雇われフェネックは見舞う 6 side G
『フキュー?』
ベッドに乗ったモフモフの白い大小のうち、小さい方がしきりと首をかしげている。
風呂に入って体を拭いた後、幼獣と変じたレイシュの毛を梳いてやるのは、ファッジの街から続く日課だ。
それを見たケートスがなぜか、やってもらうのではなく自分もやりたいと騒ぎ出した――レイシュ意訳――ので、グレンが櫛を出す前に、獣同士で毛繕いをさせているのだ。
最後の仕上げはもちろん任せなどしない。グレンだって癒しが欲しい。
そんなフワフワつやつやで良い香りのするレイシュが、不思議そうな声をだしている。
「レイシュ、どうかしたのか?」
『キュウゥ……キュ、キャン!』
グレンを見て何ごとかを訴えるように鳴いていたレイシュが、今の姿では伝わらないと気付いたのか、ぐぐっと伸びをすると同時に人型へと転じた。
黒チビの通訳だといけない事なんだろうか。
再び人型となったレイシュは、姿変えのブレスレットは外しているので、白髪に蜜色の瞳のままだ。
ケートスがお揃いだったレイシュを取られて、不満そうな顔でベッドをばしばしと叩いている。
「あのね、なんか……よくわからないんだけど、ちからが、つよくなったような? へんな感じがしたの」
「力……魔力値の事か? 何もしていないのに?」
「うん。からだのおくからね、ふわーって、なんか、でてくるみたいな……」
「……鑑定していいか?」
「うん、やってぇ」
鑑定はグレンもヒューゴも気軽に使っているが、実は万人が使える魔法ではない。
訓練してどうこう出来るものではなく、それなりの体力値と魔力値を持つ者が、相対する相手の身体的情報を五感の全てで読み取る……大雑把に言えばそういうスキルだ。
どんなに戦闘力があって強くても、大魔術師と言われるような人物でも、出来ないなら出来ないままだ。
それに、鑑定が出来たとしても解ることは魔力値、体力値、種族やそこらなので、魔物と相対する冒険者や騎士ならば重宝するが、一般人の間ではそこまで重要視していない。
それでも他人の情報を読むことになるので、対人では建前上は相手の同意が必要だ。
最初にレイシュと会った時に問答無用で鑑定をしたのは、魔物と判断したからである。ヒューゴの暴挙は……奴に常識を説いても無駄なので、そういうことだ。
「鑑定。……たしかに、これは……いつの間にかAになっているな。イーデの村では魔素が貯まるようなことはしていないはずだよな?」
「うん。ドナおばーちゃんに祝いをかけたり、はたけに祝いをかけたり……だけだよ」
「祝い、か。……なぁ、レイシュの言う祝いってのは、つまり聖魔力を使ったって事でいいんだよな?」
「せいまりょく……だとおもう。あのね、ダーカがね、いちばん簡単な力をくれるって言ったの。まんびょ、へーゆっていうの。ちゆ力なんだって。ここだと、ちゆするのは、せい騎士、のせいまりょく、だけなんでしょ?」
「まぁそうだな。正確には、子供に聖魔力持ちが発覚した段階で、神殿の人間が来て連れていく。戦える力があれば聖騎士になるし、無理だったらそれぞれの土地にある神殿付きの人間に割り振られるんだ。だから、たいがいの怪我や病気は、神殿にいって治してもらう。聖騎士は確かに治癒もできるが、主に魔物を倒したり魔素溜まりを破壊したりが仕事になる。国の騎士は人が相手、聖騎士は魔物が相手と言われる所以だな」
「うーん……。あのね、まえにもね、ベニィを治したときも、あれー? ってなったの。……でも、すぐに寝ちゃって、忘れてたの……」
そう言ってしゅんとするレイシュを、ベッドのふちに座ったまま抱き上げて膝に乗せる。
ずりずりと這ってきたケートスが背中に頭突きをしてくるが、とりあえず無視だ。
