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仕出かしフェネックは惑う 12.5 side all

3人の視点です

 


「レイシュ!」

「ふぁっ?! あっ、グレンッ!」


 力の放出のせいか、気だるい心地でぼんやりと放心していたレイシュは、聞き慣れたグレンの多大に焦りを含んだ声に覚醒した。

 ベネディクトに寄りかかっていた身体を起こし、入口へと顔を向ける。

 大剣を構えたまま油断なく瓦礫を越えてきた男は、惨状を見下ろして、盛大に眉を顰めた。


「……レイシュ、これは……いや、この音は……」

「あ……」


 倒れたまま痙攣している男達に、もろもろの残骸の中、血まみれで座り込んでいる2人。

 そして、響き渡るアラームの音に、今更ながら意識が向いた。


「そうだった……ダーちゃん、も、だいじょぶだから……とまってぇ」

≪PiPiPiPiPiPip……安全確認済み。ブザーを停止。充電残り3%、強制終了≫

「ん、ありがと……」

「レイシュ」


 画面が消え、完全に電源の落ちたケータイを拾い、ポケットにしまう。

 その間に目の前まで歩いてきたグレンが、大剣を地面に突き刺して膝を付いた。

 うかがうように、ゆっくりと両手が伸ばされる。

 隣に座っていたベネディクトが、レイシュからそっと身を離す。

 釣られるようにこちらも手を伸ばせば、力強い腕に抱き上げられ、胸元にきつく抱き込まれた。

 耳元で、ドクドクと早い拍で胸を叩く音がする。


「よかった……心配したんだぞ」

「ぅえ……っ、グレ、ッ……グレンっ! ごめ、なさ……ぁ……っ!」


 心底安堵したようにかすれた声で言われ、止まったばかりだったレイシュの涙腺が再び決壊した。

 褐色の太い首に震える両手を回し、力いっぱい抱き着いて泣き声を上げる。


「ふぇえええ……っ! グレンっ! こわ、こわかったよぉ……! ベニィがっ……ベニ、ッうわぁあああん!」

「もう大丈夫だ。頑張ったな。ずいぶんと汚れちまったみてぇだなぁ。帰ったら風呂に入るか」

「うぁあああああん! はいるぅー! ふぇっ、ふぇえええん!」

「そっちの坊主も。……よく、うちのを守ってくれた。礼を言う」

「……いえ。俺が、レイ、を……すいませんでした」

「……話はあとで聞く。さっき、別の部屋にいたガキ共を解放した。仲間が引き取ってる。遅くなって悪かったな」

「あいつら! ……いえ、ありがとう、ございます。……良かった……」

「ひっ……く……ふぇ……」

「レイシュ、寝てていいぞ。ヒューゴも来てるから後は任せろ。大丈夫だから」

「ひゅーご、……ぅ、ん……」


 いろんな意味で怖い思いをし、制御も何もなく力を放出したことに加え、散々に泣きつかたレイシュは、安心できる暖かな腕の中でようやく力が抜け、すとんと一瞬で眠りに落ちた。




