仕出かしフェネックは惑う 1
家と家の間の、狭い隙間をくぐって。
「こっちの道が近道なんだ!」
「ふぇー、そうなんだぁ」
赤と白のしましまテントの屋台に並んで。
「ここの店の串肉はうまいぞ!」
「おにく! たべたい!」
漆喰の壁と青いタイルの家の前で。
「ここはな、目が合うと吠える犬がいる」
「えー、ケンカしちゃだめだよぉ」
店先まで山積みの本が溢れた店先で。
「姉上が、ここには色々な本があると言っていた!」
「えほんもあるかな」
そして、つい先日訪れた場所に着く。
「ほら、ここが噴水広場だ。ヒューゴ殿と来ただろう?」
「ホントだぁ! でも、このまえと、ぜんぜんちがう道だったよ!」
「多分、大通りだけを通ってきたんだ。ほらあそこ、1本太い道が続いているだろう」
「そっかぁ。うん、そういえば真っ直ぐだったかも」
家からずっと手を繋いだまま、走ったり歩いたり、立ち止まってお店を見たり。
そのあいだ色々な事を教えてくれるベネディクトのおかげで、レイシュはとっても楽しかった。
それなのに、まだ終わりじゃないのだ!
「じゃあ、今度はこっちの道だ。ちょっと人通りが少なくなるから、歩きやすいぞ」
「うん!」
途中で1つだけベネディクトが買ったジュースを交互に飲みながら、噴水広場から続いている道の一つ、先の方にこんもりとした緑が茂っている方へ足を向ける。
言われたように、周りを歩くのは、お年寄りの夫婦や、子供を連れた母親といった人達ばかりだった。
この先の目的地が、買い物や食事目当てではなく、散策を楽しみたい人向けの場所だからだろう。
何色の花が好きだとか虫は怖くないかなど、たわいない話をしながら進んでいると、ほどなくして左右に開かれた大きな門が見えてきた。
ドアのようなものでは無く、黒いアイアンのフレームの中を同じくアイアンで草花を形作った模様が施された、じつに優美な門扉だ。
だが、ベネディクトはすたすたとその門の前を素通りしていく。ここに入らないのだろうか?
「ベニィ? いりぐち、すぎちゃったよ?」
「いいんだ、こっちにも入れる所があるんだよ。内緒だぞ」
「ないしょ! わかった!」
首をかしげたレイシュに、ベネディクトは自慢げに胸を張った。
いつの時代も、秘密と内緒は、子供心を大いにくすぐる言葉である。
そこからさらに10分程歩いただろうか。
林の途切れ目に、こちらは普通サイズの門が現れた。おうちのドア2枚分ほどだ。
「こっちからだと、青の花畑がすぐ近くなんだ。正門からだと、温室を挟んでぐるっと一周する道になっているから、遠回りに歩く羽目になる」
「そうなんだぁ。ベニィはものしりだねぇ」
「うッ……まあな、」
しょっちゅう抜け出して遊びに来ているとも言えず、ベネディクトは赤くなった頬を掻いた。
閉じてはいるが鍵はかかっていなかった裏門を抜けて、5分ほど歩いただろうか。
明らかに道ではないだろう木々の間を、しゃがむようにして潜り抜けた先に、その場所は在った。
「……ふわぁ……とっても、きれぃ…」
「へへ、だろう?」
一面のペールブルーに眼を丸くして驚いているレイシュに、ベネディクトは嬉し気に答えた。
「花束を大事にしてくれてたから、ここも喜ぶと思ったんだ」
「うん……うん! すっごくきれい! 見せてくれてありがとベニィ!」
「うわっ!!」
にこぉっと笑みを浮かべて飛びついたレイシュに、ベネディクトは思い切り動揺して尻もちをついた。
2人で地面に転げたまま、ポカンと目を見合わせて、どちらからともなく笑い出す。
「うふふ、ぼくね、こうやってお外に出て、だれかと一緒に遊んだの、はじめて!」
「そうなのか?」
転がった体勢から起き上がり、青い絨毯が見渡せる位置の木に隣り合って寄りかかる。
