転生モブ令嬢の能力には、キラキラ光るエフェクトが必要不可欠でした。
子ども頃に見た夢。
そのせいで異性に対して異常に恐怖を感じるようになってしまった。いわゆる『男性恐怖症』だ。
同年代の男の子であっても触れられれば、冷や汗をかくし、大人の男の人だと気持ちが悪くなる。
それは周りの子どもたちが大人に近づくにつれ、年々、酷くなっていく。
小学校三年生の春。
都会から少し離れた片田舎に都会のど真ん中から引っ越した私は、転校初日に恋をした。
引っ越し先であるアパートの近くの一軒家に住む彼は背が高くて優しい少年だった。都会から来た私をまるで珍獣を見るかのように接する男の子たちの中で、彼だけはちゃんと私自身を見てくれた。
不思議なことに、何故か、彼だけには冷や汗もかかず、気持ちが悪くなることもなかった。
大好きだった。
けれど、周りに冷やかされるのが嫌で素っ気ない態度をとってしまった。いつの間にか、彼との間には埋められない距離が出来てしまっていた。
最初の一年以外は中学卒業までずっと同じクラスになることはなく、そのうち、接点もなくなった。
少しでも側にいたくて、彼が受験した高校に近い学校を選んだ。
通学途中に見かける彼に気が付いて欲しくて。
こんなに目立たない私が気付いてもらえるはずもないのに。
告白されることもあった。
その度に、気持ちが悪くなった。
異性にそういう対象として見られていることが、耐えられなかった。何とか、その場を切り抜けて、トイレに駆け込み、吐いた。
そのうち、告白される状況や雰囲気が分かるようになり、事前に回避できるようになった。
ある日、高校からの帰り道。
自転車で坂道を下っていると、目の前を仔猫が横切った。避けようとバランスを崩した私は勢い良く茂みに突っ込んだ。
そして、そのまま意識を失った。
目覚めたら見慣れない森の中だった。周りの木々や草木がやけに高く見える。
私の身体が縮んでいた。
手足は、ぷにぷにしており、小さい。まるで――子どもの手のようだ。
いや、子どもだった。
私は――子爵家の一人娘で、今は5歳なのだ。
私、ヴァイオレット・オルセウスは、とある能力を持つ転生者である。
本来、死ぬ予定ではないところで死んでしまったようで女神様から転生させていただいた。
その際、一つ能力を授けてくださるということで授かったのが『異性が自分に対してどう思っているかを読む能力』だった。
それなら『人の心を読む能力』の方が良かったのではないかと思ったのだが、それはそれで常に疲れそうだ。だから、自分に対してだけの、しかも異性という限定的なこの能力の方が都合はいいのかもしれない。
ただ、私は『男性恐怖症』だったのだ。
それは今の私も変わらない。これがどういうことを意味するのか、お分かりいただけるだろうか?
