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仕出かしフェネックは惑う 2 side H

 



「隣国から、よからぬ者達が入り込んでいるとの報告がある」

「ああ……子供が幾人か消えていると報告がきているあれか……やはりそちらの者が?」

「辺境の守りは辺境の軍で受け持つが、国境砦は国軍の範囲だろう? 手出し無用と言っていたではないか」

「まったく、国の対応が遅くて困る。橋からこっちは兵を置いていないのだからそちらで勝手にやれなどと……」

「まぁ、いらぬ口出しを受けないだけいいではないか。辺境伯領内であれば、こちらで裁ける」

「いざとなったら、橋ごと破壊して落とすと言う手もありますからな。ハハ。橋など我らであればすぐに作れるわい」

「対応が遅いと言えば、神殿もだ。魔素溜まりが出来たのだろう? 手配は済んでいるのか?」

「はい。……しかし、小さい物はしばらく各自で対処しろと……魔物が出ても狩ればよい、と」

「まったく! たいして被害の無い城下にはあれだけ聖騎士がいるくせに!」

「ギルドに依頼はだしていますが」

「王はどうなのだ? 神殿への献金を年々細らせているとか」

「ああ、確かですよ。おかげで貴族の領地への聖騎士派遣がいっそう滞っているようで」

「まったく! 愚かな事だ。猊下は何をお考えなのか……」

「主教の者達が割れているやもと、不穏な噂もありますよ」

「魔石の取引が増えているが、異変のある地は?」

「そういえば、西で大量の水魔石が取れたとか。いくらか研究棟としても仕入しておきたいが」

「私が今している研究がものになれば、防御魔法に反射の機能がつけられそうです。攻撃呪文を放たれても、同等の力で打ち返すことができる。しかもこちらの消耗は防御の力のみで」

「それはいいな! 必要であれば人員を追加しよう」


 魔術師や軍関係者が持ち出してくる、次から次へと移り変わる会議の話題を一言も漏らさず脳に刻みながら、ヒューゴは会議とは全く別の事で頭を悩ませていた。


(うーん、本当に留守番なんてさせてよかったのか……いやだが、連れてくるわけにもいかないし……いっそ、幼獣に戻してペットだといいはるか? ……いやそれもそれで……)


「そう言えばヒューゴ、先日ドゥーベール渓谷に行ったとか?」


(! おっと、きたか)


 一人の魔術師が、興味深げにヒューゴを見ていた。魔素溜まりの話をギルドに持ち込もうかと話していた人物だ。自分の意を汲んで行動してくれたとでも考えているのだろう。


「はい、そうですね。たまたま高名な冒険者と行き会いまして。魔素溜まりの事を話したら依頼を受けてくれたんです。シーサーペント、マンイーター、地這い竜あたりが出ていました。大物はだいたい狩りましたから当分は問題無いかと」

「なんと! 地這い竜もか! ……いや、よくやってくれた。王宮魔術士だった其方の腕も頼りにしているぞ」

「はい、もちろん。狩ったものは半分ほどギルドに卸して、残りは研究用に使う予定です」

「そうか。かまわん。学術都市の名を更に高めるよう、大いに研究に励んでくれよ」

「ええ、わかっていますよ」

「わしも欲しい素材があるのだが。地這い竜は譲ってもらえんかね?」

「同行した冒険者に言っておきましょう。数匹狩っていたはずですから」

「おお! 頼んだぞ!」


 数人が話に加わってくれたためやり易くなった中で、当たり障りのない話しぶりで魔素溜まりがさほど危険ではないとアピールし、不用意に立ち入って探索されないように手を打っておく。

