うっかりフェネックはバレる 5 side H
「まずは、どの属性が必要なのかを探る」
『キュフー?』
テーブルに置かれた魔石一杯の箱を挟んで、グレンの連れてきた幼獣と対面しているヒューゴ・ネイサンは、ここ数年のうちで最も神経が高ぶっていたと言っても過言では無かった。
1週間前に昔なじみから鳥が届いて、人探しを頼みたいなどと伝言を受けた時は、人付き合いの薄い男がどういう風の吹き回しかと訝しんだものだったが。
姿変えの術を解いたら現れた、見たことの無い魔獣、その魔獣の持ち物の魔道具達は、学術都市中の文献を頭にしまい込んでいるヒューゴですら知らない物ばかりで。
10年ほど昔、目の前の男に着いて詰まらない王宮を飛び出してからこちら、退屈したことがないと思ってはいたが、今回はまた飛び切りの物を持ってきてくれたもんだと内心感謝しきりである。
「いいか獣、お前がどういった属性を帯びているかまず調べるからな、片っ端から魔石に触っていけ」
『キューン』
「おい、ちょっと待て」
グレンの膝から飛び降りてくる獣を横目に、ゴトゴトと魔石を取り出して、早速カーペットが敷かれた床に色別で並べていくヒューゴに向かって声がかかった。
「ヒューゴお前、俺が頼んだ事忘れてねぇか? この魔道具を調べろとは言ってないぞ、飼い主を捜してくれと頼んだはずだが? お得意の探査魔法はどうしたよ」
「はぁ。これだから剣を振り回すだけの筋肉は……。目の前に手掛かりがあるんだから、調べないでどうしろと言うんだ! この魔術具が動けば、足跡を辿れる何かがあるかもしれないだろう!」
「未知の魔道具を弄りたいだけじゃなくてか? それがどんな働きをするかも解んねぇのに?」
「だからこそだ馬鹿め。探査魔法は、そもそも相手の情報があって初めて正確に追えるんだ。駆け落ちした娘のハンカチしかり、戦場から消えた戦士の剣しかりだ。手掛かりが何もない状態で辿り着けると思うな」
「……そうかよ」
さもさもぶって声を張り上げながらもウキウキが隠し切れないヒューゴと、憮然とした表情のグレンの言い合いの傍ら、我関せずと手元の石を転がして遊ぶ幼獣は、まぁ可愛いと思う。手触りも極上だった。
ただ、ヒューゴの中では研究の方が重要度が上だっただけである。とはいえ対象がこの毛玉に関してだから、結局興味の全てが同じ方向を向いていると言えなくも無いが。
魔術具の解析が終わったら、言った通りにちゃんと人探しに着手してやる予定だ。ただ、それがいつになるかは不明なだけだ。
一度言い負かしてしまえばしばらくは突っかかってこないグレンを放っておいて、ヒューゴは獣に向き直った。
「魔道具は魔石を組み込む場合と、人が持つ魔力を注ぐ場合と2通りのやり方がある。この魔道具にはどう見ても魔石を入れる場所がないからな、お前の持つ魔力をそそがねばならん」
『キュウ』
「いいか、自分の魔力の性質と同じ魔石があればわかるはずだ。それを集めろ。お前の魔力値はEしかないからな、実験に足りない分を補填して、」
「おい、ちょっと待て」
「だから煩いぞ! 実験と言ったが、これはちゃんと探査に必要な、」
「そうじゃない。今、魔力値がEと言ったか?」
「それがどうした」
「Fだった」
「はぁ? 何が」
「だから、魔の森でレイシュを鑑定した時、魔力値はFだったんだ」
「……何だと? 確かか?」
煩わしそうにグレンに返事をしていたヒューゴの顔が、その台詞を聞いた途端に引き締まる。
「確かだ。あの時はまだ、コイツが危険かどうかも解っていなかったからな。鑑定をかけた結果、体力値魔力値共にFだなんて、魔の森で良く生きてたなと思ったんだ」
「会ったのは、2週間ほど前だと言ったな」
「そうだ。こんな短時間で上がるものなのか?」
「いや。……魔力値の増加は、どんなに早くても人で数年。魔物でも最低1年は鍛え続けないと起こらない。そうでなく上がった場合は……」
