雇われフェネックは見舞う 5
「ばっちゃん、畑、収穫出来てるじゃないか! しかもめちゃくちゃ良い出来でっ」
「なんだよ、今年は駄目かもしれないとか弱気な事言っておいて……って、グレン?!」
畑仕事が一段落し、家に戻って昼食を楽しんでいた時のことだった。
バタン! と勢いよくドアが開かれて、賑やかな2人が食堂に入ってきたのは。
ちなみに食堂の入口は、玄関の正面にあったドアだ。庭に面していて、ここからも畑と行き来が出来るのだ。
更に言えば、レイシュ達が寝泊まりしているのは、2階にある客間の一つだ。
「アンタ達! ドアはノックする物だって何度言えば解るんだい!」
「よう、アンディ、カール。変わらねぇな」
「グレンこそ! 相変わらず良い身体しやがって、農夫に職替えしねーのかよ! 俺んとこで雇ってやるって言ってるだろ!」
「なんだおまえ、そのチビっこいのは! えらい可愛いじゃねぇか! どこの女を孕ませたんだ? とうとう年貢の納め時か!?」
さっそくドナに怒られた2人は、ちっとも気にせずに興奮気味にグレンに話しかけている。
矛先がレイシュにも向いたけれど、目を輝かせて近寄ってきたところで、それぞれグレンに猫のように首を掴まれ、ドナに耳を引っ張られてたたらを踏んでいた。
「いてぇっ、いてぇよばっちゃん!」
「ぐ、グレン……ッ、首締まってるからっ」
「まったく、アンタ達と来たら! 幾つになっても落ち着きのない!」
「おい、勝手に近付くな。あとおかしなこと教えんじゃねぇよ」
「はわぁ……おかおがいっしょ……」
歳はグレンよりも若く見える。一人はつんつん逆立った髪形で、もう一人はゆるっとうねりながら首元まで髪を伸ばしているけれど、違うのはそれだけだ。
お日さまに晒した麦わらみたいな髪色に、ドナと同じ茶色の瞳。そばかすが散った顔も瓜二つ。
「煩くてすまないねぇ、レイちゃん。このどうしようも無いのが甥っ子達なんだよ。弟の末息子達でね。ちょっと前に、鳥を飛ばしていたのを忘れていたんだ。もう一度、治ったと送ればよかったねぇ」
「なんだ、やっぱりグレンが手伝ったのか。あ、そういえば厩にいた青毛のデカいヤツ、お前の馬だろ? 俺のと交換しねぇ?」
「おだまり! まったく……挨拶位出来ないのかい……」
ドナが溜息をついていると、グレンに首を掴まれたままの人が、声をかけてきた。
「よぉ、ちびちゃん。俺はアンドリュー・キャンベルってんだよ。そっちは弟のカルロス。見た通りの双子だ。ズィッタの街で、家族でキャンベル商会ってのをやってる。んで、ちびちゃんは? グレンの隠し子? もしそうなら、街に帰って報告したとして、泣いちまう子達が両手の数じゃ足りないんだけど」
「お前も耳を千切られたいのかアンディ」
髪の毛が長い方がアンディ。ドナに耳を引っ張られている方がカール。うん、覚えた。
「えっと、はじめまして。ぼくはレイシュ。グレンの、しんせき? だよ」
「へーっ! 隠し子じゃねーのかぁ。ところでお前、その横の、太った白い奴。その白い砂袋みたいの、なに?」
『グルァッ?!』
「ふとった、すなぶくろ……」
カールのあまりにあまりな批評に、ケートスが歯をむいて唸っている。うん、たしかに最近ちょっと……村の皆にもいろいろもらって、ぽっちゃりしてきたかもしれないけど……。
「このこは、ケーちゃん。ケートスっていうんだよ。ハムッサのまちで会ったの」
「ハムッサでねぇ。初めて見たな。あすこは白光貝と魚しか見るもんねぇから、仕入れ以外は素通りしてたなぁ」
興味深そうに手を伸ばして、カールはケーちゃんに指を噛まれそうになっている。慌てて手を引っ込めたところで、ようやく耳を離したドナが、かわりに頭を叩いていた。げんこつが良い音で鳴る。
