無自覚フェネックは知る 1
『レイシュッ!!!』
「ダーカぁ!!!」
『無事でいるよな! 怪我もしていないな!? 変質者に捕まっていないだろうな?!』
ケータイのスピーカーから、久し振りに聴く大好きな声が怒涛の如くに流れ出す。
小さな画面いっぱいに映る、心配げにひそめられた鋭い瞳も、なにも変わっていない。
嬉しくて嬉しくて懐かしくて、なのに寂しさと悲しみが一気に押し寄せてきて、意識する間もなくレイシュは瞳からぼろっと大粒の涙を溢れさせた。
「う……うわぁぁーーん! ダーカ! ダーカぁ! 会いたいよう! 抱っこしてよぉ! いい子だって褒めてよぉ!」
『レイシュ……レイシュ、一人でよく頑張ったな。良い子だ、レイシュ、泣くな。大丈夫だから』
「うぇっ、……ヒック、ぼくえらい?」
『ああ。偉いし、強い。知らないところに飛ばされて怖かっただろう? さすが俺のレイシュだ。良い子だな』
画面の中で、ダーカの顔がふわりと解ける。いつも、膝にのせて褒めてくれていた時の顔だ。
「ふわぁーーん……ッ、ふぇっ、……っく、うんっ!」
『ところで……本当に無事なんだな? 危害は加えられることはあり得ないが、何か…』
「う、んッ。あのね、グレンがたすけてくれたのっ。森であってね、ずっといっしょで、それで、あーれんはお菓子くれてね、ハンスは耳がしまえてなくて、でもボールくれたんだよ! ヒューゴはちょっと、へんしつしゃで、だけど、ませき? っていうのくれて、あ。ぼくいままで人になれなくて、あとけーたいが、」
『待て。変質者だと? よし殺す。……というかレイシュ。お前今どういった状況にいる? 人に成れなかった……?』
優しい表情で話を聞いてくれていたダーカの顔つきが強張った。ぽたぽた盛大に涙と鼻水を流しながら、うん? と首をかしげたとき。
「あー……、ちょっと、いいか」
『! 誰だ貴様』
一生懸命ケータイに話しかけていたレイシュに、近付く者がいた。
唖然と立ち竦んで、今の今まであり得ない一部始終を目撃していたグレンである。
「今、レイシュの話にあったグレンだ。……一応、魔の森って所でレイシュを保護した者だ」
おそるおそるといった様子で、レイシュが持っていたケータイに話しかけるグレンに、少しだけ通話口を向けてあげる。スピーカーだから、渡す必要は無いのだ。
なぜか、顔色を悪くしてすごい勢いで後ろに下がっていったヒューゴに首をかしげるが、意識はすぐにダーカに戻る。
『……それは。礼を言おう。それで何だ。邪魔をするな』
「いや、その、……レイシュ、は興奮していると思うし、ここ2週間一緒に過ごしていたから、話は俺が、出来るかと。聞きたいこともあるしな、」
『……』
「あのね! グレンが拾ってくれたから森も怖くなかったの! ダーカ見えてる? グレンはね、ほら、おっきくて黒くて、眼は碧くていっこなんだけど、ダーカににてるでしょ! だからだいじょぶなの!」
『! そうか。それなら安心だな。じゃあレイシュは少し待っていてくれるか? グレン、と話がしたい』
「うん!」
レイシュはにこにことグレンを見上げる。大好きなダーカと、ここで仲良くなったグレンとが画面越しとはいえ話をするのが、なんだか好きなものを自慢するようでとても嬉しい。
「あっと、……まず最初に確認なんだが、あんた……ダーカがレイシュの飼い主で間違いないんだな?」
「貴様に名を呼ぶ許可を出した覚えはない。そして飼い主とはなんだ? レイシュは俺の眷属だ。不愉快な奴め。言葉に気を付けないと殺すぞ」
「す、すまない。なんと呼べばいい?」
『神だ』
「……は? なんて?」
『貴様、耳がおかしいのか? だから神だと言っている。もしくは稲荷だ』
「か……神サマ? ……マジモンの……?」
『まともに話一つ出来ないなら引っ込んでいろ。おい、レイ、』
「か、神サマ! レイシュは、神の……け、眷属なんだな。魔獣ではなく」
『魔獣だと?! 貴様、耳だけではなく眼もおかしいらしいな。あんなに愛らしい存在を魔獣だなどと』
