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雇われフェネックは見舞う 5.5 side B

ニヨニヨ回のはずがどうしてこうなった。ちょろっとグレンの過去有り

 




「はッ、はぁっ……、はぁ、……ふぅ。ありがとう、ございましたっ!」


 伯爵家の広い裏庭で、ベネディクトは汗まみれになって倒れていた。

 荒い息を無理やり押さえ、枯れた声で礼を叫ぶ。

 まだ、起き上がれるほど体力が戻っていないと知っているから、少し離れた先で木剣を肩に担いでいる相手も鷹揚に頷くだけだ。


「おう、お疲れ様でした。坊ちゃん、最近よく頑張ってんじゃねぇですかい。さっきも、もうちょいで一太刀食らうとこだったし、こりゃあ兄貴に追いつくのも早いかもなぁ」

「なにっ、本当かっ? ……あ、いや、本当ですか!」

「ハッハッハ、そっちのお勉強はまだまだか。……まぁそうですなぁ。フレデリックが伸びだしたのは10を超えてからですよ。そのあたりから背も高くなり始めたし。王都の学園に行くのは来年だったか?いねぇ間に頑張っとけば、戻った時にびっくりさせられると思いますぜ」

「そうか……10歳……」


 ようやく持ち上がるようになった腕で上半身を支え、ゆっくりと起き上がる。

 傍に控えていた従者が、なみなみと水を湛えているカップを差し出した。

 有難く受け取って、一気に飲み干す。


「坊ちゃんもやる気になったみたいだし、自主練も増やしてるんでしょう? 剣の振りが早くなってる。面構えも良くなった。っつうか、恐ぇ顔で睨みやがって、誰か倒してぇ奴でもいるのかと思っちまいましたよ」

「……その。倒したいというか、認めてもらいたいというか……」


 とある人物の顔を重ねて剣を振っていたことに気付かれ、ベネディクトの頬がうっすらと染まる。


「なんです? 伯爵か? 心配しなくても、最近坊ちゃんが真面目になったって感動してホクホクしてましたがね」

「……違う。父上ではなく……あの、師匠。師匠は昔、王宮にいたんだ、ですよね?」


 師匠は、長兄のフレデリックが小さい時に辺境伯家に来て、以来、その腕を見込まれて伯爵家の剣術指南役に収まってくれている。

 ニコラス・フリードマン。

 色の抜けた緑髪に濃い栗色の瞳を持つ。60に届く歳のはずだが、一向に衰えを見せない剛健ぶりだ。

 ベネディクトが授業をさぼって抜け出していた時も、「やる気になれば帰ってくるだろ」と笑って放っておいてくれた彼は、以前は王宮の騎士団でも上の方にいたらしい。


「あん? そうですが」

「じゃぁ、その……グレンダルク、って名前を、聞いたことがある、ありますか?」

「グレンダルクだと?」

「はい。たしか……グレンダルク・ハワード、だったかと。10年くらい前に騎士をやめたらしいんですが。もし知っていれば、どんな人物だったか聞きたいと思って」

「なんだってそいつの事を坊ちゃんが知りてぇんです? まぁ、確かに一部じゃ英雄だの血に飢えた黒剣だの言われちゃいたが……本人はいたって普通、でもねぇが、一般人相手には害のない男ですよ」

「英雄? 黒剣?」


 初聞きの単語に首をかしげる。血に飢えた、というのはあの惨状を見た後ならば違和感は無いが。


「なんだ、噂話に興味を持ったわけじゃねぇんですかい?」

「噂話……がある方なんですか? ……俺はただ、レイの、いやヒューゴ殿が……」


 安心して眠りに落ちたレイを腕に抱いたまま、器用にもベネディクトだけに向けて殺気を放ってきた男の顔が浮かぶ。

 なぜ知りたいかと聞かれて、彼の養い子に興味が、なんて咄嗟に言える訳もなく、ごまかすようにどもったベネディクトに、ニコラスは面白い物を見たというような視線を向けた。


「ヒューゴねぇ。こりゃまた懐かしい名前だが……そうだな。坊ちゃんが生まれる前に一応の決着が着いた、隣の獣人国のとの小競り合い。あれで相手の指揮官の首級を取ったのが、当時第3騎士隊の副隊長をやってたグレンですよ。……ん? この功績で副隊長になったんだったか……まぁ、何でもいいか。とにかく、若いくせに化け物みたいな強さで。根本的な体力値が人間とは異なる獣人相手に、一歩も引かずどころか圧倒しちまったんですよ。内部でいろいろあって、結局そのあとすぐに騎士を辞めちまったが……ありゃあ、面倒くさくなったんだろうなぁ」

