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無自覚フェネックは知る 4 side G

 



「……どう思った、今の」


 スピスピと鼻を鳴らして、安らかな眠りを貪っている幼獣を膝に乗せたまま、グレンはぽつりと呟いた。


「どうもこうも、あれは本物だ。人なんかじゃ有り得ない、恐ろしいほどの程の魔力が溢れていた。すぐに消したようだが。神殿の有難がる聖魔力とは……なんかちょっと違うというか、禍々しさもあった気がするが……」


 眼の上に手を押し当てたままのヒューゴも、力なく答える。


「俺にはありゃあ、とんでもねぇ殺気に感じたが。じゃあ、こいつは本当に、神の……眷属?だというんだな」

「本人がそう言うんだからそうなんだろう。それよりグレン、お前、とんでもない物を連れ込んでくれたな。さっきは気配に充てられて話に頭が追い付かなかったが……あの内容は、つまり王宮か神殿が関わっているってことじゃないか」


 嫌な推測にグレンの眉間にしわが寄る。どちらも、あまり関わりたくないものだ。

 あの殺気だった慌てぶりは、思いもよらず離れ離れになった者を案ずるもののようだった。最初に会った時のレイシュの態度と言い、合意を取って来てもらったわけではないのだろう。気分が悪い。

 気をそらすように、手元の暖かな毛並みを梳く。この小さな存在が、今しがたまで人の形をとっていたのか。


「……いま、この国が求める助けとはなんだ? こんな小っせぇ奴に何をやらせようとしていた?」

「このけも、いや眷属様が来たのは手違いらしいじゃないか。……思い浮かぶのは、魔素溜まりの増加ぐらいだな。そうすると神殿かもしれない。最近被害が増加してきてピリピリしているから」


 グレンは、先ほどまでの会話を思い出す。小さな魔道具の()から見えていた男、神とのやりとりを。

 修行、と言っていた。修業とは、己を鍛えて一層の高みに上るために課す行いだ。神も己の力を強くするために鍛錬するのだろうか。

 では、その鍛錬の内容とはなんなのだろう。


「魔素溜まりを消させようと? そこまで切羽詰まっているのか?」

「俺に聞くな。だがしかし、……不穏な事も言っていたな。神の世界とこっちの世界をつなげると壊れるとかなんとか。思いとどまってくれて助かった。その眷属様の…あー、保護者か? ちょっと過激すぎじゃないか? あの呪い殺すっていうの本心だっただろう。殺意が高すぎる」

「お前の行いが悪いのが原因だな。反省して普段の行動を改めればいい」

「そうは言うが、俺のおかげでそいつの身元もわかったし、探していた保護者と魔道具越しだが連絡もとれたじゃないか! ……あー!! 声も、顔も見られる、時間差も無く話せる魔道具だなんて!  さっきは近付けずに良く見られなかったんだよ。あの魔道具を解体したい! どういう構造なのか確かめたい! おい、ちょっと、起こして魔力を補充してもらうか」

「……そういうところだぞ、お前」


 死にそうなほど怖がっていたくせに、脅威が消えたらもうこれである。呆れた顔でヒューゴを睨むグレンに、だが魔術師は居住まいを正し、まじめな顔つきで話し出した。


「だがな、実際のところ、あの神様と連絡がつくようにしておいたほうがいいことは確かだ。何かで行き違いが起きて、国を破壊されても困る。それに、悪意に護符が反応したと言っていただろう。悪意とは何のことだ? 魔素溜まりを解消してほしいことが悪意か? それならばそもそも神の方でも助けてやろうという気も起きないはずだ。……つまり、こいつが呼ばれるときに何か、害があると判断される何かがあったという事だ。そして、守られ飛ばされた場所にグレン、お前がいたのは偶然なのかなんなのか……まぁ、安全だと判断されてはいるようだが」

「……それは、俺も気になっていた。少なくとも、レイシュに危害が及ぶ可能性がある限り、俺の方から離れることは無い。無事にレイシュが修行とやらで力をつけて帰るか、考えたくも無いがあの神が迎えに来るまでは、一緒にいるつもりだ」


 グレンが改めて決意を語れば、古馴染みの魔術師は、わかっているとばかりに手を振った。普段は頭のおかしい行動をとってばかりの男だが、間違ったことを嫌う性質ではあるのだ。頭はおかしいが。


「それがいいな。俺の方でも手を貸そう。お前に聖魔石集めは出来ないだろうからな。……それと、一つ気になることがある」

「なんだ?」

「先ほども言ったと思うが、こいつの魔力値の上がりの事だ。2週間足らずで1ランク上がるという事は、平素から魔素を集めやすいのかもしれない。手っ取り早く魔素溜まりに行ってみれば、回復が早まるんじゃないか? 魔石はあくまで補充用だ。数が少ない石だから集めにくいこともあるが、魔素を自然吸収して体内で属性を聖魔力に変えて元通りになるほうがいい」

「それもそうか。修行とやらをさせてやるにしても、何処行けばいいかすら決まっていないからな。じゃあ、しばらくは魔素溜まりを回ることにするか」

「その、修行というのもな……治癒、と言ったか、こいつの力は。聖騎士が魔素溜まりを壊す力の大本が聖魔法の浄化だとしっているな? あれは、回復魔法の一種なんだ。案外、その作業をやらせれば修行に繋がるのかもしれないぞ」


 ヒューゴの言うことも一理ある。あの神は、修行とやらの内容をよくわかっていないようだった。もしかしたら、この国に呼ばれたときに正確な説明がなされるはずだったのかもしれない。

 よし、と一息ついたヒューゴが、向かいのソファから立ち上がった。

 上着を羽織り、部屋を出ながらグレンを振り返る。


「とりあえず、俺は聖魔石を調達してくる。そいつの昼寝が終わるまでには帰ってくるから、食べ物なんかは好きに漁っていろ。起きたらもう一度魔道具を起動してもらうからな」

「それがいいな。途中で話が切れてしまってあちらも心配しているだろう」


 魔道具が切れる直前に幼獣姿に戻っていたので、魔力切れだという事は解ってくれていると思うが。

 ちょっとやそっと動かしたくらいでは起きないレイシュを膝の上からソファのマットに移動し、グレンも立ち上がる。

 気がつけば夕食時が近づいていた。何か作ろうと見知った屋内を移動する。

 食い意地の張った幼獣のことだから、食べ物の匂いがすればすぐに起きてくるだろう。

 神の眷属というとんでもない存在と知れた後も、今までと大差ない扱いに、ふと、笑いがこぼれた。






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