「ダーカはいつも一緒だけど、勉強のとき以外ほとんどおうちの中だったし。グレンもヒューゴもお仕事あるから、遊べないの。それに一人で外にでちゃだめって言うし。あ、でもアーレンとハンスはかいたいべやで遊んでくれたなぁ」
「かいたいべや……? はよく解らないけど、レイは本当に箱入りだったんだな。平民じゃないのか?」
「へーみん? なぁに? ぼくはぼくだよ」
「……そうか。それもそうだな。俺は、レイがどんな立場でも、す……す……ッ、嫌いじゃ、ないぞ……」
なぜか最後の方でしょんぼりとしてしまったベネディクトを不思議そうに見てから、こちらもちょっとだけ眉尻を下げてレイシュは続ける。
「……ほんとはね、こどもって、ぼくのこと見たら追いかけてくるし、みみとか引っ張るし、きらいだったの……」
「! 誰だ、そんなことをしたのは! この街の子供かっ?!」
「ううん、ここじゃないけど……でもね、いやだったんだけど、ベニィは優しいし、いろんな事おしえてくれるし、やさしいから、嫌いじゃないの」
「……! そ、そうか……!」
「だからね、ぼく、わかったの! ヒューゴのよんでくれた絵本にかいてあったこと」
「……書いてあった?」
「うん! こういうの、ともだち、って言うんでしょ!」
「! と……とも、だち……」
ぱかりと口を開けてこちらを見るベネディクトに気付かずに、レイシュはキラキラした笑顔で言い募る。
「うん! いっしょにいて楽しくて、いっぱい冒険して、ゆうじょうをたしかめあうの! ともだちってすごいねぇ!」
「……そ、そう……だな……うん、俺達は、ともだち、だ」
「でしょ! うふふ、うれしい! はじめてともだちが出来ちゃった!」
きゃあっと言って首根っこに抱き着いて喜ぶレイシュに喜べばいいのか悲しめばいいのか解らないベネディクトだったが、「でもまだ会ってから一日だし」「いやむしろ半日も経ってないし」「うん、これからだこれから」とぶつぶつ呟き己を納得させると、勢いを込めて立ち上がった。
抱き着いたままのレイシュもつられて立ち上がる。
「今日から俺達は友達だ! でも、もっと仲良くなるために、これからも俺と会ってくれ!」
しっかりと正面を向き合って、視線を合わせたまま、なんだか大層な決意を込めた声で言われて、レイシュもそれに満面の笑みで答えを返す。
「うん! ベニィはともだち! これからもよろしくね!」
◇
「すっかり遅くなってしまった……すまない、もっと早く帰るつもりだったのに」
「ううん、だいじょぶだよ。ぼく、すごくたのしかったよ!」
「そうか、それなら良かった」
気が付けば、いつの間にか夕闇がせまる頃になっていた。
慌てて手を繋ぎ、林の中を駆けていく。
暗くなったせいで足元が見づらく、来た時よりもだいぶ時間がかかってしまった。
木々の先に、うっすらと裏門のシルエットが見えてくる。
怒られるかな、ヒューゴにごめんなさいしなきゃ、グレンはまだいないといいな、なんて考えながら走っていた時のことだ。
「うわっ!?」
「きゃあ! なに、これぇ!」
バサッという音と共に、なにかが被さってきた。
びっくりして思わず立ち止まってしまった2人に、更に布のようなものが被せられ、何が何だかわからないうちに持ち上げられる。
饐えた臭いがする、目の荒い、袋だろうか。
「やだぁ! なんだよう!」
「くそっ、はなせ! 誰だッ! レイッ」
「うぇーーーん! ベニィー」
「うるせぇぞッ!」
「黙らせとけ!」
「ふぇぇっ、……んむ、ぅ……」
「レイッ、うぐっ!?」
ばたばたと動いていた手足から力が抜け、だらりと垂れる。
袋の中に詰められた2人が動かなくなったのを確かめ、誰もいない周囲をすばやく見回してから、手慣れたように抱え上げて駆け出す男達。
その一部始終を、木の枝の隙間から見降ろす小さな黒い影。
≪……突発的襲撃確認。排除不可命令を強制解除≫
ぽつりと零された小さな呟きは、誰もいなくなった闇夜に落ちて消えた。




