拾われフェネックは学ぶ 4 side D
最後に挿絵有ります。説明用で無機物の絵なので、大丈夫なはず…
「ふぬぅー」
「……」
「むきぃー」
「……」
「うむむむぅー」
「……っく、」
力の抜ける掛け声が、隣に座った子供から絶え間なく聞こえてくる。
本人は無自覚なのだろうが、ふにゃふにゃ声を出しながら真剣な顔をして、己の手と同じサイズの御守りを見つめている姿はどうにも笑いを誘う。
別に御守り作りは急務というわけではないから、いつもは協力者によって送られてくる箱がほどほどに溜まってきたら片手間に作る、といった放置具合だったのだが。
勉強の一環として組み込んだからには進捗を見てやる必要もあり、座っているだけなのもなんだしと隣で一箱づつ作っていると、チラチラとこっちを見てはむくれていたレイシュは、それでも何かを学んでいるらしく、御守りの作成スピードが最初に比べ格段に上がってきていた。
一つ一つの力の配分が揃ってきているために、かかる時間も減っているのだろう。この辺りは野生の獣だった分、色々と感覚が鋭いのかもしれない。気配を読むことに長けているともいえる。
力の扱いがスムーズになり、人型を取っていられる時間も比例して伸びてきているから、先日は、定期的に神社に供え物を運んでくる幸婆さんに引き合わせてみた。
婆さんは協力者の血族だから、ダーカ達在らざるモノに耐性がある。その中でも年を食っている分、縮んだ見た目と裏腹に多少の事では動じない胆力もある。人型のレイシュを慣らすのに、丁度いい人選だったのだ。
会わせる前に、レイシュの気に入っている菓子類の運搬者だと伝えておいたら、さして怖がることも無く対面を果たしていた。
むしろ最初から好意的な態度で近付いていたのを見て、ダーカの方が気に食わなかったほどである。
その後は婆さんの方でもレイシュを気に入ったのか、今までに増して気合の入った供え物を持ってくるようになったのには呆れるしかない。
菓子類の比率が目に見えて増えだした事も、喜ぶレイシュの手前文句は言えないが、餌付けの意志があるのは明らかだった。ニコニコと害の無い笑顔に見えて、とんだ古狸なのだ、あの婆さんは。
「はぁっ、疲れたよぉ」
つらつら考えていると、隣から少し大きめの独り言が聞こえた。
ちらりと視線を向ければ、小さな唇を尖らせてふうっとため息をつき、ダーカを上目遣いに見てくる子供。いつのまにか頭の両サイドからモフリとした耳が現れていた。これは休憩の合図だ。
「頑張ったな。休んでなんか甘いものでも食うか」
「わーい、あまいもの!」
飛びついてきた小さな体を危うげなく抱き留めて、頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。しっとりとした光沢を湛えている大きな耳と髪は、艶やかな見た目を裏切ってとても柔らかい。
もともと白っぽい毛をした幼獣だったが、ダーカの力を与えてからは、毛先や足先に残っていた茶色も無くなり、いっそう毛皮の白さが増した。
そのせいか人型になった時の肌も髪も真っ白で、琥珀色の大きな瞳も相まって人形染みた見た目になっているのだが、興奮して頬や鼻の頭を赤くし、大口を開けてあけっぴろげに笑む様は生命力にあふれ、ぼろ雑巾だった時の面影もない。
ダーカ自ら手をかけてやった結果だと思うと、これがなかなかに誇らしい。胃が小さくてあまり量が入らないくせに食い意地が張っているところも、ご愛敬というやつなのだろう。
子供の身体を抱え上げたまま、作業台に散らばっていた御守りを加工済みの箱に片付け、最近の勉強部屋と化している社務所を後にする。
今日は日差しも温かく風も無いから、適当な布でも引っ張り出して外で茶を飲むのもいいだろう。
「ぼくねぇ、おまんじゅとマコロンと、どらやきと、こんぺーとと、アメちゃんとねぇ……あと、マスマロも好きなの」
「そうか。和風洋風問わず、ずいぶんと好きなモンが増えたな」
わりと名前を間違って覚えているようだが、可愛いから良しとしよう。
「さちばぁがね、袋に入ってるから、ポッケに入れておけるよってくれるの。もりで遊ぶときに持っていけるんだよ。すごいでしょ」
「へェ、そりゃあ良いな」
盲点だった。そう言えば、たまに服のポケットが妙な具合に膨らんでいたが、石でも拾って詰めてるのかと思っていた。そうか……あれは菓子だったのか。早急に何か入れ物を渡してやらねば。
◇
その日の午後。昼寝を終えて起き出したレイシュに、ダーカはとある物を差し出した。
「ほら、これを使え」
「わ! なぁにこれぇ! きいろ!」
「リュックってモンだ。こうやって頭んところの紐を引いて開け閉めが出来る。口が閉じて横の紐が伸びたら、腕を通して背負えるようになるだろ」
昼間に知った、婆さんの人気取りに対抗意識を燃やし、急きょ思い立って用意したのである。
とは言え、最近まで男の一人暮らしだった所に丁度良く裁縫用の生地なんざある訳がない。買いに行く時間も無いので、箪笥の肥やしになっていた綿紬の浴衣をバラして作ったのだ。ダーカが。
ジッパーもボタンもマジックテープも、獣型になった際に毛皮に絡みそうだからという理由で却下し、結果、一番安全そうな巾着タイプに落ち着いた。
鮮やかな山吹色のリュックは、全体的に丸っこく、目と嘴と足が刺繍され、ご丁寧に腕までくっつけてあるヒヨコ型だ。わりと力作である。
「菓子でも玩具でも入れたらいい」
「すごい! すごいすごい! うれしいっ! ありがとダーカ!!」
何でも無いふうを装い軽く言いつつも、内心、少しどころでなくドキドキしながらのお目見えは、思った以上の大歓声で迎えられた。ダーカはホッと胸をなで下ろす。
「おら、こっち来い。着せてやる」
「うん! はやくはやく!」
興奮のあまり、耳も尻尾も全開でパタパタ忙しなく揺れているのをうまく避けて、細い腕を片方ずつ持ちあげ紐に通してやる。
下がり過ぎて尻尾の邪魔にならないか、脇がきつくないか等を聞いてから、少しばかり離れて全体像を確認する。文句無しに可愛かった。
「どう?どう? かっこいい?」
「似合ってんぞ」
「にあってる! うれしい! ありがと!!」
艶やかな白に、瞳の色にも似た鮮やかな山吹のコントラストが実によく映えている。いっけんぬいぐるみを背負っているようにも見え、格好良さなど皆無だが、褒められて喜んでいるレイシュはとても満足そうなので野暮は言うまい。
「大事に使え」
「うん! ダーカ好き!」
「俺もだよ」
なんてこった、相思相愛じゃないか。知っていたが。婆さんの入る隙間など無いのだ。ざまあみろ。