訳ありフェネックは忍ぶ 6
ニヨニヨ回ラスト
「――それでな、兄上がその時に、使っていた剣を貸してくれて、俺が一角を狩ったんだ」
「ふわぁ、ベニィはけんがつかえるんだぁ。グレンみたい! すごいね!」
「ま、まぁ、その。とどめだけだったけど……」
「ぼく、まものって遠くでしか見たことないよ」
「街中にいるものではないからな。俺も遠乗りに連れて行ってもらった時が初めてだ」
「とおのり! なぁにそれぇー」
ベネディクトとの話はなかなかに楽しかった。
レイシュは今まで、それこそ神社にいたときから、同年代らしき人と話をしたことが無かった。
ダーカもグレンもアーレンもハンスも、ヒューゴもみんな大人だ。
さちばぁの所の孫1・2・3は全員大きかったし、そもそもがレイシュは子供という存在は、レイシュを見つけたら追っかけてきて耳や尻尾を引っ張る嫌なやつでしかない、という認識だった。
けれど、今日知り合いになった――お花をくれた日はベネディクト的に無し、らしい――ベネディクトは、追いかけないし、なんなら近寄ると固まっちゃうし、静かにお話ししてくれるし、絵本も読んでくれるしで、嫌なところが全くない。
たまにレイシュの顔を見たままぼやっと無言になるのは、よくわからないが。
「レイ、は……あまり外に出ないのか?」
何を話しても楽し気に聞いてくれるレイシュに気を許して、だんだんと滑らかに話すようになったベネディクトは、しかしレイシュの物知らずぶりを不思議に思ったらしい。
首をかしげて問いかけてきた。
「あのね、ぼく、ちょっとまえにここに来たの。それまではね、べつの、遠いとこにいたの」
「そうだったのか……すまない」
「ううん、ベニィがいろんな場所の事はなしてくれるから、ぼくも行ったみたいでとってもたのしい!」
「そうか! ……その、レイはまだ、当分この街にいるのか?」
「うーん? わかんない。でも、グレンがどこか行くって言ってたような……」
「そ、そのグレンというのは? さっきも言っていたな」
「グレンはね、ぼくをまもってくれるの! 森でもね、だから怖くなかったの! グレンは強いんだよ!」
「元居た街からの護衛か……? お、俺も剣を習っているから、すぐに強くなるぞ!」
「そうなの?」
「ああ。だから、その……ッ、お、俺が! レイを守ってやる!」
顔どころか首元も耳まで真っ赤に染めて、大きな声を出したベネディクトに、レイシュはぱちぱちと瞳をまたたく。なんでベネディクトが守ってくれると言い出したのか全く分からない。
「そっかぁ。ありがとぉ」
「! ッお、おう……」
でも、わからないけれど、レイシュのためにベネディクトが何かをしてくれるらしいことは把握した。
だからレイシュはにっこり笑顔でお礼を言う。
良いことをされたら、お礼をするものだ。ベネディクトは無かった事、にしたいらしいけれど、彼からはすでにお花ももらっていることだし。
「そうだ、お花! まだげんきなんだよ! 見る?」
「え、あ、飾ってくれているのか……ッ?!」
思いついたら本能的にすぐ動くレイシュは、すくりと立ち上がり、ベネディクトの手を掴んで引っ張った。
カチンと固まって、ぎくしゃくと変な動きで歩くベネディクトを顧みることなく、腕にまといついたまま部屋から出る。甘えたのくっつきたがりは健在である。
「ほらっ、きれいでしょ?」
「……うん」
食堂のテーブルの真ん中に、小さな緑のボトルを花瓶代わりにして活けてある花は、子供が不器用にちぎって、しばらく握りしめていたにも関わらず、3日経った今でもみずみずしさを保っていた。
「大事に、してくれているのだな……」
「うん! きれいだったから」
もちろん毎日レイシュが、元気になぁれと祝っているのだが。それは秘密なのだ。
「この……この花は、祖父が、大好きな祖母にあげる為に取って来て、増やした花なんだ。公園の中に一面に咲いてる場所があって……とても奇麗だから、レイに、あげたいと思ったんだ」
「この花がいっぱいさいてるの? ふわぁ……すごいねぇ」
ベネディクトが聞いてほしかったのはそこではなく、祖父が大好きな祖母にあげる為、という箇所だったのだが。
「な、なら! いまから見に行かないか? 公園に!」
「こうえん?」
「ああ。先日、噴水広場にいただろ?あそこからそんなに離れていない場所にあるんだ」
「いきたい! ……あ、でも、ぼく……おるすばんなんだった」
そわそわしたと思ったら、しょんぼりと肩を落とすレイシュに、今度はベネディクトがその手を力強く握る。手の平がちょっと湿っていた。
「すぐに戻ってくれば大丈夫だ! 本当に、綺麗なんだ! 絨毯みたいに青い花が広がってて、でもそろそろ終わりの時期だから、時間がたってしまうと枯れちゃうかもしれない。今じゃないと!」
「えっ」
ベネディクトは焦っていた。ヒューゴが研究棟での会議に出ることは、何となく騎士の話から推測できたのだ。あれはいつも夕方前には終わっていたはずだ。
彼が帰ってきてしまう前に。
なんとか2人で一緒にいる時間を伸ばそうと言葉を重ねるベネディクトに、レイシュの心の中の秤がぐらぐらと揺れる。
ベニィはドアから来たへんな大人じゃない。
でもおるすばんなんだから、おうちにいなきゃ。
でも。ベニィは、今じゃないとって……
ツンツンと跳ねた黒髪と、健康そうに焼けた肌。ブルーグレーの吊り目が、必死な色を乗せてレイシュをじっと見つめていた。
「うーん。……うん。わかった! おはな、見にいこう」
「ほっ、本当か! やった! ……すぐ行こう!」
そう言うが早いか、ベネディクトはレイシュを引っ張って、先ほどの部屋まで駆け戻る。さっきとは真逆だ。
窓際に置いたままの椅子から外に出たベネディクトに続き、椅子によじ登ったレイシュは、外から手を伸ばしたベネディクトによって窓から引っ張り出された。
「ふわぁ、すごいね! あはは! まどからでたの、初めて!」
「そ、そうか!」
きゃらきゃらと笑うレイシュに見惚れ、ベネディクトが頬を赤く染めるのはもういく度目だろうか。
熱の上った頬を片手で乱暴にすり、もう片手はしっかりとレイシュとつながれる。
そうして、小さな2人は、暗い路地から駆け出したのだった。
すいません、明日から投稿を13時、15時、17時、19時に変えます。