「これはオルセウス子爵殿。こちらがお嬢様かい?可愛らしいね」
(もう少し大人になれば、良い女になりそうだ。妾にしてやっても良いな)
――うぇぇ。キモチワルイ。子どもに対して何という感情を持っているんだ。……ヤバい。このままここにいると吐きそう。
「ヴィー、顔が真っ青じゃないか! 大丈夫か?」
(この子は……いつもこうだ。すぐに具合が悪くなる。社交には向いていないな。まったく、使えない子だ)
「おとうさま。きぶんがすぐれないので、やすんできます」
「ああ。そうすると良い」
(早く部屋へ戻れ)
私は急ぎ足で部屋へ戻る。
そして、全て吐き出した。
毎回、毎回、この繰り返し。
――女神様は何故、私にこの能力を与えたのだろう? 5歳の私に、何でこんな試練を与えるのか。前世で何か悪いことでもしたのかな? 自分では気が付かないような、悪いことを。
ある日。
両親と私の三人で馬車に乗り、少し立派なお屋敷にやってきた。ここは遠縁の伯爵家らしい。
「いらっしゃい。よく来たね」
ニコニコと微笑む伯爵と夫人。そして、その後ろに隠れるように一人の男の子がいた。
「さぁ、ご挨拶しなさい。お前と同じ歳のご令嬢だよ。ヴァイオレットっていうんだ」
(見てごらん。可愛らしいご令嬢だよ? 仲良くなれるといいね)
なんて優しいお父様なんだろう。穏やかな微笑みも、心の中の声も、温かくて優しい。
私は泣きそうになった。私が今にも泣きそうな顔をしているのに気が付き、不快に思った父の心の声が聞こえてくる。
(何だ。また具合が悪いのか。遠縁とはいえ、伯爵家まで来て、面倒をかけるなんて。本当に厄介な娘だ)
私は俯いた。
すると、私の視線の先にキラキラと輝く綺麗な靴が目に入ってきた。ふと顔を上げると、キラキラと輝く綺麗な顔があった。
「はじめまして。ぼくはメリル・カーティス」
ドキリと胸が鳴った。
でも……この人は――
「は、はじめまして。わたくしはヴァイオレット・オルセウスともうします」
「ヴァイオレット……ヴィーってよんでもいい?」
「えっ?」
「ぼくのことはメルでいいよ」
にこっと笑う5歳児は、あまりにも完璧すぎる作法で私の手を取った。
「いこう! あちらでいっしょにあそぼう!」
メルに手を引かれたまま母を見上げるとにっこりと微笑み、『いってらっしゃい』と送り出された。
「あらあら。もう仲良くなったのね」
「本当に。子どもは可愛いわぁ」
私たちは手を繋いだまま、庭園へと歩いていく。
この子は……何で偽っているのだろう。
――本当は『女の子』なのに。
この子から心の声が聞こえない。
それはこの子が男の子じゃなくて、女の子だからだ。なのに、自分のことを『僕』と言い、男の子の格好をしている。家の事情で、どうしても秘匿する理由があるのだろうか。
「ねぇ」
不意に声をかけられた。
「ヴィーはすぐにぐあいがわるくなっちゃうの?」
「え?」
「さっき、とってもぐあいがわるそうだったから」
私は小さくコクリと頷いた。
「ぼくがまもってあげるよ」
「え?」
「きみのこと、ぼくがまもってあげる」
「わ、わたしも……あなたをまもるわ」
「え?」
あなたの秘密は、私が護ってあげる。あなたに出会って、何故か心が救われた。
男の子の格好をした不思議な女の子。
その日からメルは私の親友になった。
伯爵家の方々は使用人も含めて、皆、心が綺麗で優しかった。だから、とても居心地が良かった。
週に一度はメルの屋敷へ遊びに行く。いつもキラキラしていて綺麗なメルは私の特別だ。
メルも私のことを特別だといつも言ってくれる。
家柄の差もあり、なかなか一緒に茶会などに出られないが、一緒の時は必ず二人でくっついていた。
私たちは、10歳になっていた。
ある日の茶会で、若い男が私に声をかけてきた。
背中や肩を触る手の感触。聞こえてくる卑猥な心の声。
ずっとメルに護られていて、忘れていた。
――この恐怖を。
私は震え、酷い吐き気と眩暈に襲われた。
我慢できず、その場で戻しそうになった瞬間――
「ヴァイオレット!」
私を覆い隠すように、メルが現れた。私の吐き気と眩暈は収まった。
周囲の視線が気になり、辺りを見回す。皆、何事もなかったかのように、談笑したり、お茶や菓子を食べている。目の前の若い男も、突然、割って入ったメルにジロリと視線を向けるだけ。
「申し訳ありません。彼女は体調が悪いようなので僕が連れていきますね。失礼します」
そう声をかけて、メルは私をその男から引き離した。私はメルに手を引かれたまま、首を傾げる。
だって私は――今、確かに吐いたのだ。
メルに隠して貰ったが、絶対に口から出ていた。
でも、メルには掛かっていないし、どこも汚れていない。――おかしい。
「メル……」
「……うん」
「聞きたいことがあるわ」
「……うん。分かってるよ」
花壇に囲まれた人気のないガゼボまで来ると、二人並んで腰掛ける。
「何で汚れてないの?」
「僕が能力を使ったから」
「能力?」
「うん。僕には『色々なものを綺麗にする能力』があるんだ」
「……そうなんだ」
「護るって、約束したでしょ?」
「え?」
「ヴィーのことは、僕が護るって約束したでしょ」
「うん」
「今日は遅くなっちゃって、ごめんね」
私は、ぶんぶんと首を振った。メルは私の頭に手を置いた。
メルと目が合う。情けないように眉尻を下げて、苦笑いしている。
「そんなに首を振ったら、痛くなっちゃうよ」
メルは、どこまでも私に優しい。
――何でそんなに優しいの?
