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仕出かしフェネックは惑う 12 side H

ちょっと残虐表現あり

 



  辺境伯の領主館、その執務室で。

 ヒューゴはもはや、隠すことなく苛立ちを露わにしていた。


「だから、なぜこの地図を信用なさるのです!」

「偽の情報に踊らされて、手遅れになったらどうなさるのですか!」

「伯爵、今しばらくお待ちください! もうじき、次の報告が……」


 もう四半刻ほど目の前で繰り広げられ続けている茶番に、いい加減堪忍袋の緒がブチ切れそうだ。


「だいたい! この無礼な魔術師の口車に乗るなんて! 長年仕えている我らより信を置くというのですか!」


 というか、ブチ切れた。


「もういい。俺は行く。伯爵、無駄な時間を使いましたね。あのまま直行していればよかった」

「すまない、ヒューゴ殿! 待ってくれ!」


 冷たく言い捨て、ドゥーベール伯爵をにらみつけて踵をかえしたヒューゴを、執務机の向こうから焦った声が追いかける。


「伯爵!」

「伯爵、あのような礼儀知らず、勝手に行かせればいいのです」

「どうせ戻って泣きつく羽目になるだろうよ」


 悪態を背中に受けながら、欠片も気にするそぶりを見せることなく、足早に執務室を後にする。

 領主館から出た瞬間に走り出し、厩舎に入れずに外門につないでいた馬にひらりと跨った。

 伯爵家の馬だが構うものか。もう、時間を無駄にしている余裕はないのだ。


「クソがっ! 武力を揃えるというから寄ってやったのに! 何だあの使えない馬鹿共はっ!」


 本当はヒューゴの家から、すぐに向かおうと言ったのだ。

 それなのに、地図を送ったからもう屋敷では捕縛の支度を始めているはずだと伯爵が言うから、それもそうかと、わざわざ寄り道をしたのだ。その結果があれである。


「くだらん嫉妬ごときで大局を見誤るなど、とんだ練度の低さだな!」


 そもそもの最初に、伯爵に対するヒューゴの態度が悪かったのも理由に含まれるのかもしれないが、それにしても一魔術師の持ってきた情報だからと、精査もせず偽だの信用ならないだのとくだらない事を言うとは。

