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拾われフェネックは学ぶ 2 side D

ダーカは自分が偉いと思っているから、レイシュは元が獣だから、神「様」と言いません。

 


 日の出から少ししたあたりで起き出し、身支度を整えて、境内の清掃を一通り。戻って朝飯を食ったら、レイシュに勉強させて、休憩及び体力作りに外で遊ばせ、昼飯。片付けののちに午後の勉強、昼寝を挟んで夕食、風呂に入って就寝。

 最近はこの流れが、一日のサイクルに固定されつつあった。清掃までの時間と、外で遊ばせている間と昼寝、就寝した後がダーカ一人の時間になるのだが、それ以外は相変わらずベッタリな2人だ。不満は今の所どちらからも出ていない。


 さて、レイシュから、神になりたいとの申告があってから挿入された勉強時間は、主にダーカの使う力の種類や使う際の心構えを教えることに割かれていた。

 神の成り立ちだのダーカの立ち位置だのといった事を教えても、この小さな獣の頭には半分どころか10分の一も残らないだろうことを知っているためだ。

 なので、ダーカは凄い、という事を覚え込ませるだけで良しとした。


呪い(まじない)とは、俺のような者達がもつ力のことを言う」

『まじない』

「そうだ。よそでは別な呼び名だったりもするが、神力とかな。まぁ……今はいい。でもって呪い(まじない)っつーのは祝い(いわい)でもあり呪い(のろい)でもある」

『いわいとのろい?』

「ああ。祝いは簡単だ。力を持つ者が、嬉しいと思う、楽しいと思う、好きだと思う気持ちなんかを、自分以外のものに分けてやればいい」

『ダーカ好き!』


 飛びついてきた小さな身体を揺るぎもせずに受け止めて、胡坐をかいた膝の上に座らせる。機嫌よく動く尻尾が少々邪魔だが仕方ない。丁度良い高さに来たフェネックの頭に顎を乗せれば、ふかふかの大きな耳が左右の頬を柔くくすぐった。


「俺もレイシュが好きだぞ。そう、それに力を込めたら祝いだ。簡単だろう?」

『うん』

「じゃあ次に呪いな。こっちも別に難しくねェ。腹が立ったり嫌だったり、悲しい悔しいなんて事を、他所にやっちまうんだよ」

『きょう、あめふっちゃって遊べないの……かなしいの、ポイできる?』


 ピコピコと頬を叩いていた耳がしょんぼりとヘタる。ちらりと投げた視線の先には、半ばほどまで開けられた障子越しに緑葉を揺らす雨垂れ。後でてるてる坊主でも教えてやるかと、ダーカは頭の片隅に書きとめた。


「そうだな。そんくらいの呪いなら、明日ちょこっと晴れにするぐれェだから簡単だ」


 噛み砕いた説明に子狐の理解が及んでいる事を確かめながら、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


呪い(まじない)の行使には3……いや、2通りのやり方がある。1つは自分がやりたくて使う場合と、もう1つは人から願われて使う場合。……前者は簡単だ。なんせ俺の気持ち一つだからな、例えばムカつく奴がいたら呪う。それだけだ。だが後者はちっとばかり面倒でな、願われてもそれが理に適っているかどうかを確かめないといけねェ」

『うーん?』

「わからねェか。……そうだな、レイシュは団子が好きだろう?」

『あんこ乗ったやつ! 好き!』

「チョコレート菓子も好きだったな」

『たけのこ!』

「俺はきのこだ。……で。今日の夕飯には供えモンにあったトマトを出す予定なんだが」

『……とまと……食べなきゃダメぇ?』

「体にいいから食っとけ。それとな、一緒においてあった炊き込み飯、残念ながら傷んでいたから捨てろよ」

『そっかぁ。お腹こわしちゃうもん。もったいないけど燃さなきゃね』

「そういうことだ。良いモン食えば糧になるが、悪いモン食ったらレイシュが困る。呪い(まじない)もな、願いをかなえてやって良い結果を生むものと、回り巡って恨みの方が深くなる場合があるんだよ。そしてそれは、どちらも呪いを施した奴に帰ってくる」

