うっかりフェネックはバレる 4
『もぉー。この人なんなのぉ……』
レイシュは、途切れることのない質問に、すでに辟易としていた。
グレン達とは違って、あまり弾力もなく座り心地の悪い膝の上に縫い留められたまま、どれほどの時間が経ったのか。
ときおり正面に座ったグレンが、申し訳なさそうな顔でお菓子を差し出してくるので、かろうじて我慢していられるようなものだ。
気持ちいいところを撫でてくれるでもなく、ずっとレイシュの尻尾をグシャグシャし続けるのもいただけない。
「この筒はなんだ。保冷と……保温の術がかかっているな。水筒か。この口元の構造は良いな」
『マイボトルだよー』
「これは護符か? 短い魔術文字が縫われているな……ずいぶん高度に術が編み込まれている。俺でも作れない」
『ダーカが作ってくれたんだよ、あたりまでしょ!』
「これは? 外装にある魔術文字もなんだ。これもまったく読めん。ここを開けるのか? 紙、いや布か? ……まさか手拭きか!」
『ぬれテッシュだってば』
「この丸薬はなんだ。この薄っぺらな銀の包みは? この透明な部分は何で出来ている?」
『えと、たしか痛み止め……』
「この軽い素材の瓶……ポーションか? いや、怪我特化の……? 包帯も伸縮性があって使い勝手が良さそうだ」
『……』
「おい、ヘタるな。答えろ。これは飴か。子供騙しな菓子など……いやまてよ、ここまでの品でこれだけ普通なはずがないな。食ってみるか」
『?! なにするの! やめて、たべないでよぉ!』
「なんだ、煩いぞ。……おぉ、これは中々……こっちは味が違うのか、どれ……」
『ひどい! ちょっとしかのこってないのにぃ……!』
「おい、大人気無さ過ぎだろ。流石に食いモン取り上げるのはやめてやれよ」
あんまりである。
とっとと抜け出したいが、細いわりにとんでもない力で腹を押さえられており、もがいても何をしても膝から降りられない。あといいかげん尻尾を離してほしい。
グレンがおろおろしながらお菓子を差し出してくれるけれど、残念ながらお腹はもういっぱいだ。
「おい獣、お前の主人はとんでもないな。これはどうやって作った? どうすれば動く?」
『ぼくのあいぼう……じゅうでんが切れちゃってうごかないのー……メールも、ダーカのしゃしんも見れない……』
「なんだ? 解らん! おいグレン、こいつはなんで凹んでるんだ?」
「んん? ……ああ、それか」
もぞもぞしている間に、大事なケータイがへんしつしゃに取られていた。真っ暗な画面しか映さなくなってしまったけれど、それでも大切なレイシュの相棒。
「俺も何かは知らん。ただ、レイシュが一番大事にしている魔道具なのは間違いないんだ。魔の森にいるときから時々いじってたのは知っていたんだが、少し前から使えなくなったみたいでな。悲しそうに眺めるだけでどうにも……」
『こわさないでよね、らんぼうにしたら、ぼくおこるもん……』
ハラハラしながら見上げていると、ストラップを持って揺らしたり引っくり返したり、キッズケータイを捏ねくり回していた男が顔を上げ、グレンを見た。つられてレイシュもグレンを見る。
「あん? 魔道具なら魔石を突っ込めば動くんじゃねーのか?」
「……あ」
正面に座っていたグレンの、いっこだけの眼がまん丸に見開かれる。
「魔道具が動かなくなる理由なんて、魔石切れに決まってんじゃねぇか。お前、何年冒険者業やってんだよ」
「い、いや……見た事もない魔道具だったのと使い道が不明なことで、すっかり失念していた……そうか、魔石切れだったのか……」
頭を抱えだしたグレンをしり目に、男がレイシュを腕に抱えたまま立ち上がった。
『こんどはなに?! はくせいなの?!』