 いや。

 生産性のない考えを頭を振って振り切り、これからどう動くかに思考を変える。


「クソ魔道具はグレンにもう会えたのか? ……奴の事だから、聞いた瞬間から向かっているとは思うんだが……」


 あの地図は、街の西側にある植物公園からの道を示していた。それを、脳内で領主館の道へと置き換える。多少の短縮は可能だろう。

 一度見たものは基本的に覚えることができるヒューゴだからこそ出来る、短縮方法だった。


「はっ!」


 がっしりとした軍馬の腹を蹴り、速さをさらに上げた。 

 地図の縮尺からしたら、現地までは1刻半ほどで着けるだろう。

 馬には可哀そうだが、乗りつぶすつもりで走らせる。

 まっすぐ前を見据えて走り続けるヒューゴの頭からは、伯爵のことなどとっくに消えていた。




 ◇




「ここだな……ん、グレンはもう来ているのか。良かった」


 渓谷を包むように広がる暗い林の中を走り続けて、ようやく空の裾野が白み始めたころ。

 ヒューゴは目的地にたどり着き、静かに馬を止めた。

 薄明りに照らされた古めかしい邸宅の入り口は、容赦なく壊され、瓦礫となり果てている。


「景気よく行ったもんだな。そうとうキレてるか」


 まぁ、気持ちはわかる。

 どんな目的があって眷属様をさらったのかは知らないが、ヒューゴだって手加減する気は更々ない。

 傍に生えている木にここまで走ってくれた馬をつなぎ、腰に着けていたマジックバッグから、身の丈ほどの杖をずるりと取り出す。


「もう、取り分は残ってねぇだろうけどな……ん?」


 建物内に入ろうとしたとき、ふと、振動を感じた。

 いく頭かの馬がこちらに向け、移動しているようだった。伯爵の兵だろう。


「意外と早くまとまったか。にしては少ないような……?」


 いても10頭という所か。相手の戦力が不明な分、もう少し数を出すと思ったが。


「もしくは……」


 ヒューゴは建物に向けていた足の方向を変え、木々の影に隠れた。ついでに馬も少しばかり奥へと移動する。

 それからさほど待たずに林から現れたのは、小汚いマントを着た、10人ほどの男達だった。

 男達は慣れたように館の周辺で馬を降り、そこで扉の惨状に気付いた一人が声を上げた。


「なんだっ?! ドアが……壊されてるっ?」

「おい、どうした……! 何だこれは!」


 塵にたかる虫のように、わらわらと残骸の傍で騒ぎ出す男達を確認し、ヒューゴはおもむろに杖を構えた。


『捕縛!』


 唱えた瞬間、杖の先から植物の蔓が飛び出していく。

 5人ほどが一気に巻き取られて倒れこんだ。


「げぇっ! なんだ、こりゃあ?!」

「いてぇっ、動くな、締まるっ」

「誰だっ!」


 蔓を逃れた5人が腰元から各々武器をとり、ヒューゴのいるあたりに向けて構えだす。弓を放ってきた奴もいた。

 だが、狙いも何も付けていない動きなど、脅威でも何でもない。

 間をおかずに、鋭くとがった石礫を浴びせていく。


「ぎゃあっ!」

「ぐわあああぁっ」

「こいつっ、魔術師だっ、防壁の魔道具を……ぐはっ」

「やめ、やめろぉ!!」


 ほどなくして、周囲に立っている者はいなくなった。

 傷つき倒れてうごめいている男達も、手際よく蔓で縛り上げていく。

 その中の1人に、杖を突き付けて問いかける。


「おい、お前らはなぜここに来た。この建物はなんだ」

「けっ、なんでテメェに教えなきゃならね、……ぎゃああ!」


 無造作に氷槍を作り出し、足に突き立てた。


「ぎゃあああああっいてェ?!」

「ちゃんと聞いていたか? 俺は、なんで此処に来たのか聞いたんだが」

「いてぇよおおお!」

「うっ、言う! 言うからやめろっ! ……が、ガキをっ引き取りに来たんだっ」

「引き取りに?」

「そっそうだ! 何人か集めて……っ、橋から運ぶんだっここはその受取り場所だっ!」

「隣国へか? 国境警備がいるだろう?」

「はっは、そんなの、金握らせりゃあ、いくらでも……ぐげっ」

「ひぃいぃ……!」


 汚い笑いを浮かべた男の顔を杖の先で殴り、別の男に向き直る。血に濡れた杖を向けることも忘れない。


「今こいつが言ったことは本当か?」

「ほ! 本当だっ! 嘘じゃねぇ! バレねぇように数人ずつっ、集まったら連絡がきて、引きとりに来るんだ!」

「それが今日だったのか」

「そう、そうだ……高く売れそうなガキを見つけたから……っ、赤毛のそいつを捕まえたって…がはぁっ」


 容赦なく氷槍を連射され串刺しにされた仲間を見て、男達は震えあがった。


「他に仲間は」

「あ、あ……中に……見張りが5人、と、先発隊が……10人、っ殺さないでくれぇ!!」


 見苦しく泣きわめく男達の足に、逃げられないよう一人一人きっちりと氷槍を突きさしてから、ヒューゴは立ち上がった。

 これ以上こいつらに用はない。


「15人か……ま、グレンの敵じゃねぇだろ」


 そう言って今度こそ建物内へと足を踏み入れたヒューゴには、入って早々に、容赦なく切り捨てられうめき声を上げている男達を縛り上げるという仕事が待っていたのだった。






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