『かえっちゃうのかぁ』

「ああ。だから、願ったのが良い奴なのか悪い奴なのか、呪いの結果がどう働くのかを見極めねェとな。自分の事でもないのにレイシュのせいになっちまうの、嫌だろう」

『やだぁ…でも、むずかしいね。どうやってみきわめるの?』

「こればっかりはカンっつーか慣れっつーか…そうだな、解らなかったら俺を基準にしろ」

『ダーカをー?』

「おう。俺はスゲェ神だからな。どっかしらが俺に似ていればまァ、そうそう可笑しな事にはならんだろう」

『ん、わかったぁ』


 ダーカとしては、考え方や行動といった意味合いで言ったこの時の台詞が、のちに波乱の芽となることも知らず、勉強はごく平和に進んでいった。 


 そして。


呪い(まじない)について解っちまえば後は種類だけだ。どんな事が出来るのかってな」

『どんなこと?』

「そうだ。一般的に稲荷ってのは、古来から五穀豊穣を祀られているモンだ。他には万病平癒、商売繁盛やら家内安全、最近じゃ縁結びっつーのもあるな」

『いっぱいあるねぇ』

「だろう?まぁ俺くらいの神になれば、後付けでどんどこ役目を振られっちまう訳だが。力が有り余っているからな。本業以外を頼まれても効力がさほど落ちねェし」

『こうりょくがおちるって、どういうこと?』

「ああん?あー……そうだな、例えば、ここに籠いっぱいの蜜柑があるとするだろ」

『おみかん!』

「止めないといくらでも食うよなお前。じゃあ、蜜柑の隣に同じくらい山盛りのふかし芋があったらどうだ?」

『おいもさんも! うー、りょうほう食べたいけど……お腹いっぱいになっちゃうから、のこしちゃうかも』

「そうだな。じゃあそこへ更に、稲荷寿司をたらふく持ってきちまったら?」

『えー!! ちょっとづつしか食べられないよぉ……』


 想像上の場面に、泣きそうな顔になる子狐の頭を撫でてから、ダーカはにやりと笑みを浮かべた。


「そういうこった。普通の神も程度の差こそあれ、大体そんなモンなんだよ。蜜柑だけ食う。ふかし芋だけ食う。たまに稲荷と酒ならどんだけでもイケるって奴もいる。だがな、俺はその全部を食うことが出来るのさ。そのうえで酒の一升や二升、楽勝ってなモンよ」

『ダーカいっぱい食べるもんねぇ。…そっか、いっぱいやることがあるとちょっとづつしか力が出なくなっちゃうから、()()()()()()()()()だけ、()()()()()()()だけ、()()()()だけ、なんだね』

「偉いぞレイシュ、その通りだ。あとおむすびじゃなくて縁結びな」

『じゃあ、じゃあ、ぜんぶできるダーカってすごいんだね!』

「そういうことだ」


 尊敬にキラキラと輝く大きな瞳に見上げられて、いい気分になりながら講釈を続ける。


「昔は一社一神で受け持っていたんだが、人間が増大したせいで、それじゃあ間に合わなくなっている。手落ちが出るよりはっつーことで、最近は何人かで一つの社を住処にしてる場合がほとんどだ。専門職の分業ってやつだな」

『ぶんぎょー』

「ああ。そこでだ」


 気持ちばかり声を潜め、芝居がかった所作で小ぶりな鼻先の前に人差し指を立ててやれば、動きに合わせるように黒目勝ちの瞳が寄り目になるのが面白い。本人のいたって真剣な顔つきが更に笑いを誘った。


「俺が持ってる力の中で、一番扱いが簡単なものをレイシュに渡そうと思う」

『ダーカはひとりでぜんぶできるのに、くれるの?』

「そうだ。別に渡したところで負担が減って俺の力が増える、って事はねェけどな。それよりも大事なのは、今のお前はまだ、ただのちっせェ獣だって事だ」

『うーん?』

「俺が力を分けてやって、レイシュがその力を使いこなせるようになれば、晴れてお前も稲荷神の仲間入りだ」

『なかまいり?』

「俺と一緒ってことだ」

『いっしょ!!』


 興奮するあまりぼわっと逆立った毛のせいで、まんま毛玉にしか見えない。ブンブン高速で振られる尻尾の勢いに耐え切れず上体がブレて、ころりと横倒しになったレイシュを、苦笑しながら抱き起す。

 そわそわ落ち着かない体を、胡坐をかいた膝の上に乗せて向かい合わせに座らせる。これから行うことに必要な体勢なのであって、モフリと膨らんだ柔らかな毛皮を堪能するためでは、ない。


「お前にやるのは万病平癒。祝いの力だ」

()()()()()()()()?』

「病気だのなんだのを治してやるっつー事だな。俺の力は強いから、病気以外も治せるが。治癒力ってやつだ」

『ちゆ……かんたんなの?』

「簡単さ。これは対象が個人だから、力のやり取りが単一なんだ。家内安全は一家族単位、縁結びなら家と家、五穀豊穣だったら土地一帯、っつー具合に範囲が広がっていくからな。使い方が難しくなっていく」

『ふおぉー!!』


 パカリと口を開けたアホ面から、理解の程度を図るのはなかなかに難しい。とりあえずは実践しながら、小さい脳味噌よりもよほど発達した身体に、力の使い方を覚え込ませていくのが良いだろう。

 それよりもまずは。


「ほら、受け取れ」


 片手で覆ってしまえそうな小さな額に、自分の額をそっと当てる。負担にならないよう、小さな器に収まるよう、容量を減らすため圧縮して濃密になった力を、ゆっくりと流し込んでいく。


『フキュゥ……?』


 ごく至近距離で、磨かれた椿の種のように黒々としていた瞳が、中心から波紋を広げて色を変え始める。時間をかけて艶やかな練羊羹、浅炒りの珈琲、食べごろの胡桃を経て、変化が一段落ついたころには無事、光を受けてトロリと輝く琥珀へと落ち着いた。

 最近、甘味の知識を増やしまくっているレイシュが、「くりの()()()()の色!」と満面の笑みで叫んだ、ダーカと同じ色の瞳だ。

 そしてまた、瞳以外も変化は起こる。


「きゅ、……ぅあ、だー?」


 びっくりした顔はあまり変わらないな、と思いながら、両脇に手を入れて持ち上げてみる。


「おーおー、成長したと思ったが、まだまだ小せェな」


 小さなフェネックは、小さな子供へ進化した。






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