ずぶ濡れフェネックは見つける 1
「ふわぁー、ゆらゆら、するねぇ!」
「まぁ、海上だからな。気持ち悪くはねぇか?」
「うん、だいじょぶー。クマちゃんの上ともちがうねぇ!」
「馬は上下に揺れるからな」
時折、波に揺られてずれてしまう進路を、船尾についている櫓を動かし方向調節する以外は、海面から跳ねる魚を見たり、寄ってくる海鳥に手を振ったりするだけの、平和な時間が過ぎていった。
青い空と碧い海、その境目にすぅっと白い雲が走り、水しぶきがキラキラと散る。
陸地では味わえない美しい解放感に、レイシュは途中から外に出した黒狐とともにひたすらはしゃいでいた。
落ちないようにグレンに服を掴んでもらい、レイシュは水面に手を伸ばし、波を作り出して、撥ねるしぶきを見てはきゃらきゃらと笑う。
パシャンと魚が跳ねあがった瞬間、びゅっと飛び出していったダーちゃんが狙い外さずキャッチして、自慢げに魚を咥えて船に戻ってきた時は、流石のグレンも目をまん丸にしていた。
そのグレンも、呆れたように2人のやり取りを見ていたけれど、海中に大きな影がよぎった時に、船底に有った綱付きの銛を思い切り投げつけて、引き上げた大きな魚をどうだとばかりに披露していた。
そして、やはり魔物は1匹も現れないうちに、白光貝の生息地だという小島に到達する。
「やっぱりか。どうする? このまま降りずに島の周りを一周してみるか? それとも上陸するか……」
≪高濃度魔素を感知≫
「あ、ダーちゃん」
「……そういえば、そんなことが出来たな黒チビは」
船から少しばかり上空を飛んでいたダーちゃんが、ふよふよとレイシュの頭上に降りてきて端的に報告した。
言われたグレンは頭をかきつつ、誘導されるままにゆっくりと船を動かしていく。
島の周りは、美しい白砂の広がる浜辺になっていた。
碧い海から、透き通る水の下がだんだんと白に変わっていき、ぎりぎり船が着岸出来る浅瀬の辺りに、黒くかすむ靄が見て取れた。
「むぅ……きれいな場所なのにー」
「そうだな。じゃあ、とっとと消しちまうか」
「うん!」
「もうちょい船を近づけるからな」
「わかったぁー」
魔物も出ないなら、たんに魔素が濃いだけの場所だと割り切っているグレンが、軽い調子で船を近づける。
十分に寄ってから、舳先に立ったレイシュは、ゆっくりとうごめいている黒い靄に手をのばし、そっと祝いの力を込めた。
◇
「おみずの下がキラキラして、きれいなのー」
「こりゃあまた……ヒューゴに見せたら発狂し兼ねないモンを作っちまったな……」
≪同意≫
船から降りたグレンの、腰上ほどの浅瀬である。
黒い靄が光の粒子となって跡形もなく消えた後に、船の周りで、日の光が水面を輝かせているのとはまた違った煌めきが目に入ったのだ。
軽くあたりを確認し、それでもまずは自分が確認するからと手早く服を脱ぎ棄て下着だけになったグレンが、船から飛び降りて拾い上げたのは、薄い水色と白が混ざり合った、それはそれは美しい魔石だった。
「聖魔力と……水のが混じってんだろうな、やっぱり」
「まーぶるもようだねぇ」
「よしレイシュ、見つかったらまずいからな。1つ残らず取り尽くすぞ!」
「はぁい! ……あ、でもこれ、ぼくがつかえる石なの……?」
「ああ、そうか。……魔力はな、自分に反応した魔石がそいつの一番強く持った属性と同じって事は、ヒューゴに聞いたな。だが、実際はそれ以外の性質も持っているんだ。大概はほんの少しだけどな。じゃないと火付け石も、風呂場なんかも使えないだろう」
「そっか!たしかにー!」