私たちは両親に呼ばれるまで、そのガゼボで肩を寄せ合い、うたた寝していた。
~・~・~・~
月日は流れ、16歳になり、いよいよ王立学園へと通う日が近づいてきた、ある日。
子爵家のご令嬢が集まる茶会に参加していた。
子爵家同士、交流を広げようと同じ歳の娘を持つ親たちは頻繁に茶会を開き、娘同士の交流をさせていた。今日は6人で集まっている。
――えっと、それで……何でこんな話になっているんだっけ?
『あと数日で王立学園に通うことになるね』という話から、何だか変な話題になっていた。
「あの……先程から攻略対象とか転生者とかって、聞こえるけど、一体、何のこと? 皆さん、何の話をしていらっしゃるの?」
「あれ? ヴィオちゃん、御存知ないの?」
「この世界はゲームの中の世界なのよ」
「え……? ゲームって……何?」
「ヴィオちゃんも転生者なのでしょう? 『真実の愛を花束にして君に』っていう、乙男ゲームの世界なのよ」
「え? 何それ? 乙女ゲームじゃなくて……オトメン?」
「攻略対象の令嬢方以外は皆、転生者よ?」
――はい? 理解が追い付かないよ?
「えぇ? ヴィオちゃん、知らなかったの?」
「うん……」
「そっかぁ。じゃあ、教えてあげるね! 私が転生する時、担当の神様が仰ってたの。高校生で死んでしまった若い子どもたちに、可哀想だから別の人生を経験させてあげようということで、転生させて、この世界に集めたみたい。だから、ここの転生者は高校生とか大学生くらいで死んじゃった若い人たちなのよ」
――え……なに、それ?
「だから……ヴィオちゃんも、そうだったんじゃないの?」
「ねぇ! 貴女、出身どちら?」
「私はね、青森ー!」
「私はね、栃木!」
「ねぇねぇ、地方とかだと、方言直すの大変だったよねー!」
「「「「わかるぅ!!」」」」
「まぁスタート5歳からだったから、何とか教育し直して貰えたし、この世界のマナーとかもイチから学べたから良かったよね!」
「「「「ホントよねぇ」」」」
――ええ?
「あの……皆さんは、前世での名前とか覚えているのですか? 私全然、思い出せなくて」
「あ~それね。私の神様が言ってたんだけど。前世での知り合いに会うとバグが生じる可能性があるんだって。だから、前世での名前は封じるって言ってたよ」
――そうなんだ。
「それよりも! もうすぐゲームスタートよね!」
「え? そうなの?」
「そうなの! 王立学園がゲームの舞台なのよ! 本当に乙女ゲームの男子版って感じなの」
「主人公は誰なの?」
「それは、もちろん王子よ! 王子!!」
「どちらにしても、私たちはモブだから、遠巻きに楽しむのよー!」
「「「「楽しみ~!!!」」」」
――モブ、ね。
「ねぇねぇ主人公の王子も転生者だよね? どんな学生だったのかな? 性格良いと思う??」
「私たちの身分じゃ、まだ直接は会ったこともないものね」
「お茶会でチラッと御目にかかっただけよね」
「外見はやっぱりイケメンだったよね!」
「でもさ、各ご令嬢の婚約者たちも、やっぱり格好良かったよね!」
「そうなの! さすが、恋のライバルよね! 私、あの騎士団長のご子息がタイプだわ!」
「私はね! あの宰相様のご子息! ああ……でも最年少で魔術師団の一員に特例で配属された御方もとても良かったわぁ!」
「貴女、クールで賢いタイプがお好みなのね」
「ふふふ~」
私が会話に入れずにいると、隣の席のエリー嬢がにこっと笑って言った。
「あ、でもヴィオちゃんにはメリル様がいらっしゃるものね!」
――え?
