表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

34/143

無自覚フェネックは知る 3 

 



『待たせたなレイシュ』

「んーん。ダーカの声きいてるだけでもうれしかったからいいの」

『ッ、そう、か』


 グレンとの話し合いが終わったダーカが、優しい声で話しかけてきた。

 お仕事をしているときみたいな、キリッとした話し方もカッコいいけれど、レイシュはこの柔らかな声が一番好きだ。


「それで、ダーカはいつおむかえにきてくれるの?」


 グレンと一緒に知らない場所を歩くのは楽しかったけれど、レイシュはもう帰りたかった。

 今まで必死に我慢していたものが、ダーカを見て話したことで里心が付き、居ても立っても居られなくなってしまったのだ。


『……そのことだが。レイシュ、お前に話しておかなきゃいけない事がある。大事な話だ』

「……なぁに」


 柔らかかった声が、しゅっと怜悧な物に変わる。レイシュが向けられた事の無い声だ。

 自然と尻尾が伸びる。


『まず、今回のお前がその世界に送られた事は…事故だった。しかし、()()は送られる事が決まっていたんだ。その世界を助けるのと、見習い神の修業のために』

「…たすけるの? しゅぎょう?」

『ああ。何から助けるのかまでは知らねェがな。だが、治癒の力が強いお前が引かれたという事は……それに類する事なんだろう。だから、その何かが解決するまでは帰れないんだ。そして、それが修業の内容でもある』

「……え?」

『そこは、地球程存在が整っていない世界だ。だから、お前を帰すための道が開けない。無理にこじ開けると世界ごと壊しちまうからな。そっちの世界が力を付けてこっちと扉を繋げるほど安定するか、問題解決をして召喚を解消しレイシュが自力で帰るか……どちらにせよ時間がかかる』

「そんなぁ……」


 思っても居なかった言葉に、伸びていた尻尾がだらりと下がる。

 レイシュは、ダーカと繋がりさえすれば帰ることが出来ると、なんの根拠も無く考えていたのだ。


『いいかレイシュ、これは、馬鹿な神が定めたクソッ喰らえな修業だ。本来なら、お前のする必要が無い事だ。だから、少しでも早く帰れるように、俺がそっちとこっちを繋ぐ扉を作る事にする』

「え、でも……でもそうしちゃうと、このせかいがこわれちゃうんでしょ……?」

『レイシュが居るのにそんな危ない事する訳がないだろう? 多分だが、レイシュから取られた力がその世界のどこかにあるはずだ。それを使う。元は俺の力だから俺が繋ぐ分には扱いは難しくない。他の誰が手を出すより、早く安定させることが出来るはずだ』

「……よく、わかんない……むずかしいよ……」

『大丈夫だ。レイシュは、俺が行くまで待ってればいい』


 いつも膝にレイシュを乗せて、甘やかしてくれる時みたいなあったかい声でダーカが言う。

 ……でも、ホントにそれでいいのだろうか。


「……ぼく、」

『うん? どうした』

「ぼくも、しゅぎょうする。……よくわかんないけど、しゅぎょうして力をつけたら、ちょっとはダーカも助かるんでしょ?」

『レイシュ』


 ここに来る前にやっていた御守り作り。ダーカが教えてくれていたお勉強。それは、レイシュが神になるために必要だからやっていたことだ。

 最初の頃に、もらった力を使いこなせるようになれば、ダーカと一緒の神になれると言っていた。

 修業とは、たぶんそれと同じことだ。みならいが、ちゃんとした神になる為の。

 だったら、きっとそれはレイシュもしたほうがいい事なのだ。


「ぼくも早くダーカに会いたいからがんばるの!」




 ◇




『他にもいくつか伝えておきたいことがあるんだがな……その前に、おい! 魔術師とやら!』

「はっ、はいぃ!! 何か、ありましたでしょうか!!」


 ダーカの呼びかけに、客間の隅の方でしゃがんでいたヒューゴが凄い速さでにじり寄ってくる。ちょっと気持ち悪い。


『どれだけ有るんだ?』

「は、えっと……何がでしょうか?」

『魔石とやらに決まってんだろうが。レイシュの人型はその魔石で成り立ってんだろ。無いと困るから手持ちを増やしておけ。それと、ケータイの充電も、どうやって使えるようにした?』

「はい! かしこまりました! すぐに集めさせていただきます! そして、()()()()()、というものが何か解りませんが、この魔道具は、眷属様が取り込んだ聖魔力を注がれて動いております! ですので、注いだ分が無くなりきれば、魔道具の使用は出来なくなります!」

『ッチ、レイシュ頼みか……』


 いつのまにかヒューゴの呼び方が、獣から眷属()、に変わっていた。グレンが何とも言えない顔をして、這いつくばるヒューゴを見ていた。


「あ、ダーカ、どうしよう」

『うん? なんだ?』

「あのね、力が減ってるの。もうそろそろ人型がもたな……キュン!」


 ポフリ、と音を立てて幼獣に戻ったレイシュはソファに転がった。ポカンとした表情の大人2人と視線が交わる。

 同時に、持っていたケータイもカチャンと音を立てて床に落ちてしまった。


『もどっちゃったぁ……』


 ぎこちない動きで寄ってきたグレンが、ケータイを拾ってソファに乗せてくれた。その際に何も映っていない黒く変わった画面を見て、肺の中身を全部吐き出すような溜息をつき、レイシュの隣に座り込んできつく目を閉じた。

 ぎしりとソファが沈みこむ。

 ちょうど充電も無くなったようだ。たしかに、そんなに多く魔力を入れてはいなかったように思う。


『ありがとーグレン』

「はぁぁー……。なんというか……何とも言えないが……ヤバかった……」

「ヤバかったのはこっちだ馬鹿め! ……あぁ……生きた心地がしなかった……」

「テメェは自業自得だろうが!」


 同じく、向かいの一人掛け用ソファにぐったり沈み込んだヒューゴが、顔に手をあてて天井を見上げている。

 2人とも随分お疲れみたいだった。

 レイシュも先ほどから、お菓子をいっぱい食べて、じっけんにも付き合って、いっぱい泣いてと忙しかったから、ちょこっとお疲れ気味である。


「お前……凄い奴だったんだな……いろいろな意味で」

『そうだよー、ぼく、かみになるんだもの……』


 大きくて暖かな手が、ゆっくりと眉間から背中までを撫で下ろしていく。もう随分と慣れた手だ。

 何度も往復されるうちに、レイシュの小さな口がくわりと開いて欠伸を零す。

 ダーカを見れた。話が出来た。それだけで、いつもいつも心の一番下に押し込んでいた不安も悲しさも、いつの間にか溶けて消えていた。

 残るのは、絶対的な安心感だけだ。

 しょぼしょぼの目をしたままソファの上を這って、グレンのちょっと硬めの太腿に乗り上げる。

 くるりと丸くなって尻尾を抱えて枕にすれば、何者にも脅かされない安全ベッドの出来上がりだ。


『ちょっと……おひるね……ぐぅ』

「……お疲れさん」


 グレンの小さなささやきを聞きながら、レイシュは幸福な夢路を辿るのだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