「へぇ、そんなことが……」

「ちなみになんと、その時の上官が、俺なんですよ坊ちゃん」

「……えっ」


 真面目に聞き入っていたベネディクトが気付いた時にはすでに、目の前でニヤニヤと笑う男に捕獲されていた。


「で? 噂には冒険者になってあちこち放浪してるとは聞いていたが……どこでグレンに興味を持ったんですかい? さっきヒューゴの名も出ていたが……あの宮殿魔術師だった変人の事もご存じなんで?」

「ヒューゴ殿は宮廷魔術師だったのか?!」

「おや、それもご存じない? 本当に坊ちゃん、何であの2人を知ってるんだ?」




 ◇




「はぁ……ひどい目にあった……」


 屋敷内に戻り水浴びを済ませ、自室のベッドへいつも以上に疲れた体を横たえる。

 力でも技量でも勝てない相手から、逃げ出すことは不可能だった。

 結局、街で一方的に一目ぼれしたことから始まって、植物公園のこと、捕まった事、逃げた事、レイを守って怪我したことなど、ありのままをニコラスに話すことになった。

 なにせ隠すと容赦なく締め技をかけてくるのだ。大人気ないにも程がある。

 そこから先に関しては、伯爵からニコラスにも情報がいっていたので詳しく話す必要は無かったのだが、先んじて現場に行った魔術師がヒューゴだという事は知らなかったそうだ。

 そして、ヒューゴが落ち合った冒険者がグレンだという事も。

 背中の怪我に関しては、伯爵家の持つポーションを盗んで持っていたからと父親にも言い張ってある。

 何か言いたそうな顔をしていたが、結局それ以上詮索されることは無かった。


「レイ……」


 ごそごそと胸元からシンプルな鎖を引っ張り出す。

 鎖の先には、指2本分ほどの白い小さな巾着が揺れていた。

 その中にシンプルな石留めだけの魔石が入っているのを知るのは、ベネディクトとヒューゴだけだ。

 何度目かのヒューゴの授業の時間に、さもさも嫌そうな顔で、「本当は渡したくないんですが」なんて実際に前置きまでして寄こされたペンダント。

 どういう原理か不明だが、白と水色が美しく混ざり合った魔石は、レイのつたない文字で「おまもり」だと手紙が着いていた。

 いくら安全とは言え無造作に飛送便で届いた魔石は、あまりにも珍しく貴重品過ぎるので、そこらの店には加工を頼めなかったため、ヒューゴ自らがペンダントにしてくれたらしい。


「伯爵には見つからないようにしてくださいね」


 そう言って巾着に、持ち主以外には開けられない、汚れない、破れない、壊せない、紛失した場合は戻ってくるという破格の魔術紋を重ね掛けしていた。

 気持ちはよく解る。自分で出来るならベネディクトだってそうしていた。ヒューゴには感謝しかない。

 ちなみに魔石そのものには、すでに別の魔法が込められていたため、新たな添付は出来なかったらしい。


「これは、本当に凄い御守りです。見つかった瞬間に取り上げられて、間違いなく王にでも献上されると思っていてください。聖魔力と水魔力の魔石など……神殿にでも知られたらと考えるとそら恐ろしいですよ」


 誇張では無いだろう。

 聖魔石は今のところ、偶然の産物でしか作られないと言われている。

 しかし、ヒューゴも、背中の傷を治してもらったベネディクトも、これがレイによって作られた物だと確信していた。

 ヒューゴは言わないが、もしかしたらどうやって作られたのかすらも知っているかもしれない。

 聖魔石は貴重だ。ほぼほぼ神殿が独占していると言ってもいい。

 確かに聖魔法を使える人が持つことは正しいが、魔道具にして使うことが出来ないかという研究を、長年魔術棟でもしている事は有名だ。

 素質に左右される聖騎士に頼らなくても、魔素溜まりの解消がなんとか出来ないものかと、多数の研究者が知恵を出し合っているのだ。

 そこへきて、貴重な聖魔石を生み出せる人間が現れたら?

 レイは、死ぬまで囚われてしまう。

 それだけでも悪いのに、神殿と王宮での取り合いが確実に起こる。

 万が一、他国にその情報が洩れたら?考えるだけで恐ろしい。

 先日の誘拐劇が未遂に終わって良かったと、本当の意味で解っている人間はわずかだ。多分、父でもそこまでは知らない。ベネディクトもこればかりは教える気が皆無である。

 そんな、存在自体が世界の至宝みたいなレイの傍について、今も守りながら旅をしている男が、英雄。


「はぁ……道が、険しすぎるだろ……」


 ベネディクトの青い春はまだ、始まったばかりである。






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