「だって、凄く大切にされてるもの~」
「キラキラしてて、お美しいし、しかも、伯爵だなんて。もう言うこと無しじゃない! 将来、伯爵夫人なんて本当に――」
「「「「「羨ましい~!!!」」」」」
「ほら! 噂をすれば、お迎えよ!!」
相変わらずのキラキラを身に纏い、優雅な足取りでこちらに近づいてきたメルに皆が視線を向ける。
「ヴィー。そろそろ帰るよ? 皆さん、お先に失礼しますね」
「「「「「はい~」」」」」
綺麗なメルに皆が見惚れる。メルはサラリと私の手を取ると、立たせてくれた。流れるような所作に皆の目はハートになっている。
だけど……皆は、知らない。彼は――本当は、彼女だってことを。
大丈夫。あなたの真実を知っても、私はずっと側にいる。
あなたが私を助けてくれるように。私もあなたを助けてあげたい。護ると約束し合ったから。
それに――私が伯爵夫人になることはない。
婚約者でもないし、メルは私と結婚など、出来るはずがない。きっと伯爵様は表向きには養子をとるだろう。そして、メルと内々に結婚させるのだ。
そうなったら、私は――メルとは会えなくなる。
きっと。
でも、それまでは、私がメルを護る。絶対に。
――そう誓ったのに。
王立学園に入学した。学園は、私には地獄と同じだった。異性の数が多すぎる。
相手の目に私が入れば、必ず『声』が聞こえる。
(あんな令嬢いたか? 庇護欲をくすぐるよな)
(儚げで可愛らしい令嬢だな。どこの家かな)
(隣にいるのは、カーティス伯爵子息か……手を出しにくいな)
無意識にぎゅっと胸を抑える。隣を歩くメルが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「ヴィー? 大丈夫?」
「うん。大丈夫……」
「無理しないでよ?」
「分かってる。メルは心配性だね」
「ヴィーは、すぐに無理するから」
「そういうメルだって、最近、声がガラガラじゃない。風邪引いたの? 疲れてるんじゃない?」
「大丈夫だよ」
メルはムッと口を尖らせた。
「ヴィーに心配されるなんて、何だか癪だな」
「何よ? それ?」
そういえば、メルにも確認したいことがあった。例の茶会で令嬢達が言っていた。攻略対象以外は、皆、転生者だ、と。
――ということは、メルも転生者なのでは?
しかも、私と同じで能力を持っている。確認したかったが、今まで話すチャンスがなかった。
「ねぇ、メル」
「ん?」
「メルは、転生者なの?」
「――え? 何、それ?」
「分からないの?」
「……うん」
「そっかぁ。ならいい」
――それって……メルは攻略対象ってこと? え、ちょっと待って。それって、それって……ええ!! メルが王子に攻略されるってコト!? ひっ、ひぇぇ~っ。どうしよう。でも、メルも女の子として幸せになって欲しいし……よしっ! 大親友の幸せのためなら! もし王子が接近してきたら、ちゃんと協力しよう!
私が鼻息を荒くしていると、眉間にシワを寄せたメルが緩く睨み付けてきた。
「ねぇ、ヴィー。何か企んでるでしょ?」
「なぁんにも?」
ニヤけてしまう顔を抑えながら答えると、メルは『はぁ』と一つ、大きな息を吐き出した。
「いいよ。ヴィーが具合悪くないなら」
そういって、私の頭をポンポンと撫でた。
――あれ? メルって、こんな背高かったっけ?