 ◇◇◇




「……こいつらは?」


 すやすやと眠ってしまったレイ――レイシュに配慮するようにしばらくじっと黙っていた男が、おもむろに立ち上がり、口を開いた。

 それに倣うように、ベネディクトもふらつきながら立ち上がった。

 微かに眩暈はするが、もう、身体に痛みは無い。

 それよりも、やはりただの護衛じゃなさそうな関係に、幼い嫉妬が頭をもたげる。

 あんなに、ほっとしたような顔で抱き着いて。

 いまだって、安心しきった顔で眠っている。

 自分と似た色合いをした男との目に見える大きな差に、ベネディクトは小さく首を振って溜息をついた。


「俺も倒れてたからよく解らない……けど、多分、精霊様が大きな音を出し始めて……そしたら、こうなってた、ました」

「倒れていた?」


 男の疑問に無言で背中を見せる。

 袈裟懸け破れた血まみれの衣服と、その下に見えるこれまた血まみれの肌。

 そこには、長く赤い蚯蚓腫れのような物は浮き出ているが、血が出るほどの怪我は存在していなかった。

 あの時。

 ベネディクトは、自分の身体から命の欠片が零れ落ちて行っているのがハッキリと解っていた。

 身体の先端からどんどん冷たくなっていき、剣で斬られた背中だけが熱い。

 泣きながら走り寄ってくるレイに、来ちゃ駄目だと言いたかったのに、声を出すことも出来ない。

 血で赤く汚れるのも構わずにベネディクトを抱き抱え、顔をぐしゃぐしゃにして何かを叫んでいたレイ。

 全てが色褪せていく無音の中で、目の前の大切な子だけを一心に見ていた。

 そして。

 ふと気が付けば、自分は未だちいさく柔らかな膝の上に頭を乗せたままで。

 血と涙と鼻水でくしゃくしゃに汚れた顔の、それでも可愛さを失わないレイが、色を変えていた。

 燃える様だった赤髪は不思議と温かみを感じる白へ。

 活発さを表す緑眼は蕩けるようなアンバーに。

 本日2度目のストンとした納得に、ベネディクトが思った事は、汚れていなければいいのに、という至極どうでもいい事柄だった。

 痛くも重くも無くなった身体を起こして無事を告げれば、倒れ込むように抱き着いてきたレイ。

 その時になってようやく、動くものが自分達だけだという事に気が付いたのだ。


「それは……レイシュか」

「……秘密だ、です」


 レイの事をレイシュと呼ぶ男の、グレンの眉が持ち上がる。

 一つきりの鋭い碧眼に見下ろされ、重さを感じるほどの圧がかけられて、ベネディクトは怯みそうになったけれど、なんとか腹に力を入れて負けずに睨み上げた。


「レイと約束したんだ。……だから、秘密、です」

「……ふん。行くぞ。こんな所にもう用はねぇ。……あと、口調。わざわざ変えなくていいぞ」


 にぃっと唇の端を吊り上げて圧を消した男が、いつの間にか色を戻していたレイシュを、大切そうに抱いたままドアへと向かう。

 大剣を抜き取るついでに、足元に転がっている男達を容赦なく踏みつけにして。


「……いや。将来、必要になりそうだから……」


 もごもごと言った台詞は、とっくに姿を消した男には、幸か不幸か聞かれることは無かった。




 ◇◇◇




「よぉ、無事……じゃなかったみたいだな。大丈夫ですか、ベネディクト・エヴァ・ドゥーベール様?」


 扉の残骸をまたいで出てくる3人――1人は抱えられたままだが――に視線を向け、声をかける。


「……大丈夫だ」

「……ドゥーベール?」


 同時に異なる事を、同じように憮然とした表情で言われ、ヒューゴは思わず噴き出した。

 明るくなりつつある空の下、この二人が並んでいる所を見ると、黒髪に浅黒い肌といい目付きの悪さと言い、何気によく似ていた。

 顔の造りと眼の色は違うが、パッと見の色合いと雰囲気がそう感じさせるのだろう。


(眷属様がのこのこ着いて行ったのも、こういう所で親近感を持っちまったのかもなぁ)


 グレンの腕に抱えられ、すやすやと安らかに寝入っている眷属様は、しかし格好はとんでもなかった。

 血と涙で汚れた顔は痛々しく、こちらも血と土やら埃やらで斑になった服は、帰り次第ゴミ箱に一直線だろう。せっかく似合っていたのに。


「お前、辺境伯の所のガキだったのか」

「……そうだ、……です。申し遅れたが、ベネディクト・エヴァ・ドゥーベールと言う……ます」

「今ヒューゴが言ってただろ」

「でも、まだ、正式に名乗っていなかったから」

「こっちはお貴族様じゃねぇんだから、いらねぇよ」


 ベネディクトの正体を知っても態度を改めず、微妙にギスギスしている2人がやはり笑いを誘うが、そんな場合ではないとヒューゴは気を引き締める。


「おい2人共。くだらん言い合いは後だ。まず、さっきグレンが解放した子供達だが、軽食を与えて、そこに転がしてある奴らが乗ってきた馬の世話をするよう言ってある。明るい外で作業をしていた方が、気がまぎれるだろうしな。追加の誘拐犯が来ない事は聞き取りしてあるから、そのへんも安全だ」