「だからいてぇってば!」
「カール、あんた、その子達に余計な口を叩くんじゃないよ。畑を救ってくれた立役者様なんだから」
「はぁ? 立役者ぁ?」
頭をすりすりしながら、カールが首をかしげる。
その隣で、グレンの拘束を逃れたアンディも、ケーちゃんを抱き上げようとして、尾びれで手をはたかれていた。
「そうだよ。日照時間が足らなくてね。私は腰を痛めてしまって動けないし、もう駄目だと思って鳥をおくったんだけれどね。ちょうどその時にグレン達が来たのさ。畑に浮いてる温かい光の玉に気付かなかったかい? それは太陽の代わりにって、そのモフッ子が出してくれたんだよ。光魔法で」
「……なんだって?」
「ちょっと、詳しく!」
ようやく真面目な顔つきになった2人が、食卓の椅子を引いて勝手に座り込む。
まだ食べ終えていないまま中断していた食事に、カールの手が伸びる。レイシュの皿からパンがかすめ取られ、グレンにも頭を叩かれていた。
うん、やっぱり真面目じゃないかも。
諦め顔のドナが立ち上がって、お茶の支度をしていた。
◇
「へぇー。これが太陽の代わりかぁ」
「確かに葉も健康そうだ。本当に弱ってたのか?」
食事を終えてから、皆で外に出る。
結局、注意をしてもレイシュやグレンの皿からパンやお肉を取ろうとするのをやめないので、ドナが追加で料理をして、皆で食べたのだ。
「そうだよ。もともと横の林が影になるくらい育っちまっててねぇ。腰を痛めていた所為でろくに間引きもできなくて」
元気になった葡萄の木を優しい目で眺めながら、ドナが言う。
植物の様子を見るよりも、畑の方々に浮かんでいる光の玉達をつついたり動かしたりしているアンディ達の足を、ケートスが前ヒレでばしばし叩いている。
「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ。収穫前でも来て良かったんだぞ」
「アンタ達だって仕事があるじゃないか。そうそう頼っていられないよ」
「いい加減人を雇うって話も出てるだろ! 確かにばっちゃんの眼鏡にかなう奴を探すのは難しいけど、隣で見ながら時間かけて教えればいいじゃんか。グレンみたいに。って訳でやっぱりうちで働けよグレン」
「そうだよばっちゃん、それに、畑を駄目にしちまったら元も子もないだろ! うちのワイン、毎年楽しみにしてる客がいるのに」
「はぁ、アンタ達に正論を言われる日が来るとはね……」
カルロスに途中で引き合いに出されたグレンがしょっぱい顔をしている。
「この人使いが荒い婆さんの扱きに耐える奴を探すのは、確かに骨を折るぞ。いっそお前達がこっちにくればいいだろうが」
「うん、今回はその話も出たんだよ。ばっちゃんの年も年だからね、商会の方は姉貴達が回すようにして、俺達は本格的にイーデに移ろうかって」
「そうなんだ。ただ、条件が、こっちにもキャンベル商会の支店を出せってことだったからさ。片手間になっちまうかなって、相談しようと思ってたんだよ。……でも、これ」
話ながらアンディがまた光の玉をつっついた。
今度は真面目な話とわかっているのか、ケートスは大人しくしている。
「これをうまい事使えれば、多分、今までよりもだいぶ世話が楽になるだろ。光属性の奴を雇うか、似たふうな魔道具を作っちまえば、天候の悪い中でも付きっ切りで、ばっちゃんが無理して外に出たりしなくても済むようになる」
「そうだぜ砂袋君。お手柄だな。俺達が店をしながら畑の手入れをするのも楽に、いてェッ」
やっぱり叩かれた。すなぶくろ君は、よくない。




