草臥れフェネックは憩う 6
「毛繕いはもういいのか?」
『うん、いいの。ぎゅってしてぇ』
「じゃあ、ベッドいくか」
『いく!』
おやどに戻り、用意してもらったご飯をトレーに乗せて部屋で食べた後は、まったりする時間だ。
食堂で食べていかないのかと、おかみさんに残念そうに言われたけれど、グレンが、出歩いて疲れちゃったからと言って断ってくれた。
獣型に戻ってお風呂に入り、きれいに身体を洗ってもらってから、優しい強さの指で頭や首元をごしごしされるのに、レイシュは耳を震わせうっとり目を閉じる。
グレンも一緒にお風呂から出たら、今度はソファに座ったグレンの膝の上に頭を乗せて、アーレンがくれた櫛で毛並みがふわふわになるまで梳いてもらう。
それから、抱き上げられて一緒にベッドに寝転んだ。
「あいかわらず手触りが良いな」
『グレンが、けづくろい、してくれるもんね……』
ゆっくりと背中を撫でてくれる手に、くるる、と喉が鳴る。
気持ちいい、嬉しい、あったかい。
「明日は早いからな。しっかり寝ておけよ」
『うんー、……わか、たぁ……』
ゆっくりとした拍を響かせる分厚い胸に大きな耳を押し付けて、レイシュは暖かで安全な腕の中で目を閉じると、あっという間にやわらかな夢の世界へと落ちていった。
◇
「きゅうきゅうセットと、マイボトルにお水、ハンカチ、ぬれテッシュ、あめちゃん、おさいふ、全部あるね!」
気持ちよく晴れ渡った朝である。
身づくろいするグレンのそばで、人型になったレイシュも自分のバッグの中身を1つづつ確かめていた。
とは言え、入っている内容に変わりはないが。
御守りは首からぶら下げているし、ダーちゃんはふよふよと部屋の中を浮いている。あめちゃんはダーカが送ってくれた新しい味だ。
バナナも美味しい。
「忘れ物は無いな。出かけるぞ」
「はぁい!」
こちらに向けて腕を伸ばすグレンに、元気よく返事をして抱っこしてもらう。
グレンが急ぐ時はレイシュは歩かずに、抱いていってもらうのが常だった。
お宿を出て通りを歩くと、あちらこちらからグレンに声がかかる。
「おお! ゴールドのあんちゃん! 早いな!」
「よろしくな! 海に落ちるなよっ!!」
「子供連れで大丈夫か? かあちゃんに預けてやろうか?」
「冒険者のにいちゃん、頼んだぞ!」
「もう行ってくれるのか! ありがとなぁっ」
「ギルド長が昨日のうちに船を出してたぞ、ありゃあ気張ったな」
昨日と同じようにわらわら寄ってくる大きな人達の間を、ぶつかることなく避けながらグレンが進む。
ちゃんと片手をあげて挨拶してるから、寄ってきた人達も笑顔で通してくれた。
レイシュもグレンに負けないように手を振っておいた。
湾に出る近道を教えてもらいながら歩いていけば、いきなり建物が切れて、目の前にうみ、が現れた。
「ふわぁあああ! うみーーー! あおーーー!!」
「っはは、そうだぞ。これからあそこにある船に乗って、海に出るからな」
興奮して足をばたつかせるレイシュを砂浜に降ろして、笑いながらグレンが言う。
うみに並んでいるふねのなかでも、大き目で真ん中に部屋があるタイプの前で、昨日会ったギルド長が手を振っていた。
レイシュは迷わずそこに駆けていく。
薄めの茶髪を風になびかせて立っている男の前で立ち止まり、ぺこりと頭を下げる。
「おはよーございます、ギルドちょ!」
「はい、おはようございます。元気ですなぁ。……グレンダルクさん、まさかこの子も一緒に?」
「そうだ。俺の傍が一番安全だからな。魔物が出たら室内に入れておくさ」
「……貴方が言うならそうなんでしょうな。わかりました、どうかお気をつけて」
心配そうな表情をして、それでもグレンの言葉に納得したギルド長が、ふねを止めていた綱を外していく。
船のへりにかかっていった梯子を伝い、グレン達が乗り込んだのを確認して、数人の男の人達がざぶざぶとうみに入ってきた。
「気を付けていけよ!」
「ちゃんと帰ってこいよなぁ!」
「頼んだぞ! あんちゃん!」
「海に落ちるなよぉチビっ子!」
口々に言いながら、力いっぱいふねを押し出してくれた彼らへ、レイシュも力いっぱいに手を振る。
「いってきまぁーす! またねぇー!」
男の人達が浜辺に戻ったのを確認したグレンが、魔道具を起動させてふねを進ませる。だんだんとスピードを上げていき、陸はあっという間に離れていった。
 