 すでに消えているとばれれば、それはそれで煩い事になるので、ここはグレンの名を大いに利用しよう。

 魔素溜まりを消すことは聖騎士にしか出来ないが、変質した、もしくは集ってくる魔物を狩って狩って狩りつくせば、さほど問題ない大きさまで減らすことは出来るのである。


「ときにヒューゴ、君のもとに、随分愛らしい客人が来ているらしいな?」

「!!?」


 話を魔素溜まりから逸らせる事が出来たと、思った矢先にこれだ。

 それまで皆の話を円卓の頂点で聞いていたドゥーベール辺境伯からの突然の声掛けに、そしてその有り得ない内容に、ヒューゴの顔が引きつった。


「いや、なに。……とある筋からの情報でな。子供のいない君が面倒見よくしている姿を見たと」

「は……。そう、ですね。先日より親戚の子がおりまして。父親が病に倒れ、子供の面倒まで見れなくなった母親に頼まれたのですよ」


 誰が何をどこまでどういう意図で伯爵に話したのかは知らないが、自分で適当に作った設定がまさかこんな場で使われることになるとは思ってもいなかった。


「そうだったのか……それは不憫なことだな。どうだろうか、私もその子とやらに一度会ってみたいのだが」

「はぁっ?!! なんで?!」


 続けざまに投げ込まれた不穏な言葉に、ヒューゴからつかのま敬語も何もが吹っ飛んだ。

 それに対して特に咎めだてもせず、むしろ申し訳なさそうに下げられた眉……の下に興味深々と輝いたブルーグレーの瞳をみとめ、不審さは増すばかりだ。


「……辺境伯、その話はこの場に相応しい物ではないかと」


 極力平坦な声を心がけて、ヒューゴは閉会を促す。

 この様子では会議終了後にバックレようとすれば、下手をすると家まで着いてこられかねない。さっさと興味を失くすよう話を持って行った方がいいだろう。……難しそうだが。


「おお! そうであったな。皆、長引かせてしまった。今回も色々と情報が出たと思う。話した方針に沿うように、各自動いていってほしい」


 定例会議ゆえの軽い挨拶で場を締めくくり、それぞれが帰り支度をして動き出す。

 そのなかでヒューゴだけはコートを腕にかけたまま、エイダン辺境伯に続いて、会議室を後にしたのだった。




 ◇




 ドゥーベの住人達が魔術棟と呼べばそれは、街で一番背の高い研究棟を差す。そしてその棟は街の中心、つまり辺境伯の城に隣接する形で存在していた。

 そのためこの会合は、棟の集まりといいつつも実態は領主会議のようなものなのである。

 魔術棟に入れるものは、個人的にこのエイダン辺境伯と契約をしている者だけだ。

 これは魔術師にとって一種のステータスでもある。なんせ、今までの発表やその実力を評価された者しか声が掛からないからだ。

 もちろん評価の内容は多岐にわたる。攻撃系統だけではなく、生活魔法や魔道具の開発者と手広く集められる。

 自分の行いたい研究に生涯にわたって庇護を与える代わりに、有事の際は辺境伯軍として戦う、というこの契約。

 一見、魔術師の搾取のようにも思えるが、これがそうでもない。

 この庇護とは、普段の生活保障に始まり、フィールドワークに出た時の護衛、研究結果を世に出した後の保全はもちろん、製品化した場合に発生する利益や特許の管理といった雑事もすべて請け負うのだ。

 よって魔術師はいっそう研究のみに打ち込めて、資金もたえず使え、もし防衛用の魔術でも開発すれば、更なる恩恵がうけられるという最高の循環が生まれる。

 そのためなら、敵に極大魔術を打ち込み殲滅させるために呼ばれようが防壁を張るため3日3晩寝ずに見張り台に籠ろうが、魔術師達は皆、諸手をあげて受けるのだ。

 そんな一流といってもいい魔術師達を目当てに、高みに上りたい、教えを受けたいという優秀な者達が街に集まり、各自が研鑽をつんでいる。

 それがまた、学術都市を発展させる好循環を作り出していた。

 さて、そんな都市構造を受け継ぎ、今なお発展させ続けているエイダン辺境伯だが。

 40ほどの黒髪にブルーグレーの鋭い瞳、本人自体が数多の発表を残す魔術師だという事は、国の内外に良く知られた事実だ。

 性格は、魔術師というより騎士に近い鍛えられた厳つい見た目にそぐわず、温和で気さくと言われている。

 だが、ひとたび敵として相対しようものなら、鋭い瞳をさらに凍てつかせ、攻撃特化の魔術と合わせて極寒の地に叩き落すとも噂される人物である。


「まぁ、楽にしてくれ。なにか飲むかね」

「……お気遣いなく。先述の子供が、家で待っているので早く戻りたいのですがね」


 会議室からほど近い場所にある執務室に招かれ、座り心地のいいソファを勧められたヒューゴは、腰かけつつも慇懃無礼に言葉を返す。

 関わりたくないという意思を前面に押し出す戦法だ。

 もちろん、言葉の通りさっさと帰りたいのは本心だ。伯爵に興味を持たれたことも意味不明だし、なにより留守番させている眷属様が何かしでかしていないか、気が気ではない。


「まぁまぁ、そんなに警戒せんでくれ。何も取って食おうというわけではないんだ。君の所にいる子がどんな子なのか知りたいだけなんだよ」

「はぁ……なぜ貴方のような立場の事が、一介の魔術師が世話をしているだけの子供に興味を持つんです」


 片手を振って、たいした意味などないとばかりに、笑みを浮かべる伯爵は胡散臭いことこの上ない。不審なものを見る目をすでに隠そうともしないヒューゴだった。


「……まぁ、確かに訳を言わねば、大切な子の情報は話せまいな。……そうだな。これは、身内贔屓な話になるのだが」

「はぁ」


 なぜ、眷属様からいきなり身内の話になるのか。内心首をかしげながらも、一応は気の乗らない相槌をうつ。


「私には4人の子供がいてね。ああ、知っているか。そう、長男はとても出来が良くて、魔術師の才がありながらも、この辺境の地の重要性を理解しているから武を鍛える事も熱心なのだ。2人の娘は、それはそれは美しい。妻に瓜二つでな、いま時分から釣り書があちこちから舞い込んできており、気が気ではないのだ。そして、一番下の次男なのだが。今年8歳になるヤンチャ坊主で……これがまた、唯一私と同じ色を引き継いでおり、生意気そうな目つきも可愛くてならんのだよ」


