辺りはそこまで表立った反目はしていなかった。王都で肩身の狭い思いをしていた奴らなんかが、移り住んでるって聞いてな。……だから定期的に、支援、ってほどでもねぇが。まぁ、自己満足ってやつだ。そのために行くんだよ」

「ふぇぇ……、ぐれ、グレン……ッ、ヒック、」

「済まなかった。……長くなっちまったな、もう寝よう」

「グレンー……」


 しがみついたまま離れないレイシュを抱きなおして、グレンはテントに入って行く。

 グレンとの野営は、寝袋を使わない。いざというとき動けないからと、地面に布を敷いて横になるのだ。

 レイシュと一緒にいるようになってからすぐ、敷布が厚みのある上等なものに変わった。

 抱えられたまま、ごろりと2人で横になる。

 いつの間にかついてきたケートスも、レイシュの背中側の定位置にくっついた。

 張り付いた胸元から、トクントクンとゆっくり液体が流れる音がする。


「……怖かったか?」

「ううん。……でもね、ちょっと、おなかのへんがね……しゅんってするの。かなしいの」

「そうか」

「グレンがねぇ、そのときに、しんじゃわなくて、よかったっておもったの……」

「……そうか」

「グレンも、いたかった……?」

「ああ、痛かったな」

「じゃあ……そのときのグレンに……、いたいのいたいのとんでけって、してあげるねぇ」

「そりゃあ効きそうだ」


 レイシュが触れている所から、ぽわぽわと柔らかな光があふれ出す。

 しばらく辺りを照らしながら漂っていた光は、じんわりとグレンに染み込んでいき、やがて消えた。







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