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無自覚フェネックは知る 2 side G

 



 その声が、たった一言幼獣の名を呼んだ瞬間。身体の隅から隅まで鳥肌が立った。

 もしこれが戦場ならば、為すすべも無く100回は切り刻まれ、血を噴き出して絶命していただろうと思う程度には、恐ろしい殺気が噴き出したのだ。

 眼前で泣きじゃくっている幼児は、この気配が怖くないのだろうか?グレンでさえ硬直が解けないというのに。

 ……そう、幼児である。

 今の今までフワフワで両手に乗るほどだった幼獣は、聖魔石の力を得たと思うと、見る間に大きくなっていき、ついには人へと姿を変えた。

 目を疑った。自分は一体何を見ているのかと。

 有り得ない事だ。魔物が人型になるなど。

 見た目は獣人に酷似しているが、魔物が獣人になるなど聞いた事が無い。むしろ、獣人に向かって魔獣と口走ろうものなら、その場でキツい一発を貰っても文句を言えない程の侮辱となる。

 流暢、というほどでもないが、魔道具に向かってなめらかに人語を話している、泣きながら甘えるという器用な事をしているレイシュ。

 対する魔道具からは、レイシュに対しては一瞬で恐ろしい殺気を引き上げた、相手らしきモノの声がする。

 最初に荒ぶった時を除けば、落ち着いた、若そうな男の声だ。

 ……いや、落ち着いてない。まったく落ち着いてねぇぞ?! また殺気が溢れて出来てやがる!

 レイシュの不用意な一言が原因で生命の危機に一瞬で叩き落とされたヒューゴが、死にそうな顔色になってフラついている。

 これは本当に殺す気のヤツだ。

 あまりに突っ込みの追い付かない現状にフリーズしていたが、若干どころでなく不穏な台詞を聞いてしまったことで、ようやくグレンに再起動がかかった。

 性格以外は、一応有能な腐れ縁を殺されるのはまずい。

 しかしレイシュの言った内容があながち間違っていないあたり、フォローがしづらい事も更にまずい。


「あー……、ちょっと、いいか」

『誰だ貴様!』


 レイシュを相手に話していた時の甘ったるさとは大違いの、心臓を串刺しにされたかと錯覚するような殺気を向けられて総毛立ちながら、やっとの思いでグレンは歩いた。

 近付いて解ったが、どうやら魔道具は、声をやり取りするだけではなく、相手の顔も見られるというとんでもない代物だった。

 ヒューゴがまともに動ける状態だったら、よだれを垂らして興奮し、取り上げていただろう。

 レイシュが両手で持てるほどの()()()()からは、10は歳下に見える精悍な若者が覗いていた。

 グレンよりも長めな黒髪に、浅黒い肌。レイシュと色だけは同じ、鋭く切れ上がったアンバーの瞳。

 上半身の筋肉の付き方から、それなりに鍛えられた肉体を持つことが窺える。

 確かに、暗い森の中で出会ったら、間違えるかもしれねぇな。

 現実逃避のように、場違いな事がグレンの頭を過ぎる。


「今、レイシュの話にあったグレンだ。……一応、魔の森って所でレイシュを保護した者だ」


 鋭い眼差しがグレンをねめつけ、少しだけ圧が減る。


『……それは。礼を言おう。それで何だ。邪魔をするな』

「いや、その、……レイシュ、は興奮していると思うし、ここ2週間一緒に過ごしていたから、話は俺が、出来るかと。聞きたいこともあるしな、」

『……』


 このままレイシュに喋らせておくと、今日がヒューゴの命日になりかねない。

 流石にそれは阻止せねばならなかった。


「あのね! グレンが拾ってくれたから森も怖くなかったの! ダーカ見えてる? グレンはね、ほら、おっきくて黒くて、眼は碧くていっこなんだけど、ダーカににてるでしょ! だからだいじょぶなの!」

『! そうか。それなら安心だな。じゃあレイシュは少し待っていてくれるか? グレン、と話がしたい』

「うん!」


 思いがけなくレイシュからの援護射撃も入り、なんとか、ダーカと呼ばれる男と対話をすることになったのだが。

 コトは初っ端からつまづいた。


「貴様に名を呼ぶ許可を出した覚えはない。そして飼い主とはなんだ? レイシュは俺の眷属だ。不愉快な奴め。言葉に気を付けないと殺すぞ」

「す、すまない。なんと呼べばいい?」

『神だ』


 意味が解らなかった。

 神と言うのは、あの神の事だろうか? 神殿の奴らがが祈っていたりする?

 しかし、相手はこちらの混乱を意に介することも無く、あまつさえ苛立ちを募らせていっていた。

 まずい。ヒューゴだけではなく、グレンの命日にもなりかねない。

 必死でここ2週間の出来事を語り、相手からの情報も引き出そうと会話を続けていけば、次から次へと出てくるのはとんでもない事実だった。

 まず、レイシュが誰かと共にいてはぐれたのではなく、最初から一匹、いや一人で魔の森にいたのだという事。

 男がいう事が本当ならば、神の力を分け与えられた眷属、すなわちレイシュも神の一柱だという事……見習い以下の成りたてらしいが。

 そもそもレイシュを呼んだのが、グレン達の方、というかこの国らしいという事。

 なにより聞き捨てならなかったのが、呼ばれたレイシュが、何かの悪意に晒されたせいで護符が反応し、守るために一人魔の森に飛ばされる羽目になったかもしれないという事だ。

 一介の冒険者風情が得て良い情報では無いだろうに、かといってどこに持ち込めばいい案件なのかもわからない。

 きっと、何事も無く呼ばれていたならば、レイシュはグレンと出会う事も無く、別の場所へ辿り着いていたのだろう。

 事が大きすぎて何を考えていいかもわからず、思わず壁と同化する程後ろまで逃げたヒューゴの方を見る。

 奴も奴で普段のヘラヘラとした態度は鳴りを潜め、深刻な表情で聴き入っていた。

 だというのに。


『今度はこちらだ。貴様はこの2週間、共にいてレイシュを守っていたらしいから褒めてやる。それで、レイシュに手を出した変質者とは? 呪い殺すから名を吐け』


 聞きたいことが一息ついたのか、自称神サマはまた過保護を拗らせて物騒な事を言い出した。鳴りを潜めていた殺気がぶり返し、中てられたヒューゴが背後で倒れ込む音がする。


「!!! ち、っ違うんだ、その、ヒュー、いや、こいつ、魔術師は、レイシュが人型になるために尽力して! その際にちょっと、研究熱心な奴だから、熱が入って……! 不埒な事は、決して! していないんだ! なっ、そうだろレイシュ?! 石を渡されただけだよな?!」


 レイシュは根が単純だから、こちらの言った事以上の答えは返さない。最後に聞かれた事にだけ反応し、返事をするだろう確率にかけて、祈るようにグレンは石の如何のみを問うた。


『……おい、レイシュ。こいつの言う事は本当か?』

「うん! いっぱいキラキラの石わたされて、せいまりょく? がたまったら、変化できたんだよ! ケータイも動くようになったの!」

『……そうか。それならよかった』


 小さな神は願いを聞き届けたらしい。

 これに懲りて、ヒューゴには少しでも大人しくなってほしいものである。








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