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死にかけフェネックは出会う 4 side D

溺愛過保護爆誕。

 


 レイシュと名付けたフェネックは、拾った当初は擦り切れたぼろ雑巾そのものだったが、根気強く手をかけてやるうちにだいぶ見られる姿まで回復してきた。良い事である。

 だが、付きっ切りで世話をしているうちに、レイシュはダーカにべったりな子狐になってしまった。まぁ、寝ても起きても食事の時間も、排泄まで手伝っていたのだから成るべくして成った結果とも言えるが。

 具体的には、連れ帰ってすぐ手桶にぬるま湯を張り、茶色い水が出なくなるまで幾度もすすぎ清めるところから始め、やせ細り傷ついた体を丁寧に舐めて、絡まった毛はほぐしてやり、怪我を癒し、自力での咀嚼が難しそうな口に栄養価の高い甘酒を定期的に流し込んでやった。

 己の毛皮に抱え込んで体温を分け与えてやりもした。

 思い返せばなぜそこまで、と首を捻りたくもなったが、異国の地で会った同郷、しかも己の眷属たる獣が粗雑に扱われていた事が我慢ならなかったのだろうと納得する。いわゆる身内贔屓というやつだ。

 そうでなくとも、どこへ行くにも後をついて歩き、ダーカ自慢の尾にじゃれつく白い綿毛はとても愛らしい。安心と信頼のみを湛えた瞳で見つめられれば、可愛く思わないはずが無い。絆されて当然である。

 だからダーカもついつい甘やかしてしまい、己の用事はレイシュが寝ている間に特急で済ませ、呼ばれればハイハイと脂下がって駆けつけてしまっていたのだが。


 最初はそれでも良かった。しかしここへきて、若干の問題が発生していた。レイシュが健康になるにつれ起きていられる時間が増えたことで、ダーカの活動時間の確保が難しくなってきたのだ。

 実は、暇そうに見えてダーカはそれなりに忙しかった。しかも用事の内容は多岐にわたっている。子狐とくっついたまま出来ることはこなしていたが、外に出ざるを得ない時もある。

 たまたま傍を離れていた時に目覚めたレイシュの、己を呼ぶ身を絞る様な、悲惨な啼き声には参ってしまった。

 即座に駆けつけて事なきを得たが、その日は一日胸元に張り付き離れようとしなかったため、移動もすべて咥えて運んでやる羽目になったのだ。


 そして今日。とうとう人型でいる姿を見られてしまった。

 もともとレイシュは、最初の飼い主には虐待じみた躾をされた上に、逃げ出した後は薄汚れた野良猫か何かと思われて追い立てられたこともあったようで、人間不信の気があったのだ。

 ダーカに慣れ今の環境に順応するまでは、不用意な刺激は必要無かろうと、ずっと獣態のまま接していた。

 3日おきに供え物や生活物資を運んでくる者には、レイシュに気付かれないように、当分の間社務所へ運び込んでもらうよう手配をしていた。

 つまりここ一月ほど、レイシュは黒狐との接触しかしていなかったのである。

 失敗したな――――尻尾を丸めて涙目でぴるぴる震える小さなフェネックを見て、ダーカは反省した。




 ◇




『ぼくもかみになれる?』


 言われた台詞にピクリと反応する。どういう意味で発されたのか。一瞬だけ帯びた不穏な気配を、察知される前に笑顔の下に隠しこんで、尋ねる。


「成りたいのか?」

『ダーカと一緒がいいの。ダメ?』


 小さな牙を見せてニパッと浮かんだ笑顔とともに、間髪入れずに返った答えに微かな疑いも一瞬で霧散した。そもそもが獣の思考である。人間のように力を得てどうこうしてやろう、などと考えている筈も無かった。

 ダーカが獣型と人型になれるなら自分も、と簡単に思っただけなのだろう。


「ハハハ! そりゃいいな! もちろん駄目じゃねェよ」


 この時に初めてダーカは、在野のモノを自分の近くまで引き立てるという事を意識した。

 これまでは、獣は獣のまま、生を全うさせてやるつもりだったのだ。

 故郷から遠い国に連れてこられ、理不尽な扱いを受け打ち捨てられていた存在を、自分が拾ったからには不自由なく幸せに過ごさせてやろう、と。

 ダーカ自身の持つ長い時間の中で、ちょっとした一時の暇つぶしの意味もあった。


「じゃあ、色々と勉強しねぇとなァ」

『がんばる!』


 キラキラの瞳に嬉しさのみを湛えて、元気よく尻尾を振る子狐を撫でまわす。

 柔らかな毛皮をぐしゃぐしゃにして、それでもまだ足りない気がして、黒狐の姿を取りベロベロに毛繕いしてやった。

 ダーカはもともと、恐れから祀られて神になったくちだ。

 それ以前も力を持った存在だったが、母親譲りの荒い気性で、ちょっと…いや、ほどほど、まぁそれなりにあくどい事をしていたため、心を静めて有り余る力を良いことに使って欲しいとあちこちから嘆願されていた。

 荒事に飽きてきた時期でもあり、まぁいいかと封じられることに同意し、以来、このぬるま湯に浸かったような島国でのらりくらりと過ごしてきたのである。

 そんな経緯もあって、ダーカに寄って来るのは暴虐の力を欲した故だったり、説教臭い年寄り共だったり、あるいは元来のやんちゃしていた仲間か、そうでなくば怖がって遠巻きに見られるかのろくでもない応対ばかりだった。

 神職を引き受けてからは割とまともに仕事をこなしているというのに、失礼な話である。

 自分より一足早く祀られた母親は、地獄の鬼も失禁しそうな血塗れのオッソロシイ嘲笑をお上品に取り繕って、慈愛溢れた笑顔で眷属という名の召使共をじゃんじゃん増やしているが、ダーカは煩わしい取り巻きの必要性も感じなかったし、祈られ奉じられて力が増すタイプでもなかったので、眷属を作ろうと思い付きすらしなかったのだ。

 そんなダーカの事情を欠片も知らない、ちっぽけな獣だったレイシュは、獣であるがゆえに本能で動く。

 好きなものは好き、嫌なものは嫌。怖いものからは遠ざかり、食い物があれば飛びつき、遊んで構って一緒にいてと、うるさいくらいに明け透けな感情をぶつけてくる。

 眷属にすれば。10年足らずの寿命も超えて、これを傍に置くことが出来るのか。


 それは、とても良いことのように思えた。






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