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甘ったれフェネックは振り回す 5.5 side D

あの人は今。

 


 レイシュがいなくなった。


 目の前のちゃぶ台には、一口も食べられずに残されたタルト。

 レイシュが大好きな栗吉屋の菓子だから、美味いなと言いながら分け合うはずだった。

 自分の分を食べ終わっても、物欲しげにダーカのタルトを見るだろうから、それを見越して食いかけの半分を皿に乗せてやるはずだったのに。

 きっとそれを喜んで食って、でも最後の一口を、ちゃんとダーカにあーんしてくれるはずだったのだ。

 それなのに……


「どこの誰だか知らねェが……随分と舐めた真似してくれんじゃねェか」


 ダーカはすぐ傍で起きた突然の異変に、そしてそれに気付かずおめおめと眷属を奪われた自身に、はらわたが煮えくり返るほどの怒りを覚えた。

 神社の外では、晴れていた空に突如として暗雲が垂れ込め、バチバチと雷を孕み始めている。

 ダーカの感情が、如実に表れているのだ。

 唖然と立ち尽くしていたのは数分。深く呼吸をし、なんとか荒れ狂う気を抑え込んで、ドカリと板間に座り込み吊り上がった瞳を閉ざして意識を集中する。


「気配が追えない……っつー事は、この次元にいねェのか? まさか神界か?」


 レイシュには自分の力を分け与えているから、世界中のどこにいてもダーカには解るのだ。

 平時であれば。

 それが探れないという事は、それなりの何かに隔てられているという事を示す。

 念のために、レイシュに持たせているキッズケータイに電話をかけてみるが、当然のように応答はない。思わずスマートフォンを投げつけたくなるのを、寸でで堪える。


「……俺が眷属を持ったことを知って、ちょっかい出したか? いや、それならそうとわかる痕跡を残すはず……」


 世話を焼かれこれでもかと尽くされ溺愛されて、のほほんと過ごしていたレイシュは毛ほども知らないが、これでいてダーカは気性の荒い神だった。血祭りに上げた人間は千、いや万を下らない。

 そんな神が初めて眷属を持ち、しかも溺愛しているらしいという噂は、出入りする関係者、近くの神社に住む神達からあっという間に広がっていた。

 眷属が増えるというのは、神にしてみれば子供が生まれたようなもの。

 ここ数百年は死んだ人間が祀られる事もなく、また、眷属にしたいな、と思う存在を見つける事も稀だったため、神界は当然のごとくお祭り騒ぎだった。

 レイシュがごく少数との関わりのみで静かに過ごせていたのは、来たら消す、とダーカが早々に脅しをかけていたおかげで、有象無象が押しかけてこれなかっただけである。


「……面倒だが、連絡を取ってみるか」


 スマートフォンをもう一度持ち直して、とある番号を呼び出し掛ける。

 今時、精神感応(テレパシー)なんて気を遣う方法で連絡を取りあう者は少ない。神界には、面白がって文明の利器を使う派が多いのだ。

 数度のコールの後に、相手の甘ったるく艶めかしい声がひびく。


『あらぁ、久しぶりじゃなぁい。貴方が連絡してくるなんて、珍しいこと』

「……俺の眷属を取られた。心当たりは無いか」


 無駄話をする気はないので、挨拶もせずに本題のみを伝える。

 機械の向こうで、数舜黙ったのちに、幾分かふてぶてしさと仄かな苛立ちの色を足した返答がきた。


『今噂の、子狐ちゃんのことかしらぁ。貴方の眷属に手を出したと言うのなら、()()()()()()()()()()()()()ねぇ。……少しお待ちなさいな。すぐに調べてきてあげるわぁ』


 言うだけ言って、今度はこちらの答えも聞かず、プツリと通話が終えられた。


「……はぁ」


 相変わらず、妙に気疲れする相手である。静かになったスマートフォンを眺めつつ、崩した胡坐に肘をつく。

 気が遠くなるくらい年を食ってはいるが、衰え知らずの美貌と熟れた体つきで、各地に信奉者を増やしている人なので、任せておけば何がしかの情報を引っ張ってくるはずだ。

 大丈夫だと自分に言い聞かせ、一つ大きく息を吐いて平常心に戻る。 

 次にダーカがしなくてはいけない事は、大泣きして帰ってくるだろうレイシュの為に、とっておきの菓子を余るほど用意しておくことだ。

 あの甘ったれで泣き虫で食い意地の張った幼獣は、美味いものさえ与えておけば、たいていの事を忘れ機嫌が良くなるのは経験則で知っている。

 ダーカは、レイシュの無事だけは疑っていなかった。自分の練り上げた力を注いだ、ある種分身のようなものであるから、よほどの事が無ければ害することなど出来ないのだ。

 そこへきて更に、ダーカ自らが一針一針刺した厄除けの御守りも持たせている。あれは大抵の悪意を弾き、レイシュを守るように作っているので、危険自体が避けて通る代物だった。


「なんとかして、キッズケータイだけでも使えるようになれば……」


 未練がましく手の中のスマートフォンを見下ろす。

 声が聴ければ。顔が見えれば。ここまで落ち着かない気持ちも無くなるというのに。

 アレにはちょっとした細工がしてあった。力の有り余っているダーカだからこそ出来る、他愛のないお遊びだが。

 キッズケータイの取り扱いに慣れたら教えてやって、びっくりさせてやろうと思って黙っていたのだ。


「教えてやる前にいなくなっちまいやがって」


 もう一度だけため息をついて、ダーカは立ち上がった。

 季節外れにも盛大に降り出した雷雨を、なんとか治めに行かなくてはいけなかったので。






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