ずぶ濡れフェネックは見つける 2 side G
何度も息継ぎをしつつ浅瀬に潜って、レイシュがこさえた魔石を取り尽くしていく。
もともとグレンの腰ほどしかない水位だから、しゃがめば砂浜に手が届く。
水質も澄みわたっているため、レイシュが嬉し気に浮いて潜ってを繰り返しているのも、笑いながら見ていることが出来た。
≪右前方に魔石あり≫
「おー、了解」
取りこぼしがあると、グレンの頭ほどの高さを浮遊している黒チビが教えてくれるので、ほどなく魔石集めも終わるだろう。
ハムッサからの海路は穏やかだったため、漁師達に言われるよりも早く小島へと着けた。
魔石取りも空から見て指示を出す奴がいるからあっという間で、日の傾きを見るに、まだ昼時にようやく差し掛かったあたりだった。
「そろそろ一度上がるか……レイシュも腹が減ったと騒ぎ出すころだしな」
「ぷはぁっ! ねー、グレン、おなかすいたよぅ」
言ったそばから、片手に黒チビほどの魔石を掴んで、勢いよく浮かび上がってきた子供が主張する。
「おう、そうだと思った。船で食うのもいいが、どうせだから上陸してみるか?」
「じょうりく! ぼうけん?!」
「ははは、そうだな、じゃあ腹ごなししたら冒険してくるか」
「やったぁ!」
パシャパシャと水を跳ね上げてはしゃぐレイシュを抱き上げて船へと下ろし、グレンはそのまま船首を掴んで力強く引き出した。
肩口から二の腕にかけての筋肉が盛り上がり、太い血管が蛇のように走る。
足も着くし、陸も近い。魔道具を起動させるより、このまま進んだ方が早いし楽だった。
「うわぁ! グレンちからもち! すごーいねぇ! クマちゃんみたいねぇ!」
「比較対象が馬かよ」
レイシュの喜びようを目の当たりにし、グレンは思わず苦笑した。
あっという間についた小島は遠目に見えていた通り、白い砂浜が周りを取り囲み、島の真ん中をこんもりと緑の木々が覆っている。
この白砂はもともと、死んだ魔魚や水棲の魔物、陸地から落ちて死んだ魔物達の骨だったものらしい。
海流の関係でこの場に堆積していったそれらの塵がやがて島を形成し、休みに降り立った鳥達の糞から木々が生え、中央の森が育っていったそうだ。
そんな成り立ちゆえに、この島周辺の水は多種多様な骨から様々な質の魔素が溶け出しており、そこに生息する白光貝の魔石に珍しくも美しい変化をもたらしたのだと、漁師たちが言っていた。
「たくさん日干しの魚を持たされたからな。来るときに捕ったデカい魚もいるし、丸焼きにするか」
「まるやき! ぼく、きのえだあつめてくるよ!」
「おう、足元に気をつけろよ。黒チビも、レイシュを頼んだぞ」
≪諾≫
近くに危険な気配は無いし、今は御守りもあるからグレンは特に心配してない。
それよりもレイシュが戻ってきたときにとっとと食える状態にしておくべく、一尾丸ごと船に括り付けていた魚を、砂浜へと引き上げに行くのだった。
◇
「……で、何を連れてきたんだお前は」
さほどの時間が経たないうちに、がさがさと木を掻きわける音がして振り返る。
木の枝ではなく、白いモフッとした塊を抱えて帰ってきたレイシュに、グレンは頭を抱えた。
首元を腕で挟まれ、だらりと垂れた太めの円筒形は、足元に向かって細くなり、地面すれすれの長さでヒレの様な物体に集約している。
咄嗟に鑑定をかけるが、「種族:ケートス、age:2、魔力値:E」という事しかわからない。
名前が無いという事は野生なのだろう。2歳なら、まだ幼体だと判断していいものなのかどうか。
「うーんと……ぼくも、よくわからないんだけど……」
困った顔で腕の中の塊を見下ろす姿は、ぱっと見、縫いぐるみを抱いているようでたいそう愛らしい。
片方の手首辺りをぱくりと食いつかれていなければ。
「護符も黒チビも反応してないなら、害は無いんだろうが……痛くないのか?」
確かに魔力値から見れば、脅威でも何でもないのだが。
「いたくはないの……でもね、あのね、このこ……グレンが買ってくれたうでわ、たべようとするの……」
「はぁ? 腕輪? ……なんだ、食べようとするって」
森からすぐの所に立ち止まって、しゅんと肩を落とす子供のもとへ、グレンは急いで近付いた。
白い塊、ケートスを掴んで引っ張ると、確かにモフッとした物体の口元から、レイシュの腕に着けられたブレスレットの金具が覗いている。
「やめてって言っても、はなしてくれなくて……」
うるうると瞳を濡らすレイシュに、これ以上グレンが言えることは無かった。
『グレンが買ってくれたうでわ』だからこそ、無理に引き離して壊すことも出来なくて、ここまで連れてきてしまったのだろう。
悪いのは、全面的にこの白い物体だ。
「……レイシュ、あとでちゃんと、別のを出してやる。街に帰ったら新しいのも買ってやるから、だから、すまないが、これは諦めてくれ」
「……うぅぅ……、うー……、わかったよぅ……」
不届きな物体を片手に持ったまま膝をついて、下を向いてしまったレイシュの顔を覗き込む。
きゅうと眉根を寄せた顔が痛々しいが、最後には聞き分け良く頷いた子供の頭を撫でてから、グレンはブレスレットの金具に指を掛けた。
細い腕からするりと外れた装飾品は、それを追い駆け地面に落ちたケートスの口へと、あっという間に吸い込まれて消えていく。
すぐに、パキパキがりがりと固い物を噛み砕く音がした。
そして破壊音が止まったと思えば、もごもごしていた口元から、ペッと何かが吐き出される。
「ひぃっ!」
「……」
足元に転がってきたそれは、噛み砕かれて原型をとどめていない、装飾品だったものの残骸だった。
レイシュが涙目でプルプル震えている。
これのどこをどう見て害が無いと判断したのかと、護符を引っ掴んで問い質してやりたい。
そして、こんな妙な生き物がいるなら、なぜ前もって伝えてくれなかったのだと、グレンは内心ギルド長に毒づいた。
 