「だろう。で、たまにその、他に持ってる性質が大きく出て、同じくらいに使える奴がいる。多属性持ちっつう奴だ。ヒューゴがそれにあたるな。あいつは火と水と土だったか……まぁ、そんなわけで、他の属性の魔石であっても取り込むことは出来る」
「そうなのかぁ」
「だからまぁ、無駄にはならん。レイシュの場合は魔力値が物凄く上がってるからな、他の属性も、それなりに増えているかもしれないし」
「よかったぁ! これきれいだもん、使えたらうれしいよー」
ホッとしたように笑顔になり、船べりから身を乗り出したレイシュを持ち上げて、グレンはそっと水面に降ろした。
もちろんこちらも、すでにかぼちゃパンツと首から下がった護符等、装飾品だけの姿だ。
脇の下を掴んでいた手を片方ずつ、腕、手の平へとずらしていく。そのたびに、ふわぁっと体が持ち上がっていくのが面白い。
お日様の日差しでぬくまった水が、気持ちよく体を包む。
最終的に、向かい合って両手を繋いだ状態に持ってきたところで、グレンが口を開いた。
「いいかレイシュ、怖がったりして暴れなければ、海は浮くことが出来る。今から手を放すが、力を抜いて体を波にゆだねるんだ。怖くないぞ」
「うん……」
怖くはないが、なんとも不思議な感じだ。
グレンが手を離した瞬間、ゆったりと動く波につられて体が流されていく。
「ふぉ……ふわぁぁぁ……」
「そのまま、力を抜いておけよ」
耳元でちゃぷちゃぷなる水が、頭の中にも響いているみたいだ。グレンの声が遠くから聞こえる。
ぼぉっと力を抜いて空を見上げていると、ざばっと水から持ち上げられた。
「おっと、もういいぞ。……浮くのは大丈夫みたいだな。怖くなかったか?」
「うん! なんかね、ふわふわーって、ぱちゃぱちゃ言ってて、おもしろかったの」
「そうだな。じゃあ次は潜ってみるか。レイシュは水浴びが好きだろ。池でも顔に水が来ても大丈夫だったよな」
「うん。おふろすきー」
「なら問題はない。ただ、風呂と違って、今みたく浮いちまうからな。今度は体に力を入れて、潜ろうと思わなきゃいけない」
「えー、浮いちゃうのに、どうするの?」
困ったとばかりに眉を下げるレイシュに、グレンはニヤッと笑いかけた。
「最初は、俺が抱えたまま潜る。目をつむって、いっぱい息吸ったら、吐かねぇように口を押さえとけ。頭の先まで水に入ったら、ゆっくり目を開けるんだ」
「うん、やってみる!」
元気に返事をして、レイシュはぎゅっと目をつむる。ほっぺたにいっぱい息を吸い込んで、両手のひらで蓋をした。
「いくぞ」
グレンの声に、声を出せないからうんうんと頷いて答えた。
その後、ゆっくりと体が水に包まれていく。
頭の上までトプンと浸かりきったころ、グレンにポンポンと背中を叩かれた。
促されて、そぉっと目を開く。
(ふわぁぁぁ……! すごぉい! きれー!)
目の前に広がるのは、ごくごく薄い碧色の水のなか、白い砂浜に散らばるキラキラの魔石たち。
赤や青、緑の小さなおさかなが、キラキラを興味深そうにつついている。
バッと振り返れば、顔の周りをゆらゆらと髪が漂った。グレンを歯を見せて笑っている。
口元からコポコポともれていく小さな泡もまた、空からの光にあたってすごく綺麗だ。
「ぷはっ……どうだった?」
「はふっ! はぁー! すっごく、きれい! うみって、すごくきれいね!」
水から上がっても興奮が収まらないレイシュに、グレンも笑顔を見せた。
一度潜ってなんとなくやり方が解ったレイシュは、また早く潜りたくてしかたない。
「よし。じゃあ、魔石拾いをするか」
「うん!」
元気に返事をかえし、今度こそ一人で水中に戻ったレイシュなのだった。
 