いつの間にか少し見上げるくらいに身長差が出来ていた。スラリとしたメルは昔の可愛らしさよりも今は、男の子としての格好良さの方が勝っていた。
――メルが男の子だったら、良かったのに。
私は心の中でそっと呟いた。
同じクラスになったエリー嬢から、ゲームの内容を詳しく聞き出す。
主人公の名前はウィルフレッド・エスタンシア。
このエスタンシア王国の第一王子だ。
攻略対象は公爵令嬢、侯爵令嬢、伯爵令嬢、平民出身の男爵令嬢、聖女。そして、隠しキャラ。
彼女はゲーム自体をやったことがないそうで前世で幼馴染みの彼がやっているのを見たことがあるだけだと言っていた。
だから、ストーリーも、攻略方法も、隠しキャラが誰なのかも、知らないという。
「そもそも男の子向けだったからね。私はやりたいと思わなかったわ……多分、他の子たちも同じね」
「そっかぁ……」
「男の子に聞いてみたら? もしかしたら、経験者がいるかも」
「お、男の子……」
――私には、無理だ……
心の中の声は、私に対しての感情に限られるし、近くにいって聞いてみることも出来ない。
行き詰まってしまった。
もしかすると、隠しキャラがメルなのかも。伯爵令嬢は違う名前だった。
何だか、急に胸が苦しくなった。
私だけのメルが誰か他の人の側に行ってしまう。そんなことを考えたら、急に。
――嫉妬してるの? 王子に?
でも……王子がメルを選ぶとは限らない。対象はたくさんいる。しかも、メルは隠しキャラかもしれないのだ。攻略は難しいに決まってる。
どちらにしても、メルが幸せになってくれれば。
それだけでいい。
学園に通うようになって、しばらくしたある日。
「もう僕の近くにいてはいけないよ」
突然、メルから言われた。頭が真っ白になった。
「な、何で? メル……私、何かした?」
メルは苦しそうな顔をして、首を振った。
「ヴィーが悪いわけじゃないんだ。どちらかというと悪いのは、僕なんだよ」
「え? どういうこと?」
「とにかく。学園では、僕に近づかないで」
そう言い残して、メルが立ち去る。その言葉の意味を理解できず、私はその場に立ち尽くしていた。
――メルを護るって、誓ったのに。
「大丈夫?」
かけられた声に振り返ると、そこにはウィルフレッド王子がいた。
彼が近づくたび、呼吸が乱れていく。
――お願い……それ以上、近づかないで。
(顔色が悪い。具合が悪いのかな? 彼女は――)
王子の心の声が聞こえる。
――純粋に心配してくれている?
視界がぼやけ、少しずつ暗くなっていく。いつの間にか、私は気を失っていた。
目が覚めると、救護室のベッドの上だった。近くの椅子には、一人の青年が腰掛けている。
「やぁ。目が覚めたかな?」
「あ……ウィルフレッド第一王子殿下……」
「あ、いいよ。ウィルで。学園だし」
「いえ! 殿下に……お呼びできません」
(気を遣わなくていいのに)
――心から思っているのね。堅苦しいのは、嫌いなのかしら? あ。そうか! 彼も転生者なんだ。ゲームの内容は知っているのかな?
「君は――」
「私は、ヴァイオレット・オルセウスと申します。この度は殿下に助けていただき、なんと御礼を申し上げればよいか……」
「いいよ。気にしないで」
(君が無事で良かった)
「でも何故、殿下が?」
「君があまりにもキラキラと輝いて見えたから……君と話してみたいと思ったんだ。ヴァイオレット」
「……え? 私と?」
――メルではなく?
あの時、直前までメルがいたのだ。キラキラしていたのはメルであって、私ではない。
――王子は勘違いをしているんだ!