「場合は?」
「もともと魔力値が多いものの、持っていた魔力が枯渇した場合のみだ。何らかの要素で急激に体内の魔素が減った時、身体に負担が掛からないよう、ゆっくり辺りの魔素を吸い込んで回復していくんだ」
「魔力の枯渇だと?」
「そもそも俺達が平素に魔力を使ったとき、回復用ポーションを飲む間に鑑定をしても、魔力値が落ちることなど滅多に無い。あれは1点ではなく振れ幅の指標だからな。第一、使い過ぎると無意識でストップがかかるから、それこそドンパチやっている戦場でもなければ、そこまで消費自体しないようになっているんだ」
「戦場……には居なかったと思うぞ」
「解っている! それ以外だと…魔石を作ったのかもしれない。極めてまれな症例だが、死んだ時以外でも魔石を作り、体外に出せるものも居なくはない」
「そんなことが出来るのか……」
驚きに目を見開いているグレンはこの際どうでもいい。ヒューゴは、湧き上がる興奮のまま、足元で魔石を転がし遊んでいるはずの幼獣を振り返った。
「おい獣! どれだけの量の魔石を取り込めるか……ッ……」
「……ヒューゴ?」
振り返ったままの姿勢で固まった魔術師に、訝し気なグレンの声がかかるが、それどころではなかった。
不思議そうに見上げてくる獣の、前足周辺に集められた石の色は、白。
それは、魔獣には持ち得ないはずの、聖の力を含んだ魔石だった。
◇
魔石は、魔獣や魔物が死んだ場合にその核や心臓が変質して出来るものとされているが、それ以外でもときおり発現した物を得ることが出来る。
それは主に自然環境下で作られ、例えば火山の周辺に魔素溜まりが出来れば火魔石、水場の側に魔素溜まりが出来れば水魔石、鉱山に魔素溜まりができた場合に土魔石などが取れる。
このなかでも特殊な発生条件の物が、聖魔石だ。
これは、そもそも発生した魔素溜まりを聖騎士が浄化で破壊した際、まれに形成されるのである。浄化の力が魔素を消すのではなく、変質させるほど強力だったときに作られると言われているが、意識的に出来るものでも無いので検証は難しい。
さて、そういった事実がある上で考えると、聖の力が魔獣や魔物と相いれないのはすんなり理解できる。動物に魔素が影響して変質し魔物となるのに、それを浄化出来る力をどう掛け合わせるというのか。
よって、聖魔力を有する魔物など、今まで発見されていないのだ。……が。
「……本当にその石なのか? 気に入った色を集めたとかではなく?」
『キャウン! キャン!』
むすっとした顔を横にプルプル振っている幼獣は、合っているとばかりに前足で石を叩いている。
にわかには信じがたいが、試してみるだけなら害は……ないのだろうか?試したことがないから解らん。
「おい、大丈夫なのか? あれは聖魔石だろう? 魔獣に触らせても…」
「大丈夫だ」
多分。
すっかり過保護が板についているらしいグレンを振り切って、ヒューゴは獣の前に膝を付いてしゃがみ込んだ。
集められた石の中で、一番小さい物を選び出して正面に置いてやる。
「この魔石に触れたまま、石の力を吸い出すように念じてみろ。本当に同じ属性なら、体内の魔力と引き合って魔石から力が移る。石が透明になれば移った証拠だ」
『キュン!』
解ったと言いたげに一声吠えて、ポフリと両足で魔石に乗り上げた獣を、固唾を飲んで見守る。
『フキュン……?』
「出来たか!」
大した時間もかからずにそろそろと前足を持ち上げ、覗き込むしぐさは愛らしかったと思うが、今はどうでも良い。石の状態が知りたくて、ヒューゴは強引にモフッとした片足を引っ張り魔石を取り上げた。
『キャヒン!?』
「おいヒューゴッ!」
「凄いぞ!!!」
二方向から上がった抗議の声も耳を素通りするぐらいに、ヒューゴの精神は高揚していた。人生で一番の興奮具合と言っていいかもしれない。
ヒューゴの手の中にある魔石は、どこから見ても、ちゃんと透明になっていた。
 