「いやっ、そうじゃないんだ! ここでは……レイシュみたいな魔力を持つ存在は、まとめて魔獣と呼んでいるだけだ! レイシュは可愛い! 本当だ! 俺も心からそう思う!」
『……ふん』
「えーとだな、その、神の眷属たるレイシュを魔の森に放置したのは、あんた……神サマの意志じゃなかったって事でいいんだな?」
『俺の意志でレイシュを手放す訳がないだろうが。魔の森とはなんだ。それと、先ほどレイシュが人型になれなかったと言っていたな。今まで獣型だったのか』
「ああ。……魔の森は、文字通り魔素に溢れた、狂暴な魔物が多くいる場所だ。レイシュくらいの体力値・魔力値しかない奴がいたら、普通はひとたまりもない」
『なんだと! なぜそんな場所に……!』
「いや、危険では無かったと思う。多分、神サマが作った護符? のようなものが、魔物を寄せ付けなかった。俺も恩恵をあずかったから確かだ。そして見つけた時から今の今まで、レイシュは幼獣の姿だった。こっちが本当の姿なのか?」
『……少なくとも俺の前から姿を消した時には人型だった。……となると、力を捕捉しづらかったのも、人型になれるだけの量が無かったからか……?』
「そっちの事情はわからねぇが、一匹であの森に来るはずがねぇから、はぐれたんだと思って飼い主……いや、最初はそう思ってたんだ、今はちゃんと解っている! そう、一緒に来たはずの奴を探してやろうと、行動を共にしていた。それで今、知り合いの、あー……魔術師の所で、レイシュの足りてなかった? 魔力を聖魔石で補充して、この、会話ができる魔道具が動き出したところだったんだ。その際に、いきなりレイシュは人型に変わって驚いた」
『ふん……そちらで言うところの魔力、が人型に足る量に達したんだろう。もともとレイシュは俺の力を分けているし容量も詰め込んでいる。だが神の力が無ければ変化は出来ない』
「その、神の力……は、なんでレイシュから消えちまったんだ?」
『俺が知るか。……と言いたいところだが。貴様らがレイシュを呼び出したんだろう。助けてくれと祈って。おおかたそちらに取られたな』
「!? な、なんだと?」
『貴様らの世界が祈ったから、天部が神を遣わす許可を出した。だがふざけた手違いで神の力を得て1年も経っていないレイシュが呼び出された。……もしかしたら、悪意を感じたか何かの拍子に魔除けが働き、俺の力だけが取られ、もとの獣だったレイシュだけを弾いて逃がしたか』
「! なんで、呼び出されたんだ……?」
『だから、俺が知るか。レイシュに渡したのは治癒の力だ。どうせその力を欲したんだろ』
「……そんな、……ことが……本当に……」
『今度はこちらだ。貴様はこの2週間、共にいてレイシュを守っていたらしいから褒めてやる。それで、レイシュに手を出した変質者とは? 呪い殺すから名を吐け』
「!!! ち、っ違うんだ、その、ヒュー、いや、こいつ、魔術師は、レイシュが人型になるために尽力して! その際にちょっと、研究熱心な奴だから、熱が入って……! 不埒な事は、決して! していないんだ! なっ、そうだろレイシュ?! 石を渡されただけだよな?!」
『……おい、レイシュ。こいつの言う事は本当か?』
小さな画面の中、話して動くダーカを見てご機嫌だったレイシュは、急に視線が向けられて話しかけられ、大きな声でいい子の返事をした。
視線の隅で祈る様なしぐさをするグレンと、こちらも地面に跪き土下座しているヒューゴは目に入っていない。
「うん! いっぱいキラキラの石わたされて、せいまりょく? がたまったら、変化できたんだよ! ケータイも動くようになったの!」
『……そうか。それならよかった』
ヒューゴ・ネイサン(36)は、この日、たった一匹の幼獣の一言によってもたらされた危機を、同じ幼獣の発した台詞によって救われ、辛くも寿命が尽きることを回避したのだった。
その後、ちょっとだけ研究以外に対する態度を改めたとかなんとか。