 8歳の子供。ヤンチャ坊主。伯爵と同じ色合い……

 ヒューゴの頭に、嫌な予感が子供の姿をもって形作られていく。


「しょっちゅうマナーや家庭教師の授業をさぼって、うちを抜け出しているんだがな、最近どうも様子がおかしいのだ。詳しく言えば、そうだな……3日ほど前から」

「! ……まさかあのマセガキッ、」


 脳裏に、手摘みだろう花束を渡してきた子供が浮かびあがる。思わず突いて出た悪態に、咄嗟に口をふさぐが遅かった。しっかりと聞き取った伯爵は大口を開けて笑い出す。


「はっはっは! マセガキか! 確かに、親から見れば可愛い子に寄り付く男は誰であろうとも良い感情は持てないな」

「……申し訳ありません、伯爵のご子息に、とんだことを。というか私は親ではなく……」

「かまわん。私もそう思ったからな。いや、護衛の話では、花を渡しただけで真っ赤になって逃げ帰ったと言うではないか。そこまで息子を骨抜きにした女児にな、一目会いたいと思っても、単なる親心だと解ってほしい」

「あの……。理由はわかりました。しかし、会って何をするのですか?」

「ふむ……何も、と言えば安心かね。まぁ私も息子の一方的な一目ぼれだと理解している。会ったからと言って息子に近づくなだの逆に身分をかさに渡せだの、野暮なことを言う気も無いさ。だが、母親や姉達のおかげというかせいというか……美しい者達を見慣れ、かつ彼らに辟易としていたひねくれ者が恋に落ちた相手など、見てみたいと思うではないか」

「……そう、ですか……しかし……」

「なんだ、ずいぶんと渋るな。何もしないと約束するぞ。なんなら、呼び出しなど大層なことをせずとも、見学という名目でここ研究棟に連れてくるだけでもいい」

「うーん……」


 なぜか渋れば渋るほど興味を増していくドゥーベール伯爵に、明確に嫌を突き付けるわけにもいかず、ヒューゴは悩みまくっていた。

 一目見せるだけなら何事も無いかもしれない、だが伯爵ほど能力のある魔術師には、姿変えのブレスレットは即座にバレるだろう。なぜ元の姿を隠しているか疑問を持たれたら?尻尾と耳が見られてしまったら?今なお着実に増えつつある、いや、戻りつつある魔力値を測られてしまったら…?

 駄目だ。無礼だろうが何だろうが、やはり拒否しよう。

 単なる興味の天秤に乗せるには片方のリスクが高すぎる。


「申し訳ありません、ドゥーベール伯爵……やはり、この件は、」

「エイダン辺境伯! ご歓談中に申し訳ありません!! ベネディクト様が!!」

「!? どうした! ベンに何かあったのか!」

「はっ、行方不明になったとの報告が!」

「……なに、行方不明……?」

「伯爵、込み入ってきたようなので私はそろそろ、」


 ヒューゴが考えをまとめ話しだした途端、ドアを叩く間も惜しいとばかりに、護衛騎士が飛び込んできた。

 いきなりもたらされた不穏な単語に、部外者の自分がいるのはまずかろうと、また、ちょうどいい逃げ口実が出来たとこれ幸いに暇を告げかけたヒューゴの耳に、とんでもない話がつき刺さる。


「その……街の者から、赤髪の子供と2人でいた姿は多数目撃されているのですが……その後の消息が……屋敷にもお戻りでないと……」

「ッ!? まて! 赤髪の子供だと!? ……まさかッ!」


 ガタリと立ち上がっていって、護衛騎士の首元を両手で締め上げる。


「うげっ、ヒューゴ?! なぜここに……」

「いいから答えろ! その、一緒にいた子供とは、赤髪に緑眼の、5歳ほどの子の事か!」

「そ、そうだ……お前が先日、噴水広場で一緒にいた……」

「っお前か! バラしやがったのは!」

「落ち着けヒューゴ、まず、話を聞こう。一緒にいたのは、今話していた子供なんだな?」

「……ッチ、……多分、そうでしょう……ックソ! なぜ今日は、留守番を……護符は働かなったのか…?」


 流石に辺境伯の地位をあずかるだけあって、身内の事といえど瞬時に落ち着きを取り戻したドゥーベール伯爵にいさめられ、ヒューゴは護衛騎士から手を放す。

 血の気の失せた青い顔で、のろのろとソファに戻る姿を見て、締め上げられた騎士も申し訳なさそうに眉を垂らしたのだった。





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