「おい、暴れんな。魔石取ってくるだけだ……グレン、落ち込んでないでこいつちょっと持ってろ」
「……はぁ」
ボールでも投げるようにレイシュを投げだし、男が部屋を出て行った。
やっと戻ってこれた嗅ぎ慣れた匂いと落ち着く体温に、レイシュは力いっぱい頬を擦り付ける。
わしわしと少し強めな力で、頭から背中までを撫でてくれる手が心地いい。
『もー、あの人やだよぅ、グレン、いっぱいなでてよぉー』
「あー。災難だったな。ヒューゴも悪い奴ではないんだ。頭がちょっとおかしいだけで」
『しっぽも! しっぽもちゃんと梳いてー。もー、ぐしゃぐしゃだよぅ』
「あん? ……ああ、尻尾か。うわ、縺れてんな。……つーかあいつ、本題は人探しだって忘れてねぇか?」
しばらくの間、お互い癒しあうように紅茶を飲ませてもらったり撫でたり甘えたりしていると、どたどた足音を立てながら、男が戻ってきてしまった。手には1メートル四方はある箱を担いでいる。
平穏な時間は終わりだ。
「どれが合うか、必要量も魔石の種類も解らんから、色々持ってきた」
「うわ、お前、よくこんなに貯め込んでるな……でけぇ魔石……」
「魔術師の持ち物なんてこんなモンだろ」
『なぁにー? うわ、キラキラがいっぱいある!』
茶器をよけたテーブルの上に、どすりと置かれた大きな箱の中には、様々なサイズのカラフルな石が溢れかえっていた。
「なんだ? この獣は魔石を知らないのか?」
「まぁ、知らないかもな。そういえば解体しているところを見せたことも無い」
「随分甘やかしているな」
レイシュがグレンの膝の上から、身を乗り出して箱をのぞき込んでいると、ヒューゴの呆れたような声がする。
触ろうと前足を伸ばしたところに、目の前に赤く光る石が突き出された。
「いいか獣、これが魔石だ。魔獣や魔物が死ぬと体内に作られる。生命活動が途絶えた事で、核や心臓に魔素が集まることで出来ると言われている。お前も死ねば、体内にこれが作られるんだ」
『ませきー。ぼくももってるのかー』
「呼吸をすることで体外にある魔素を取り込んでいたものが、供給源を絶たれてしまい、必要としていた心臓が体のあちこちに散っている魔素を急激に引き寄せるんだ。だが、体内にある魔素には限りがある。それでもなお吸おうとする力で魔素が圧縮され、魔石状態になるんだ」
『まそが勝手にあつまるの?』
「その生成過程は魔素溜まりが出来る過程と酷似している。あれも、近くの魔素を吸収して出来ているからな」
『ほへぇー』
「そしてこの魔石は、生きていた頃の魔力がどういった質を帯びていたかで種類が変わってくる。水魔法が得意なマーマンなら水の魔石。土魔法が得意なトレントなら土の魔石。火炎を得意とするサラマンダーなら火の魔石という具合にな」
『この赤いのは火のませきー?』
「魔物の大きさで作られるサイズも変わってくる。そこらに跳ねているスライムを倒しても、爪の先に満たない魔石しか取れん」
『ふむふむー』
「が、どんな小さな魔石でも使い道はある。魔術を行使する際の補助や、魔道具の動力源とするのだ。もちろん魔術を使う際は大きくて質の良いものが望ましいが、一般人が生活を送るうえで使う魔道具に、そんな大層な物は必要とされないからな。火を着けるだけ、水を出すだけ、木を切るだけ……それであれば、スライムの魔石で事足りる」
『なるほどぉ』
「だが、」
『ん?』
レイシュの反応も気にせず一頻り話続けていたヒューゴの口が止まった。
聞き飽きているグレンは、とっくにソファに背を投げ出して、面倒くさそうに腕組みをしている。
「お前の魔道具は、その見た目からどんな用途か解らないばかりか、どれほどの魔石を食うかも解らん。取り扱いも不明だからな。協力してもらうぞ、獣」