「そうか。あいつら、馬に乗れるのか?」

「2人、乗れると言っていた。だが体力も落ちているだろうし、馬で帰るのは難しいだろうな。伯爵の兵が来るのを待つしか」

「あ! ……そうだ、父上は、父上は一緒じゃないのか? 地図を、届けたのでは……」

「その話の前に、ベネディクト様。ちょっと服を脱いでもらってよろしいですかね」

「なぜ……わかった」


 言いかけたが、途中で素直に頷き、黙々と上衣を脱ぎだした子供に、ヒューゴは眼を細めた。

 賢い子だ。

 上半身を晒したまま視線を向けてくるベネディクトに近付き、くまなく回りを見た上で背中を検分する。

 服の様子、服に着いた血の流れ方からみて薄々解ってはいたが、かなり広範囲に斬られた痕跡があった。

 治癒により薄赤く盛り上がった1本の線しか残っていないが、見る者が見れば何の跡かはすぐに悟るだろう。


「痛みや引き攣れなどは?」

「無い。問題なく動く」

「触れた感覚はありますか?」

「ああ。ちゃんとわかる」

「それは良かった。……失礼。『水よ』」

「……ぶふっ!?」


 触診して問題が無い事を確認したヒューゴは、ベネディクトに頭から冷えた水球をぶつけてやった。

 血糊を綺麗に落とすのが一番の目的だったが、ここまでの大事を引き起こしてくれた諸悪の根源に対する、ぎりぎりの制裁も込めていた。

 それが解ったのだろうグレンは声も無く笑っているし、びしょ濡れにされた本人も、やはり意味を汲み取ったのか、唇を引き結び耐えている。


「……よし、綺麗に落ちましたね。服はこちらを。……ああ、レイ用の衣服なので少し小さいかもしれませんが」

「っ! い、いや、それでいい!」


 冷水を浴びたせいだけでは無く頬を紅潮させたベネディクトに、新品だとはもちろん言わないが。

 いそいそと服を着こむさまを憐れみながら見られているとも知らないで、恋する少年は実に健気だ。


「……それで、伯爵の事ですが。ベネディクト様も見たでしょう、黒い狐型の……え? ああ、そうそう、精霊様、が俺の所に来ましてね。地図を見せてくれたんです。貴方のお父君もその場にいました。その後、グレンの元にも文字通り飛んで行ってくれた。すぐに俺達も動こうとしたんですが、伯爵家お抱えの騎士達がね。情報の出どころを疑って、なかなか動かなかった。……もちろん伯爵は目の前で精霊様を見ていますから、疑うも何もなかったんですけど。まさか、精霊様に教えられたなんて言えませんしね。一魔術師の俺の情報では動けないと。だから、俺だけ来たんです」

「それで遅かったのか、お前」

「ああ。執務室で四半刻は無駄にしたぞ。まったく……」


 眉根を寄せて低く言うグレンに、その場で感じた憤りを思い出し、ヒューゴも苦々しい顔つきになる。


「……そんなことが……すまない、俺が父上にも伝えてくれなんて言わなければ……」

「ベネディクト様のせいではありませんよ。どのみちクソ、精霊様が現れた場に伯爵はいましたしね。くだらない感情で事実を読めなかった領兵の練度が低かっただけだ」

「だが、それでヒューゴ殿も遅くなってしまったんだろう?それがなければレイに怖い思いは……いや、もちろん連れ出した俺が悪いんだが……」


 しょんぼりと肩を落とす子供に、自軍の手綱も取れなかった伯爵の責まで負う必要は無い。

 それに、今は綺麗になったが、先ほどまでの惨状を見れば、この子供がどれだけ身を挺して眷属様を守っていたのかは想像に難くなかった。

 確かに今回の騒動の原因ではあるが、攫われていた他の子供達を保護することも出来たし、ベネディクト本人は過ぎるほどの罰を既に受けている。

 これ以上とやかくいうつもりはヒューゴには無かった。グレンもそうだろう。下を向いた子供の黒髪を、雑な手つきで撫でていた。


「幸い、俺は個人用の鳥を持っていて、先ほど伯爵宛てに飛ばしてあります。誘拐されていた子供の件と、捕まえた誘拐犯の人数なんかもね。待っていれば今度こそ兵を引き連れて、ドゥーベール伯爵が来るでしょう」

「……そうか」


 ホッとした様子のベネディクトに、含むところは無いようだった。

 今回、レイの特異性を目の当たりにしたはずのこの子供は、いたって普通にレイの心配をして見せた。

 精霊様と勘違いしている魔道具しかり、身をもって体感しただろう治癒の技しかり。

 先ほど怪我の痕をヒューゴが見た時も何も言わなかったことから、それが秘すべきことだと理解しているふしもある。

 他にも気付いたことがあるかもしれない。子供の純粋な目と言うのは、意外と馬鹿にならないものだ。

 それでも口を閉ざすことを選んだベネディクトを、ヒューゴは少しだけ見直した。

 ただのマセた悪ガキではなかったようだ。……それとも、この短時間で成長したのか。

 どちらにせよ、じき泡を食って駆けつけるだろう伯爵に、レイシュの事に関して口を開く事は無いと安心してもいいようだ。

 ベネディクトが駆け出して行った先で子供達と合流したのだろう、明け方の空に響く明るい笑い声に、ヒューゴとグレンはやれやれとばかりに目を見交わしたのだった。






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