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死にかけフェネックは出会う 2 side D

少し短め。

 


 その日、ダーカが珍しくも杜の入口まで来たのは、ただの気まぐれゆえだった。

 早朝の澄んだ空気の中、境内の掃除を済ませるのは、ダーカがこの神社に居つくようになってからわりとすぐに始めた長年の日課だ。

 たいして広くも無い参道などを一通り掃き清め、手水に落ちた木の葉を取り除き、剪定をサボりがちな木々が、冬の寒さが明けて芽吹き始めた様を立ち止まって見ていた時に、ふと。

 なぜか似ても似つかぬ遠い故郷の匂いが、ほんの微かに鼻先を過ぎった、気がしたのだ。


「……こんな朝っぱらから、旅行者でも来やがったかァ? ……にしては、なにか……」


 この神社はそもそもが人間に認知されにくくなっており、そうでなくても軽くハイキングレベルの高台にあるため、近隣住人に存在を知られていても、立ち寄ろうとする者は基本的にいない。

 別にダーカが何かしたわけでは無く、元から()()()()()()なのだ。多くは無いが各地に存在する、人間世界の枠組みを借りた()のようなもの。常世との中継点と言った方が解りやすいか。

 管理を手伝う特殊な血筋の者以外は、ほんのときおり、波長の合う人間が迷い込んでしまう事もあるが、本人はただ寂れた神社に踏み入ってしまったとしか思わず、そうそうに立ち去るだけである。

 人間よりも感覚の鋭い動物達は逆に、鋭いがゆえに有らざるモノの気配を嗅ぎ取って、立ち入ることは無いはずなのだが。

 異国の血を感じさせる、浅黒く精悍な顔つきに嵌まった琥珀の眼を眇め、ダーカは違和感の出どころを探るように首を巡らせた。杜の方だ。

 うっすらとだが感じる気配に、何かがいるのは確実なようだった。そしてどうやら立ち去る様子も無い。


「ずいぶん小せぇ気配だし……動物か? ほっといてもいいんだが……」


 どうにも気にかかる。

 溜息をついて、ダーカは手に持っていた竹箒を適当な木に立て掛けた。一目見て満足したら、掃除の続きは戻ってからすればいいだろう。代わり映えのない毎日の、ちょっとした暇つぶしにでもなるかと、その時はまだ軽く考えていた。

 ぶるりと一つ頭を振れば、長身の男の姿は忽然と消え、代わりに一匹の大きな黒狐が現れた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ダーカは、息をするように軽々と変化をすることが出来る。

 もちろん、完璧な人間姿で場からでることも容易いので、他の神社に引き込もり気味な眷属達と違って、コンビニなんかも行き放題だ。


『これで走った方が速いしな』


 万が一の際は威嚇にも使える姿を、ダーカは割と気に入っていた。

 長年日本にいるうちに風呂に入る事を覚えた為、いつ見ても毛並みが艶々なところも自慢である。

 体裁が整えばいいだろうとばかりに神社は小作りなくせして、不釣り合いに広大な鎮守の杜を駆け抜ければ、進むほどに強くなっていく臭いに眉根がよる。

 最初に感じた気になる匂いが薄れ、代わりにここでは無い場所の土、獣の血、饐えた生ごみの臭いが鼻につく。


『どういうこった……』


 走るスピードを上げて、鳥居からは大きく外れた方向へと向かう。正規の入口である鳥居からの侵入ではないという事は、よほど波長が合ったのか。

 考えを巡らせながら足を進めた先、木々の隙間からチラチラと住宅街が見え出した。じき、杜の端だ。


『……あそこか』


 ダーカが足を止めたのは、住宅街からほんの1本分、杜に入ったあたりだった。異臭のもとは、その1本分である椎の木の根元に落ちていた。

 静かに近寄ってみれば、ソレは酷い有様だった。

 人型のダーカが片手で掴めてしまえそうな、やせ細った小さな獣。白かったのだろう毛並みは、嗅ぎ付けた臭いの通り血と泥とゴミにまみれ、まるでボロ雑巾である。


『……猫? ……いや、そうか。コイツは……』


 思わず零した声に反応したのか、獣の頭よりも大きな耳がピクリと揺れた。閉じられていた瞳がうっすらと開く。緩慢に彷徨っていた視線が、ダーカのそれと絡んだ。

 遥か昔。仲間とヤンチャをしていた故郷のそばの砂漠には、こんな動物が確かに生息していた。特徴的な耳を持ち、小さな身体で砂の上を走る様が愛らしいと、たっぷりした被毛の柔らかさは絶品だと、人間達が愛玩していたのを思い出す。

 フェネック、だったか。

 この国の神となった時から、故郷の地は踏んでいない。それなりに楽しく過ごしているから帰る気も特に無かったけれど。郷愁を感じさせる存在を、このまま捨て置くのも忍びない。なんたって、同郷である上に広義で言えば同種でもあるのだから。


『落ちてるんだから、拾った俺のモンだろ』


 再び眼を閉じ動かなくなった獣を揺れないように咥え、住処に向かって走り出す。

 帰ったらまずは腹ごしらえと、可能ならば風呂だ。固形物は受け付けるだろうか?子供の食える物などあっただろうか。綺麗にしたら傷も治さなくては。同じ狐としてこの傷んだ毛並みは許せない。治療と同時に毛繕いをすべきだな。

 小さな獣の事で頭をいっぱいにするダーカはすでに、途中だった掃除のことなど忘れ去っていた。

 これが、拾われフェネック――――レイシュと、ダーカの出会いの顛末だった。






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