ずぶ濡れフェネックは見つける 5
「ケーちゃんは、かいのませきが食べたかったの?」
『クァーッ』
「でも、いきなり人のものをとっちゃ、だめなんだよ」
『クルァー……』
グレンがお仕事に行った後。
引っ付いて離れないケートスをお供に引き連れて、レイシュは島の冒険へと繰り出していた。
いつのまにか白い塊には愛称がつけられていたが、突っ込むものは誰もいない。
「どこに行ってもじめんがしろいねぇ。きれいだねぇ」
『キュァッ』
「ケーちゃんはずっとこの島にいたの?」
『キュィーッ』
「うみの中かぁー。ぼくも、およげるんだよ!」
『クァックァッ』
シャクシャクと楽し気なレイシュの足音に、ずるっペシャン、ずるっペシャンと気の抜ける足音が着いてまわる。
来た道には、跳ねるような小さな足跡と荷袋を引き摺ったような跡が残されており、殿をつとめている黒狐がせっせと写真を撮りためていた。
島の外周に沿って歩き続けていると、だんだん道に傾斜がついてくる。そのまま1時間ほど進み辿り着いたのは、海面からは20メートルほどの高さとなった崖だった。
ダーちゃんの地図曰く、丁度島の反対側へ着いたらしい。
「ふわぁ、こっちがわは、こうなってたんだねぇ」
『キューィッ』
≪海中崖表面に、多数の生物反応あり≫
「がけのひょうめんー?」
『クァアッ、クァアッ』
「えー、そこにいるのが、ませきのかいなのー?」
気になって、地面に腹ばいになって覗き込む。
後ろに伸びたレイシュの足の上に、あわててケートスが乗りあがり重しとなる。
「ありがと、ケーちゃん。……おぉー! ちょっと、へっこんでるんだねぇ……」
『クルァー』
レイシュは知らない事だが、そこは、波の影響でだんだんとネズミ返しのように抉られていき、空から見れば半月のように形成されていった島の、一番栄養分と魔素がたまる場所だった。
もぞもぞと崖から離れたレイシュと入替に、ケートスも崖を覗こうと這い進んでいく。
『クァアーーッ!!』
「え、」
下をのぞき込むなり雄たけびをあげたケートスに、レイシュがびくッと跳ねた。
大きな前ヒレをばたつかせ、崖から落ちそうなくらいに身を乗り出している。
あわててレイシュが飛び出して、バナナのように反り返ったモフモフの下半身に抱き着いて引き留める。
「え、え……ケーちゃん、どうしたの……っ?」
≪餌発見≫
「えさ? ……あっ! かいのこと?! え、だめだよ、だって、あれは町のひとが……!」
『キュオーーッ』
「だめなの! ケーちゃんおこられちゃうよ! 食べたら、たいじされちゃうの!」
『クルァッ!』
「もう! さっきも、ぼくのうでわ、たべちゃったでしょ! いうこと聞かない子は…っ」
『キュアッ……クルァ?』
いまにも飛び降りそうにジタバタしていたケートスが、レイシュの言葉に動きを止める。
そろり、と振り返ったウルウルの黒い瞳と視線が交わる。
いつもはぽやんと垂れている優し気な瞳をキッと吊り上げて、レイシュはここぞとばかりに言い放った。
「きらいに、なっちゃうから!」
『クォーーーーッ?!』
◇
「グレン、おそいねぇ……」
『クァー』
小島の残り半周をまわり、元居た砂浜に戻ってきた一行である。
あのあと、きっぱりと言い放ったレイシュは、動かなくなったケートスをそっと放して背を向けた。
ドキドキしながら、それでも振り向かずに10歩ほど進んだ時、背後からずるっペシャ、ずるっペシャと、独特の音が、少しばかり焦り気味に着いてきた。
ホッとして立ち止まり、振り返る。
その足元には、うるうるの瞳から今にも涙をこぼしそうな顔のケートスが、レイシュを見上げていたのだった。
無事仲直りして、行きから1人の欠員も無く砂浜に戻ってきた一行は、すでに空の半分が赤くなっていたため、灯りをつけて夕食の支度を始めることにした。
ここで活躍したのはなんとケートスだった。
光の魔石を食べるだけあって、ケートスは光魔法を使うのだ。
浜辺にポツポツと、手のひら大の灯りが漂う。
「さっきケーちゃんは、がまんしてえらかったからね、おいしいお魚いっぱいあげるね!」
『クルァッ、クルァッ』
探検ついでに拾ってきた枝に魔道具で火をつける。
グレンがさばいた魚と、町でたくさん貰った日干しの魚。レイシュのマジックバッグに詰め込まれているそれらを取り出して、枝に差し、砂浜に並べていく。
やがて、じゅわじゅわと油の落ちる音と、鼻をくすぐるいい香りがあたりを満たしていった。
2人の腹ペコ達のお腹を盛大に刺激する。
「もういいかな、もういいね! よし、たべよっか! いただきます!」
『クルァッキュアー!』
「やいたおさかな、食べたことないの? おいしいよ!」
『クォーッ』
「あっ、まだあっついんだよ、おくち、やけどしちゃうよ、きをつけて、」
『クルォッ、クルァーッ』
≪REC≫
騒がしい夕食を終え、赤々と燃える火のそばで、レイシュとケートスはまったりしていた。
紺碧の空には、ケートスの出した灯りよりも小さな光で、チラチラと星がまたたく。
「……グレン、おそいねぇ……」
『キュア』
「まだ、かえらないのかなぁ……」
『クルァッ』
「……ねむい」
早寝早起きが身についている健康優良児のレイシュは、お腹もくちく、日が暮れて暗くなったなかで、起きていることは難しい。
グレンが帰るまで浜辺で待っていようと頑張っていたが、落ちてくる瞼はもう、いう事を聞いてくれなかった。
『……キュフ……』
無意識に獣型へと姿を変えて、欠伸を一つこぼす。
レイシュは、そばにあったモフモフの暖かな塊に鼻先をすり付け、ギュッと抱き着いた。
『クルァッ!!?』
「……なぁにー、グレ、うごいちゃ……め……」
『……キュア……』
夜も更けた頃。
闇夜の海に煌々とつく灯りを目指して、ようやく戻ってきたグレンを出迎えたのは、焚火のそばで丸くなって眠っている、大小2匹の白い塊だった。
 




