雇われフェネックは見舞う 1 side G
「ここから海沿いを進めばズィッタの港町に出るんだが、そこには寄らずに、イーデの村へ行こうかと考えている。ちっとばかし街道から外れちまうけどな」
「イーデ?」
「ああ。小さい村だが、美味い酒を造ってんだよ。レイシュはドゥーベで果実水を気に入ってただろ? あれは酒造が酒用に育てている材料で作っていたはずだ」
「ぶどうのジュース! おいしかったのー! いきたい!」
「よし、次はそこで決まりだな。他にも、干し果実も特産だったな」
「ぼくね、干したくだもの、すきだよ! 干しがきも、干しぶどうも、干しいちじくもすき!」
「おう、よかったな。好きなのたくさん買い込んでいくか」
「やったぁ! イーデ、たのしみだねっ」
ハムッサの町に来て1週間が経った。
その間に、どこに行っても知らない人間がいないんじゃないかと思うくらいには、レイシュは町に馴染んでいた。
道を歩けばレイちゃん、レイ坊、モフッ子ちびっ子と、方々から声がかかる。
ハムッサは、美味い飯を食いに来るか、買い付けに商人が来る以外は、訪れる人間も少ない漁師町だ。
外から幼い子供が来る事自体が珍しい事もあり、しかも見目が良く、大きな生きた縫いぐるみっぽい生物を抱えて歩いているとなれば、総出で構いたくなるのだろう。
しかしアレを食え、コレを食え、それをやろう、どれが欲しいと、グレンの目を盗んで懐柔しようとするのは、いい加減やめてほしいと思う。
グレンと連れだって町を歩いたり、宿の馬止めにいる軍馬にケートスを見せに行ったり、夜中に起きて白光貝の産卵を見に行ったり。
良く食べ、良く寝て、良く遊んだレイシュも、日々楽しそうに過ごしていた。
ヒューゴから荷物を受け取った事により、飛送便ギルドの荷運びに興味を持ったレイシュが何か送りたいと言いだしたので、丁度いいからと今回出来た魔石を送らせたりもした。
友達用にとベネディクト宛ての物も同梱していたので、奴はそれを受け取ってまた一喜一憂するのだろう。
騒がしくも居心地のいい宿で心身を休ませてやりながらグレンは、レイシュが気にしない頻度で、ヒューゴと幾度かやり取りをして、ついでにアーレンにも鳥を飛ばし情報を拾っていた。
だから、なるべく大きな街に出るのは避けようとの結論に次の行き先を決めたのだが、レイシュが特に異を唱えることも無く、というよりも食い気味に賛同してくれたので、ほっとする。
誘導した感も否めないが。
きりもいいので、翌日にはハムッサを発とうと話し合う。
ギルドでの依頼を無事に達成した事で、依頼料や素材の買取金の清算も済んだ。
お礼だと言って、白光貝の魔石と、魔石を加工した装飾品も改めて貰った。
買い出しも済んでいるし、荷物はマジックバッグに詰めるだけ。
あとは。
「じゃぁ……ケーちゃんと、ばいばいだねぇ……」
「そうだな」
『クルァッ?!』
「だって、ケーちゃんは、うみのこでしょう? おみずがなかったら、かわいちゃうよ」
『キュオーッ、キュアッ』
「ぼくも、おともだちとはなれるのはさみしいけど、またくるから」
『クルォッ、クォッ、クァーッ』
「え……え? でも、え……? そうなの?」
「何と言ってるんだ?」
「しえきじゅ、になったらだいじょぶみたいなの」
「は? 使役獣?」
『キュー、キュオーッ』
「ぼくのまりょくで? そうだったんだ……でも、なら、まずグレンにきいて、」
「魔力? おい待て、こいつは何をしようと———」
『クルォーーーッ!』
「ふぇ?」
「レイシュ!」
連れていけないのだと説得を試みるレイシュに対して、ばたばたと前ヒレを動かし何事かを訴えているケートスに、言いようのない危機感を感じた時には遅かった。
レイシュとケートスのまわりに白い光が浮き上がり、魔術紋へと変わっていく。
波打つように円を描いたそれらが、止める間もなく2人の身体へと吸い込まれて消えていった。
「……おまえ、何をしたんだ」
『グルァッ』
「だめだよケーちゃん、えっとね、ぼくと、けいやくしたんだって」
「契約だと?」
「うん、しえきじゅになるけいやく。ぼくからまりょく、もらうかわりに強くなるんだって。ませきでもいいみたいだけど」
「……使役には、そんな効果があったのか」
『クルォ―ッ』
使役獣を連れている人間は見ても、グレンは使役した事が無かったし、そもそも今まで魔獣や魔物と話せるものなどいなかったから、そんな事があるなど初聞きだった。
たしかに、普通の魔物よりも使役獣の方が魔力値の上りが早いとは知られているが、それは野生の魔獣達よりも戦闘の回数や、戦う相手が強くなることでの成長だと考えられていたのだ。
というか、魔石を魔獣に与えようとする奴も滅多にいないだろう。
しかしこれに関しては、白光貝を食べにくる事からも解るように、自然界では普通に行われている行為だ。たんに使役獣にその考えが当て嵌められていなかっただけで。
「こうなったら仕方がない……そいつも連れて行こう」
『グルァッ』
「ただし、自分の身は自分で守れよ。レイシュの事もだ。守ってもらう使役獣なんざ聞いた事ねぇからな」
『グルォーッ』
「グレン、でも」
「いいかレイシュ、使役獣の契約っつうのはそういうモンなんだ。危険な旅を補佐する目的で使役する。一緒に戦う。使役した人間と共に、敵対する魔物に立ち向かう」
「……うん」
「そんな顔するな。確かに人に有利な内容かと思っちゃいたが、使役者から魔力を貰ってたんなら関係はイーブンだ。もともと使役獣は、自分の認めた相手としか契約しない。胸を張っていいんだぞ」
『グァッグァッ』
灯りをともす事と抱えていて温かい以外の、何の役に立つかは解らないが。
「そっかぁ。ケーちゃんは、ぼくのこと、みとめてくれたのかぁ」
『クルァー』
「うん、もちろんともだちだよ! これから、よろしくね!」
予想外に大きな手荷物が増えてしまったが、ギルド長を始め多数の人々に惜しまれながら、グレン達は翌日に予定通りハムッサの町を発ったのだった。




