仕出かしフェネックは惑う 4
「レイ、俺はな、ちょっとだけど父上と同じ属性の魔術を使えるんだ」
石の部屋は暗いけれど、天井近くにある小さな窓からは、月明かりが入ってくるため仄かな明るさがあった。
それを頼りに、鉄の格子扉と、そこに鎖を何重か廻してかけられた鍵に手をかけながら、真剣な目をしたベネディクトがひそりと言う。
「おなじぞくせい?」
「レイはまだ自分の属性を知らないか? 5歳を迎えたら、おおかたの子供は自分の属性を調べに神殿に行くんだけど」
「しんでんは……行ってないかなぁ」
「そうか。レイのいた所は違うのかな?」
首をかしげるベネディクトに、レイシュは魔石の事はヒューゴのいう秘密にあたりそうで、むんっと口をはんだ。
「まぁいいか。そこで、沢山ある魔石を1つずつ触ってみて、魔石が反応したらその属性だとわかるんだ。俺が反応したのは氷だった」
話ながらも触っていた鍵と鎖が、うっすらと白んでくる。
あれ? とレイシュが思う間にも白さは増していき、ついにはすっかり黒い部分が見えなくなってしまった。
そのあともしばらくの間、ベネディクトは鍵を触りながらじっとしていたので、レイシュもその様子を横から覗き込んで見ていることにした。
「ふぅ……。こんなものだろうか。……だいぶ魔力を失くしてしまったが」
「だいじょぶ? 何をしてたのー?」
少しばかり息を荒くし、額に浮かんだ汗をぬぐおうとするベネディクトに近づいて、レイシュは自分の袖を伸ばして拭いてあげた。ちょっとだけお手伝いができた気になる。
瞬間的に赤くなったベネディクトが、あたふたしながらありがとう、と呟いた。
「さて、危ないからレイはちょっと離れてくれ」
「うん……」
何をするのかドキドキしながら見ていると、ベネディクトはおもむろに上着を脱いで、腰に差していた短刀も取外し、そこに脱いだ上着を巻き付けだした。
そして出来上がったぐるぐる巻きの短刀を、鎖に目掛けて気合を入れて振り下ろす。
「はっ」
ゴキ、と鈍い音が響いた。
ついで、ピキピキピキ……とひそかな音がする。
そうっと短刀を持ち上げ、今度は上着を腕に巻き替えて、叩いた周辺を慎重に払っている。
「うわぁ……ベニィ、すごぉい……こわれちゃったねぇ」
「へへ、授業で聞いたんだ。極限まで冷やせば金属は壊せるって。いつか試そうと思って、覚えてたんだよ」
目を丸くして驚くレイシュに、ベニィは照れくさそうに笑いかける。
「よし、これで扉は開いた。ちょっと、外に出てみてくるから、」
「ぼくもいっしょにいく!」
軽くはたいた上着を着なおして一人で出ていこうとするベネディクトの腕に、レイシュは慌てて飛びついた。
こんな狭くて暗い部屋に一人で残りたくはない。それに、ベネディクトをひとりにするのも、なんとなく怖かった。
「レイ……危険なんだぞ」
「なら、ベニィもあぶないよ、ぼく、耳がいいから、だれかきたらわかるよ!」
ベネディクトィは困ったような顔で見下ろしてくるけれど、しがみついたまま必死に言い募る。
「おいていかないでよぅ……」
「! そう、だよな、……怖いよな。ごめんレイ。一緒に行こう」
「うん!」
暗い中でもわかる泣きそうな顔を見て、ベネディクトはハッとした後に、レイシュの手をしっかりと握ってくれた。
もう片手には、先ほど使った短刀を握りしめている。
「足元、破片があるから気をつけて」
「はぁい」
部屋から出て扉を閉め、いちおうそれっぽく鎖を巻き付けなおす。
それから、慎重に慎重に足を進めていった。
「ん……だいじょぶみたい」
「よし。こっちだ」
部屋と同じ石畳の通路を足音を忍ばせて歩き、時折見える曲がり角ではいったん立ち止まって耳を澄ませて。
道の先に部屋があれば、近くまで進みドアが開くかどうかを試し、開いたら中を確認。開かなければ先へ進む。
その繰り返しを3回ほど行っただろうか。
「あれ、」
「どうしたレイ?」
「んー? なんか……こどもの、こえ?」
「なに……?」
「たぶん、次の曲がり角をおくに行ったへやじゃないかな」
「……もしかしたら」
レイシュの言う曲がり角の前で、一度耳を澄ませる。
大人の声が混じっていないことを確認し、そっと足を進める。
「……ひっ!」
「誰っ!」
「静かにっ! 俺たちも捕まってたんだ!」
「こどもがいっぱい……」
はたして、その先の部屋には、ベニィと同じ年頃の子供達が5人、寄り集まって震えている姿があったのだった。
 