「あの! 勘違いをしていらっしゃいます!」
「え?」
「キラキラしていたのは私ではないです」
「えっと……どういうこと?」
(確かに君がキラキラしてるのを見たんだけど)
「直前まで私と一緒にいたメリル様です」
「彼は――カーティス伯爵子息だね」
「はい」
「君は、彼と仲が良いの?」
(僕の攻略対象を狙うなんて。でも確か、彼はモブじゃなかったか?)
「……え?」
「彼とは、どういう関係なの?」
(彼女は確か――男性恐怖症だったよな。なのに、何で伯爵子息のモブなんかと一緒にいるんだよ?)
――なっ、何これ? 王子は何を言ってるの?
「ヴァイオレット。君は彼と仲が良いの?」
(やめて。それ以上、近づかないで……助けて。助けて! メル!!)
すると、突然、ガラリと扉が開いた。たった今、呼んだ名前の張本人が、肩で息をしている。
「第一王子殿下。僕のヴァイオレットが、お世話になりました」
「君の?」
「はい。ヴァイオレットは、僕の婚約者ですから」
「「え?」」
王子だけでなく、私まで変な声が出てしまった。
「殿下では、彼女の側にいることは出来ません」
「何?」
(何を言っている? 彼女は僕だけには平気なはずなんだ)
メルは私の側に来ると、耳元で囁いた。
「ごめんね。ちょっとだけ辛いかもしれないけど、後で僕が上手くやるから、我慢して?」
私は小さく首を捻り、にっこり笑うメルを怪訝な顔で見上げた。
「ではウィルフレッド殿下。ヴァイオレットに近づいていただけますか?」
私は目を見開いた。
――そんなことしたら、大惨事だ! 王子が✕✕まみれになるよ!!
(へぇ。僕に喧嘩を売ってるのかな? モブのなのに……まぁいいや。僕だけには大丈夫だってところを見せつけてあげればいいのかな?)
私は眉間に皺を寄せた。
――最悪だ。王子の心の声もだが、メルも!
王子が近づいてくる。私の身体から血の気が引き、震えるのが分かる。――ううっ。キモチワルイ。
王子が私の手をこの上ない笑顔で握った瞬間――
うぇぇぇーっ。(大惨事)
――と、すぐにキラキラが舞う。王子の身体も、私の身体も、キラキラに包まれる。
「ね。ヴァイオレットには、僕が必要なんです」
メルが幸せそうに、にっこりと微笑む。
王子は色々浴びたのがショックだったのか、放心状態だ。
私は俯いた。そして、震えた。
そう。怒りに震えた。
――何なんだ! 自分から近づくなって言っておいて。『ヴァイオレットには僕が必要』って。しかも、勝手に婚約者になってるし! そもそも、メルとは結婚出来ないでしょ!
私は黙って起き上がると、救護室を出た。慌てて追いかけてくるメルを無視する。
「待ってよ、ヴィー!」
メルが私の腕を掴む。
「離して」
「嫌だよ」
「学園で近づくなって言ったでしょ?」
「それは……」
口ごもるメルに私は振り返ると、彼のキラキラと輝く瞳を睨み付けた。
「メルには、分からないよ」
「何が?」
「私の気持ちなんて、メルには分からないよ!」
メルは悔しそうに唇を噛んだ。
「近づくなって言ったのは、僕のせいだって言ったでしょ?」
メルは私を真っ直ぐ見つめた。
「僕の能力が君をキラキラさせてしまうんだ」
「……え?」
「それで! 他の男たちがヴィーのこと、どんどん好きになっちゃうから、焦って……」
「……ええ?」
「婚約だって、ずっと話はあったんだけど。ヴィーにちゃんと僕から直接、言いたかったんだよ」
「えええ?」
「ヴァイオレット。僕の婚約者になってください」
「でっ、でも……メルは、女の子でしょ?」
「――はぁ?」
メルは大きくため息を吐くと、まるで納得したかのように呟いた。
「なるほどね。それでか。何か、いっつもおかしいなぁと思ってたんだよね!」
「へ? 何が?」
「ヴィーはさ、他の男には、拒否反応を起こしてたけど、僕だけは平気だっただろう?」
「うん」
「幼い時から一緒だったからだと思ってたんだけど何か違うなと思うことがよくあったんだよね。あぁ最悪だ。女友達だと思われていたのか!」
「違ってたの? え? メルは――男の子?」
「そうだよ! 脱ごうか?!」
「いやぁ!! 結構です!!」
私が手で顔を覆うと正面からメルが両手を掴む。顔を覆っていた手を外すと、じっと見つめられる。両手を掴まれて、動けない。
メルが男の子だと分かっても、大丈夫だった。
ゆっくりと、メルの顔が近づく。
私の額にメルの柔らかい唇がくっつく。
「……どう? 嫌じゃない?」
「……嫌……じゃない……」
「良かった」
ホッとした顔をするメルとは反対に、私の顔は真っ赤になっていった。
「でっ、でも……じゃあ、どうしてだろう?」
「何が?」
ふと、疑問に思った。
――何でメルの心の声は聞こえないんだろう? 男の子なのに。異性なのに?