「そうか。……もしかしたら、それが修行の成果、なんじゃないのか?」
「しゅぎょうの、せいか……?」
「ああ。俺達は、魔素溜まりを失くすことが修業になるかと思っていたが、多分それ以外でもいいんだ。思い返してみれば、神サマもよく解ってなさそうだったが『世界を助けるのと、見習い神の修業』って言い方をしてただろ。あのガキの怪我を治したことも、婆さんの腰も畑も、レイシュはちゃんと助けている。修業ってのは、自分のもつ能力をみがき続けて高めていくことだ。その結果、レイシュの力が上がったんじゃねぇのか?」
「ん……どういうこと……?」
「つまり、レイシュが頑張っていることを、神だか世界だかが認めているってことだ」
「! ぼく、がんばってる!」
この世界の誰が、何を考えて助けを祈ったのかはわからない。
けれど、そのあおりを食らって遠い神の膝元から何も知らぬ間に飛ばされてきてしまったレイシュが、こうやって嬉し気に笑っている姿を守れるのなら。
それだけで、これからも頑張る価値があるな、とグレンは思ったのだった。
◇
「もうちょっといてくれても良いんだぞ! というか、ぜひそのチビッ子共揃ってズィッタの街に来てくれ! で、商会で売り子してくんねぇかな!」
「おおカール! いいこと言うなお前! さっそく姉貴に鳥を……っ待て、冗談だグレンッ! その手を下せ!」
頭を守ってぎゃあぎゃあ喚くアンディに睨みを利かせて、拳骨をほどきレイシュを抱き上げる。
「わぁ、なぁにグレン? よごれちゃうよ」
体よりもずっと大きな樽に手を突っ込み、一心不乱に傷のついたものや割れた実を取り除いていたレイシュは、背後のやり取りを一切聞いていなかったらしい。
ドナ婆さんが嬉々として作った子供用エプロンともども、小さな指先が葡萄の汁で染まっていた。
「いいかレイシュ。一人の時は絶対にこの阿保共に近づくなよ。攫われちまうからな」
「えー。カールもアンディも、悪い人じゃないよ、干しあんずくれたよ!」
「ッてめぇら! 餌付けすんなって言ったろうが!」
「だって可愛いんだもん。なー」
「なぁー」
昨夜、そろそろ次の町に行こうと思うと伝えてから、毎時間ごとにこの会話がなされている。
ドナは『寂しいねぇ、またいつでもおいでね』と言っているが、この双子は諦めが悪い。というよりも、3歩進んだら前の言葉を忘れてるんじゃないだろうか。
「だから、目立ちたくねぇって言ってるだろう。すでにドゥーベで誘拐されてんだ。ズィッタなんて人出のある所に行ったら、また狙われるに決まってるだろ」
「そうだよなぁ。そこんとこが……グレンが傍にいても商売の役には立たねぇしな。客がビビるし」
「お姉さん達は来てくれるけどなぁ。買っていってくれないよな、多分」
「好き勝手いいやがって……」
「ほら、あんた達。迷惑かけるなって言っているだろう? グレンにはグレンの考えがあるんだよ。ただでさえ今回は世話になってるんだ。商売人が義理を失くしちゃいけないよ」
しつこい双子に、呆れ交じりのドナが口を挟む。
レイシュに葡萄の選別を教えていたのを、グレンが取り上げたせいだろう。
「ちぇっ、ばっちゃんがそっちに回ったら勝てねぇよ」
「はーぁ。レイちゃん、今度、グレンに内緒でズィッタにおいでな。キャンベル商会っつったら、誰に聞いてもわかるからな。美味いもんいっぱい食わしてやっからさ。そっちの砂袋と一緒でいいから」
「えー、」
「やめろ」
思わず釣られそうになっているレイシュを押さえる。
相変わらずカールの足元では、砂袋扱いのケートスが唸り声を上げながら脛を叩いていた。
次投稿、ちょっと遅れますすいません




