サイコロは爺ちゃんの宝物
「爺ちゃんそれなぁに?」
「これか?これは爺ちゃんの宝物だ。」
爺ちゃんが大事そうに持ってた小さな箱。
子供の俺にだけそっと見せてくれたそれは小さな透明のサイコロだった。
「サイコロ?これが宝物なの?」
「そうだ。爺ちゃんの宝物。」
「キレイだね〜。」
「二人の秘密だぞ?」
そう言った爺ちゃんは顔をクシャクシャにして笑ってたっけ。
……
ひと月前に爺ちゃんが亡くなった。
眠るように朝起きたら布団の中で…今にも起き出しそうな穏やかな顔だったそうだ。
東京に出て社会人として働いていた俺は母ちゃんから電話をもらい慌てて駆けつけた。
死に目には間に合わなかったがそれでもきちんとお別れ出来て良かった。
俺、爺ちゃん子だったからな。
葬儀やら諸々を終えて遺品整理をした時、母ちゃんが俺に聞いた。
「これ何が入ってるか知ってる?」
…あの小さな箱だった。
「あれ?これって爺ちゃんの…」
そこまで言いかけてやめた。
二人の秘密だったのを思い出したのだ。
「え、知ってるの?中身は?」
「あ〜金目の物ではないわ。それ俺が貰ってもいい?」
母ちゃんは怪訝そうな顔で俺を見たが嘘ではないと信じたらしい。
「え〜?まぁいいけど。なんでこんなの欲しいの?」
「男の約束なんだ。俺と爺ちゃんの。」
「約束?あ、そうなの。」
「そう。だから聞いてくれるな。」
「はいはい。じゃアンタにあげるわ。お爺ちゃんとの約束とやら守ってやんなさい。」
「さんきゅ。」
受け取った箱はあの頃よりずっと小さく感じた。
当たり前か、俺はすっかり大人だ。
爺ちゃんがあの時話してた。
「これはな、婆さんと結婚する時に買ったんだ。なんでか婆さんがとにかく綺麗なサイコロだって喜んでな。珍しく物を欲しがったもんだから買ってやったんだよ。」
「そうなんだ。婆ちゃんもそんなワガママ言うんだね。想像つかないや。」
可愛らしい婆ちゃんだが、大人しくてあまり自分の意見や考えを主張するタイプではなかった。
爺ちゃんが珍しいって言うんだからそうなんだろう。
その時した約束。
「カズキ。俺に何かあったらこれを婆さんに渡してくれないか?『ありがとう』って言ってたって伝えてやってくれ。」
「…うん。わかった。」
何かってなんだ?って複雑だったが俺は頷いた。
…トントン。
「婆ちゃん入るよ。」
「はい。カズキどうしたの?」
「これ爺ちゃんから『ありがとう』って。」
「えっ。これ…」
婆ちゃんの目にみるみる涙が溜まる。
「ありがとう。これで揃った。」
「お爺さんにね、最初で最後のワガママを言ったのがこのサイコロだったのよ。とっても綺麗なサイコロでお爺さんとお揃いで持っていたいな…って欲しくなってしまってね。いつもはそんなワガママ言ったりしないんだけど…買ってもらえて嬉しかった。でも、いつだったかお爺さんに聞いたら『無くした。』って言われてね。あぁ、もう揃うことはないのねって諦めてたの。」
「そうだったんだ。だから揃って嬉しかったんだね。」
「そうなのよ。カズキありがとう。私、凄く幸せよ。」
そう言って婆ちゃんは嬉しそうに笑った。