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うっかりフェネックはバレる 2

 

「よし、いい感じに薄汚れたな」

『うー……おふろはいりたいよぉ……』

「不満そうな顔するなよ。街に入ったらちゃんと洗ってやっから」

『お水だけはやめてね、ちゃんとあったかいのでね』

「何言ってっか解らねぇが、ちっとだけ大人しくしとけ。門兵に怪しまれるなよ」

『わかったよぅ』


 レイシュがはっちゃけて走り抜けたせいか、当初1週間ほどを予定していた旅程は、5日に短縮されてドゥーベに到着することとなった。

 今は、数十人ほどいる人々の列について、巨大な跳ね橋に続く石門の前に並んでいる所である。

 遠くに城郭都市の広がった壁を捉えたあたりで、グレンに捕獲されたレイシュは再び布鞄の住犬となっていた。

 今回はマントの下に隠されずに、ちゃんとペットとして門兵に顔を見せ、不信感を持たれないようにするらしい。

 周りにいる人間達の中には、ハンスがそうだったように獣の耳や尻尾を残した者だったり、全部が獣の姿のままで2足歩行している者もちらほら混じっている。

 それを見たレイシュは、ちょっとばかり自慢げな表情だ。


『あ! みて! あのひともみみが出てる! うふふ、()()()()がヘタなんだねぇ』


 レイシュは獣人の存在を知らないから、自分がダーカに力を貰った当初の事を思い出し、獣の部位が残ったままイコール力の扱いがうまくないのだと理解していた。


「こら、そろそろ俺達の番だぞ。静かにしてろ」

『はぁーい』

「おやおや、賢い仔だねぇ。ちいちゃいのに、ご主人様の言うこと聞いて偉いわねぇ」

「あ、いや、ハハハ……そうなんですよ、賢い仔で……」

「あらっ、薄汚れちゃってるけど可愛い子じゃない。これ食べるかしら? 干し棗、甘くて美味しいわよぉ」

『わぁい、くれるの? なぁに?』


 後ろに並んでいたおばちゃんに話しかけられて、しどろもどろになっているグレンを横目に、たった今言われた事も忘れて身を乗り出すレイシュである。

 前途は多難だ。




 ◇




「いいか、今度こそ!人に物を貰わない!着いていかない!大人しくしている!ちゃんと守れよ!」

『うぅー、がんばるけどぉ…』


 結局あの後、おばちゃんにドライフルーツで餌付けされ、言葉巧みに布鞄から出され、可愛い可愛いと撫でまわされている間に、気が付いたら私も私もと知らない人達に囲まれて、グレンと離されかけギャン泣きしたレイシュである。

 ちょっとした騒ぎになってしまい、何事かと門兵まで駆け付けて、ピイピイ泣いている幼獣はようやく保護されグレンの手に返されたのだ。

 今日もまた、宿屋に入ったそばからのお説教コースである。


「離しちまった俺も悪かったけどな、お前も簡単に食い物に釣られるな!」

『ごめんなさいー…』

「う…、くそ、もういい。次から気を付けてくれよ」

『うん…』

「あー。…レイシュ、水浴びするか?」

『するー!』


 ベッドの上でちんまりと肩を落とし耳をへたらせ、しょんぼり項垂れるレイシュを見て、怒りが続く者などいないのである。

 諦め混じりの溜息を一つ落として、グレンのお説教は解散となった。


「腹拵えしたら出かけるぞ」

『おでかけ?』

「人に会うんだ。ファッジにいる時に鳥を飛ばしておいた。話を聞いてくれるといいんだが」

『とりさん?』

「なんだ?…もしかして鳥の事か?大概の街には鳥屋ってのがあるんだ。本物の鳥じゃねぇぞ。連絡用の魔術具が置いてあってな、鳥屋で魔術式の刻印された紙を買って手紙と宛先を書いて魔術具に乗せると、書き込んだ場所まで手紙を飛ばしてくれんだよ。その際に手紙が鳥みてぇな形になるから、鳥って皆呼んでるんだ」

『へぇー。とりさんはすごいんだねぇ』

「紙の種類やなんかで相手に届く速さも金額も変わるから、自分で魔術具が作れる奴は、自作の鳥を作ったりもするがな」

『グレンは作れないのー?とりさん』

「なんか、馬鹿にされてねぇか俺」


 レイシュの言葉が解らないなりに、鳴き声やしぐさのニュアンスで言いたいことを理解出来るようになってきたグレンである。




 ◇




 しっかりとお湯で洗われ、フワフワの毛艶を取り戻したレイシュは、グレンに抱えられたままドゥーベの街を進んでいた。

 木とレンガが主だったファッジの街と違い、石畳に石壁で覆われた街並みもなかなかに興味深かった。


『あ、ほんやさんだ!』

『あれなぁに? きのぼうの絵がかかってる』

『あのおみせ、良い匂いがするよ!』

『あれもほんやさん?』

『くろいマントのひといっぱいいるねぇ』

『あそこ、なんかキラキラの石うってる!』

「……はぁ。まったく大人しくねぇな」


 見るからに手触りの良さそうな愛らしい仔犬が、キュンキュンと楽し気に甘鳴きしている姿は目立つ。

 方々から視線が飛んでくるが、自らも水浴びをして汚れたマントを脱ぎ、小ざっぱりした格好となったグレンに声をかけてくる者は居ない。

 学術都市と名高いだけあって、住人はひょろりとした青瓢箪ばかりで、いかにも冒険者といった風体のグレンは若干避けられ気味だった。

 レイシュは全く気にしていないが、傍目から見ればグレンは、服の上からでも解るほど鍛えられた体つきの、隻眼の強面なのだ。

 同じ冒険者同士でも見てくれだけで強者だと判断されることもある中、見るからに体力値も雲泥の差と解る相手に、目を付けられたくないと遠巻きになるのは必至である。


『あとどれくらいー?』

「なんだ、デザートか? 屋台で何か買うか?」

『ちがうよぉ。……ちがうけど、デザートかってもいいよ』


 そんな周りの空気など知らぬげに、1人と一匹は、しばしの散策を楽しむのだった。


 そして。


「……ここだ」

『ついたのー?』


 大通りから少しばかり入った、目立たない路地の突き当り。

 擦り切れたステッカーやポスター、広告などが雑多に貼られた壁に埋もれるように、そのドアは有った。


「いいか、ヒューゴ・ネイサンはハッキリ言って変人だ。能力はあるが。精神構造に若干問題がある。怒らせたら剥製行きだからな、気を付けて、大人しくしていろ」

『うぇー、わかったよぉ』


 神妙な顔をしたレイシュが頷いたのを確認し、グレンが獣の頭を模した青錆の浮いたノッカーを叩く……前に、内側からドアが開けられる。


「聞こえてんだよ、この脳筋馬鹿が」






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