「実はね、私にも能力があるの」
「え?」
「私の能力はね、『異性が自分に対してどう思っているかを読む能力』なの」
「何それ? え? それで、男性恐怖症に?」
「違うの。男性恐怖症は元々。でも追い討ちをかけるようにこの能力でしょ? 余計に酷くなったの」
「それは辛かったね……って、僕の心も読めてたってこと?」
「それが……メルの心が読めなかったから、女の子だと思ってたの」
「ああ! なるほどね。ということは、僕の能力が関係しているのかも」
「どういうこと?」
「僕の能力は、『色々なものを綺麗にしてしまう』だろう?」
「うん」
「多分、僕の考えていることや心の声もきっと綺麗になっちゃうんだよ」
「え?」
「浄化されちゃうの。だから、君には届かなかったんだよ」
「そうなの?」
「うん。もしヴィーが僕の心の声を聞いていたら、きっと、ぶっ倒れていただろうからね」
「ええっ、どんなヤバイこと考えてたの!?」
「教えて欲しいの? 教えてあげるよ?」
「いやぁ!! 全力で、遠慮します!!」
両手で耳を塞ぎかけるとメルがその手を抑える。
「でも……これで分かったね」
「何が?」
「君には僕が必要で、僕には君が必要ってこと」
さらっと言うと、にっこり笑った。私は、また顔が赤くなった。
「ねぇ、メル」
「何?」
「メルは何で能力が使えるの?」
「え?」
「私はね、転生者なの」
「ああ。前に僕にも聞いたよね」
「うん。転生する時に、女神様に貰った能力なの」
「ごめん、ヴィー。僕は一つ、君に嘘を吐いたよ」
「え?」
メルは目を伏せて言った。
「僕も転生者なんだ」
「やっぱり。そうだったんだ」
「うん。それでね、君は――攻略対象なんだよね」
「あ、王子の心の声を聞いたから、知ってるよ?」
「でも、君は不思議に思わなかった?」
「何を?」
「君が転生者なのが」
――へ? なんで?
理由が分からず、一度、首を捻る。
――あ、あーっ! そうだ! 攻略対象は転生者じゃないはずなのだ。……え? じゃあ、何で私は転生者なの?
「僕のせいなんだよね」
「どういうこと?」
「僕が前世での名前を封じられなかったから」
「え?」
「すみれちゃん」
「………」
「ずっと会いたかった」
「……海……くん?」
「うん」
「なっ、何で?」
「ずっと、後悔してた。自分の気持ちを君に伝えなかったこと」
「え……?」
「だから……君が死んで、追いかけて来ちゃった」
「何、やってるの……?」
「でも、今は後悔してない」
私は俯いて唇を噛んだ。泣きそうになった。
そんな私を彼は優しく抱き締めて耳元で囁いた。
「大好きだよ」
転生モブ令嬢の能力には、転生モブ子息の能力が、必要不可欠でした。
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