ずぶ濡れフェネックは見つける 7 side G
◇
「……で、なんでコイツが此処にいるんだ」
「あれぇ、ケーちゃん、ついてきちゃったの?」
『クルァッ!』
翌日は、泳ぎの練習をさせたり、昨日見に行ったと言う崖まで一緒に歩いたり、合間にレイシュに留守番をさせて、何度か一人で船を出して近海の様子を見てきたりと、動き回って過ごした。
今度こそ短時間で見回りを終わらせ、レイシュの機嫌もまずまずだ。
魔物に襲われることも無く、問題なしと結論を出して、小島を出立することに決めた。
あくる朝、砂浜でキュルキュル鳴きながら前ヒレを振っているケートスに手を振り返して船を出した。
壊れてこそいないが、だいぶ見た目を汚してしまった漁船に、レイシュが心配そうな瞳を向けていたので、沈みはしないから大丈夫だと安心させておく。
護符のおかげか、相変わらず魔物の魔の字もない穏やかな海をゆったりと進み、およそ1刻半ほどでハムッサの港町が見えてきた。
こちらに気が付いた漁船が、慌てたように船首をまわし、町へと帰っていく。
おおかたギルドにでも知らせに行ったのだろう。
はっきりとは聞き分けられないが、漁の手を止めてこちらに腕を振り上げて、何事か叫んでいる奴らもいる。
そして、その辺りにいた船達は皆、やはり各々港へと引き返し始めていた。
「よく戻ってきたッ! よかった、本当に良かった!」
「ずいぶん船に傷が出来てるが……怪我はしてないのかい?」
「早かったなぁ! また行くのかっ?」
「うへぇっ、こりゃあ、えらい事だよ! この傷はっ? こっちはどうしたんだい?!」
「本当に怪我はねぇのかっ? 船がこんな酷い有様なのに……」
「良かった! 無事だったんだなあ、チビも!」
船を下りる前から、叫ばれ心配され労わられて。
早々に囲まれ、いちいち返事をするのも面倒くさいが、足早に近付いてくるギルド長のトレヴァーも目に入ったので大人しく待つことにした。
抱き上げて船から下ろしたレイシュが、グレンの分まで愛想よく手を振っているので問題無い。……別の問題を生みそうではあるが。
「グレンダルクさん! おかえりなさいっ! ど、どうでしたか!! 魔物、いや魔素溜まりは……っ!」
「よう、ギルド長。集まっていた魔物はだいぶ片付けた。もう危険な奴はいないはずだ。魔素溜まりも当分は脅威じゃないだろ。白光貝も無事だったぞ」
「ああっ、ああっ!! ありがとうございます! 良かった……!」
「それから、狩ってきた魔物はどうしたらいい?」
祈り出さんばかりのトレヴァーに、魔素溜まりの件を適当にごまかして、マジックバッグにしまっていた魔物の処理を聞く。
「そうでした! ちょうど漁師の皆さんもおりますし、捌くのは任せていただいても? 実際にどんな種がいたのか、確認もしたいでしょうし……」
「それで構わねぇよ。どこに出す?」
「でしたら、船のドックにご案内します。ここのギルドには解体部屋が無いのでね、後始末も楽ですし、ドッグの作業場を借りているんです」
「なんだ、解体するなら声をかけてくるぜ! 俺も何を狩ったのか見たいしな!」
「俺もだっ! 手伝うからよ、行ってもいいかっ?」
「俺もっ」
「俺も見てぇぞぉ!」
トレヴァーとのやり取りに耳を傾けていた漁師達が、いっせいに盛り上がりだした。
グレンとしては、魔石や適度な素材を貰えれば、誰が捌こうと、残りをどうしようと関係無いので、窺うように見てくるトレヴァーに、簡単に頷いてやる。
「では、皆さんも行きましょう」
トレヴァーについて町中を進むたびに、着いてくる人間が増えてくる。
はぐれないように抱き上げているレイシュは、この人数に囲まれて早々にグレンの首根っこに抱き着き、顔を伏せていた。あまりに方々から声を掛けられて恥ずかしくなったらしい。
さほど歩かずに、暗めの岩で固められた場所が見えてきた。
話が届いているのか、大きな入り口に、これまた厳つい顔の男が待ち構えている。
「よおトレヴァー、聞いてるぜ。船は除けてあるから自由に使え」
「ロニー、助かるよ。ではグレンダルクさん、早速お願いしますよ」
「ああ」
言って、無造作にマジックバッグから獲物を取り出していく。
一太刀で首の斬られたシーサーペント、急所を一突きにされたレモラやリーパー、小型のシーワイバーンは羽根が落とされた状態だ。
次々と出てくる魔物に湧いていた観客が、その内容を目にして、だんだんと静かになっていく。
それに気を回すことなく、グレンは更にバッグに手を入れる。
次からは少々嵩が張るので、近付くなと言って少々離れた位置に立つ。
「ひッ、海竜じゃねぇのかあれ! でけえ!」
「く、クラーケン……ッ」
「あの青い毛並みに水かき……ッ、シータイガーだっ! 初めて見た……」
先ほどまでとはまた違ったざわめきに包まれる中、ドック内を魔物の山で一杯にしたグレンは、放心しているギルド長を振り返った。
「こんなもんだな。丸1日様子を見て、小島周辺にはもう、元からいた小型の魔物くれぇしかいないのは確認した。船を出して確認してくれても良い。最低でも1週間はここに逗留するつもりだから、その間に何かあれば言ってくれ。解体は任せるから、終わったら宿まで知らせを」
「は……まさか……こんなに、こんな凶悪な魔物まで……」
「おい、ギルド長?」
「はッ、ハイッ!もちろん、仰るとおりにいたしますよ! ありがとうございます! こんな、こんな物達がいたなんて……この魔物が1匹でも来ていたら、ハムッサの者達ではとても対処しきれませんでした……本当に、ありがとう……!」
ギルド長が深々と頭を下げたのを皮切りに、大声で感謝の言葉が降ってくる中を、良い子で待っていたレイシュを再び抱え上げて外に出る。
「お疲れレイシュ。宿に戻ってゆっくりするか」
「うん。グレンもおつかれさまー。みんな、すっごくよろこんでたね!」
「そうだな」
なごやかに話しながら、湾にそって宿への道を歩く。
先ほどギルド長に言った通り、ヒューゴに鳥を飛ばして物品を送ってもらう都合上、この地にしばらく足止めになる。
その間は、町を散策するのも、また船を借りて小島に行くのもいいだろう。
美味い物を食って、のんびり風呂につかり、しばしだらけた休息を取ろう、とレイシュと笑い合っていた時だ。
『クルォ―ッ!』
横手の海から聞こえてきた、聞き覚えのある声に、グレンの足が止まった。
 




