草臥れフェネックは憩う 5 side G
町に来て早速に当たりを引いたグレンは、目撃された魔物の資料の写しを貰い、ギルドを後にした。
どうせ、レイシュを連れていけば見ることも無いだろう魔物達だが、海ではなく小島にいる魔物なら、レイシュに待っていてもらって狩る事も出来るかもしれない。
「レイシュ、留守番は無しだ。明日一緒に海へ行くぞ」
「ほんと? やったぁ!」
腕に乗せたレイシュにそう言ってやると、案の定、大喜びで首元に抱き着いてきた。
留守番出来ると言ってはいたが、しないに越したことは無かったのだろう。
「魔素溜まりを消すと言っても、海の上でどうなるかは解らんが……聖魔石の補充ができるといいな」
「うん! ぼくね、貝を見るのもたのしみなの!」
ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、腕に座った足を揺らすレイシュは、やはりここでも視線を集めていた。
それでも強面のグレンがいるせいか、近付いてくる人間はいないけれど。
「約束だったからな、明日の買い物ついでに魔石の装飾品でも探してみるか」
「うん!」
レイシュが宝飾品に興味を示すのは珍しいが、これはどうやら、グレンの発言が原因らしかった。
毛皮によく似た綺麗な色、と評した言葉が琴線に触れたようだ。
可愛い事を言うものである。
今の黒髪にも似合うだろうし、気に入ったものがあったら是非購入していこうとグレンは決めた。
「あっ! あいつだ!」
「なにっ、おい、待て待て、そこのっ黒髪の!」
「……あん?」
そう、気分よく進んでいたところで、いきなり背後からだみ声に呼び止められる。
眉をしかめて振り返っても、まるで見覚えの無い男達が、1人2人……といっている間に、何故かどんどん集まる人間が増えていく。
グレンに近付く人間がいないというのは間違いだったようだ。
「なんだお前達は」
「ふぇ……」
首元に抱き着くレイシュの腕に、力がこもった。がたいの良い男達に囲まれて、目を丸くして驚いている。
グレンとしても、依頼を受けたばかりだしもめ事は避けたいところだ。というか、こんな大人数に囲まれるようなことをした記憶が無いのだが。
首を捻っていると、居並ぶ屈強な男達から口々に感謝の声が溢れ出した。
なおさら意味が解らない。
「ありがとうよ! 兄ちゃん」
「お前だろ! 海に行ってくれるゴールドランクって!」
「本当に困ってたんだよ! ありがとなぁっ!」
「これ、此処でとれた魔魚の干物だ! 持ってけ! 美味いぞ」
「やっと漁に出られるようになるのかっ! 頼んだぞあんちゃん!」
「俺が行った時は、シーサーペントが出てよ、命からがら戻ってきたんだ」
「頑丈な船をだすからな! 頼んだぞぉ!」
「オラより細いでねーが、だいじょぶなんかぁ?」
「じっちゃん、失礼だぞ! 見ろよあの怖い顔! きっとオーガみたくすげぇ強ぇーんだよ!」
「ありがとなぁ! ありがとなぁっ!」
「……ああ」
口々に言う台詞から集まられた理由は解ったが、たった今してきたばかりの話し合いの内容が、こうもすぐに広がっている理由がわからない。
あと、後半の奴らは何気に失礼である。
不審げに当たりを見回していると、レイシュがあっと声を上げた。
「あのひと、ぼくがグレンのきんいろの板を出したとき、ギルドいた人だよー」
「……なるほどな」
興奮したようにグレンを指さしながら、身振り手振りで自分のタグを見せている男か。
たしかにうっすらといたような、くらいの認識だった。
それにしても、ギルドで別室に移動した意味は皆無だったらしい。
受付を見て思ったが、この町の住人は大らかに過ぎやしないだろうか。
「必要なモンがあったら言ってくれ! 安くすっからな!」
「俺んどごの日干しがうめーぞ、食ってみでぐれ!」
「随分ちんまいの連れてるねぇ。あたしんとこで預かっといてやろうか?」
「あらぁホントねぇ! そんな可愛い子を海に出したら、魔物にさらわれちまうよ」
「荒れた海には合羽も必要だぞ! ハッサンの店に寄ってけ!」
「ロープ持ってるか? 魔魚とやりあうなら細いのじゃ持ってかれちまう」
「ゴーダの店の銛がいいぞ、よくしなるし刃先が強い」
「網は使うのか? 女連中の繕いが上手い奴らに声かけるか?」
だんだんと内容が、漁にでも行くようなものに変わってきている気がするのだが、元々の、町人を味方に付けるという話は、依頼を済ませる以前から達成できたようなので良しとしよう。
放っておけばどんどん人垣が際限なく増えそうだったから、グレンは教えられた店を必ず回るからと言って、ようやく解散させることが出来たのだった。
ちなみにレイシュを預かると言われた件は丁重に断った。
◇
「おっ! 魔物を退治しに行ってくれるあんちゃんか! 何を買うんだ? 安くするぞ」
「ここもか……」
「すごいねぇ。グレンにんきものだねぇ」
教わった漁用の店を巡り、それなりに旅で使える良いものも揃っていたので購入を済ませたあと、レイシュと約束していた装飾品の店を訪ねた時もこの調子だった。
「白光貝の魔石を使ったものを見たい。いくつか出してくれ」
「へぇ、女にでも贈るのか?にいちゃん良い男だもんな」
「……つけるのはコイツだ」
「えへへ、おじさんこんにちはぁ」
「おうっ! こりゃまた別嬪だな! 将来が楽しみな嬢ちゃんだ」
「べっぴんー?」
「むしゃぶりたくなるイイ女、ってことだ! この辺じゃ肌が白いほど美人って言われるが、嬢ちゃん位可愛かったら関係ねぇなぁ」
「無駄口は良いから商品を見せろ」
カウンターから身を乗り出してレイシュと話すのを遮って、グレンは男を睨む。
町人が全体的に大らかな気質なのはわかったが、レイシュにちょっかいを出すようなら話は別だ。
「おお恐ぇ。はは、大事にしてるなぁ。それじゃあなお更、白光貝の装飾品をたっくさん付けとかねぇとな!」
「たくさん? どういうことー?」
「あん? 知らねぇか? 海の魔物は綺麗なモンが好きだから、気に入った人間がいたら海に引きずり込んじまうんだよ。だから、お守りに白光貝の魔石を持って行って、自分の身代わりに海に投げるのさ。嬢ちゃんは可愛いから目を付けられちまうかもな、ははは・・・って、大丈夫だ、実際はそんなことはねぇぞ! 海は怖えぞって子供に聞かせる教訓みてぇなもんだ! 大丈夫だから怖がるなよ! にいちゃんがおっそろしい顔で睨んでるから!」
「ふぇぇ……」
「大丈夫だレイシュ、俺が付いていて怖い目に遭わせる訳ねぇだろ」
軽口をたたく男を睨み、涙目になったレイシュを抱き上げてあやしてやる。
知らないとは言え、攫われたばかりの子供に対してなんて事を言ってくれるのか。
結局、レイシュの泣き顔にあわてた店主が提示している価格よりもだいぶ値引きして売ってくれたので、めぼしい装飾品を複数買い込み、店を出た。
あとは宿に戻って、べったりと張り付くレイシュの機嫌取りだ。




