第1章~師団長会議~-1節:開会
~3月 某日~
帝国首都カイザポリスから南にある神聖イグレシア教国首都、イダイナ・イグレシア(以下、イグレシア)にて師団長会議が開催された。
「皆はそろっておるか。」
「ははっ。ですが、教皇、北方師団長 リンドウ がまだ到着しておりませぬ。待ちますか。」
「いや、かまわんのだ、東方師団長 ペラルゴニー よ。神による正義よりも自分の正義の方が大事らしいからな。わざと呼ばなかったのだ。」
「また何か小言を言われたのですか。」
「北方の民が困窮しているということだった。このイグレシアの周りの穀倉地帯があれば北方にも食料の供給ができるはずだと文句を言ってきたのじゃ。しかし、このあたりでとれた作物はイグレシアで消費するか貿易で他国に売ることになっておるから、北の要塞に回す余地などないのだよ。」
「なるほど。そういうことだったのですね。」
今回の師団長会議に参加しているのは、教皇と南方師団長を兼ねる ハイドレンジア・スタンレイ 、中央師団長 プリムラ・オブコニカ 、東方師団長 ペラルゴニー 、 西方師団長 カスミ・クシナダ の計4人である。
この会議に呼ばれなかったのはリンドウただ一人。教団史上、師団長会議ではやむなく参加できなかった人がいるのは数回あったが、会議の日程すら知らされることなく参加できなかった人がいたのは今回が初めてである。この異常事態を知るものは、北方師団長の街ノースフォートの住民と、師団長会議議員のみである。
リンドウを除く議員4名は全く異常だとは感じていないようではあったが…。
北方師団長リンドウ・バーンズは心優しい人であった。両親とは彼が12歳の時に死に別れた。両親とも、自分達が食べる分の食事までもリンドウに与えていた。死因は言うまでもなく栄養失調だった。
リンドウはそんな両親を見て、自分に両親を養えるだけの力があればと後悔したが、それ以上に我が子のために自らの命をささげようとした両親の考えに感動したのである。これからは僕が親の使命――大切な人のために人生を過ごすこと――を引き継いでいかなくては。リンドウの胸にはそんな決意が燃えていたのである。
18歳のとき、リンドウの住む北の町は神聖イグレシア教国の領土となった。
リンドウはその当時街の自警団に所属していたのだが、町にやってきた騎士団を見て、この町は私が守るのだ、とさらに決意を固めた。
その後すぐに教団の軍に志願し、順調に出世していった。もちろんこの街を最前線で守るためだ。リンドウは2年かけて、リンドウの街に新設された北方師団の団長に選ばれた。彼は、教会の援助によって発展したその街をノースフォートと命名し、街の更なる発展に着手した。
リンドウが22歳の時、ノースフォートの街を大飢饉が襲った。リンドウは決して自分だけが贅沢することなく、民の困窮を救うために動いた。だが、神は救いを与えない。この大飢饉は1年間続き、その中でリンドウは何回も師団長会議に、直接教皇に、食料の手配を頼んだが、教皇も教会も動こうとはしなかった。
結局、教会がノースフォートの支援を決定したのは飢饉からの回復のめどが立った1年後のことだった。リンドウは神を疑うようになった。
人口15万人の街で、餓死者は8万人にも及び、目立った戦争を経験していない教団の歴史の中で、最期の戦争を除き、最も死者数の大きい事件となった。
それから3年が経ち、また飢饉が起きようとしていた時に師団長会議の議決の報せが届いたのである。リンドウは自分だけ呼ばれなかったことに激怒し、また絶望もした。だが、現状では他の各方面師団に勝てるだけの戦力が用意できず、やむなく参戦を表明したのであった。
リンドウは両親の死を目の当たりにしたときと同じように、自分にもっと力があればこんなことにはならなかったかもしれないのに、と自分を責めていた。彼らが来る、あの日までは。
「リンドウがいないのなら、すぐに話は着きそうだね。」
「ええ、そうね、カスミ。でも、教皇陛下の御前でそんな不遜な口を聞いちゃだめよ。もっとおしとやかにおしゃべりなさい。」
「えへへ~。ごめんなさ~い。」
「まあ、今回の議論はリンドウを呼んでは全く話がつかないことでありましょうな。いったい誰が全会一致での可決をしなければならないとしたのでしょう。多数決ならこんなことはないのに。」
「あなた、今回の議題について何か知っていそうね。何を話すか教えなさいよ。」
「どうせすぐに始まるんだ。今言ったところで何が変わるでもないだろう。もう少し待て、プリムラ。」
教団内部では腐敗が進んでいる。教皇は金に目がくらみ、リンドウを除く師団長たちは自分の地位にふんぞり返り、民に圧制を強いる。彼らの周りには常に追従の笑みがついて回り、また血の香りのする取引なども気づいていないふりをして容認されている。
教団に、信徒はもういない。教皇や各師団長は信徒たちを治めているつもりなのかもしれないが、被統治者にとってみれば、主人と奴隷の関係に違いないのである。この見解の相違が、大きなズレが、後の3日間で終わった帝国の港湾都市侵攻戦、異例の速さで終結した教国最期の戦争につながるのである。
しかし、いま述べたように大きなズレであるにもかかわらず、今回の戦争を引き起こした張本人である教皇と以下3名はこうした民の怒り、リンドウの怒り、また他国から忍び寄る軍靴の音に全く気が付いていないのである。
「教皇陛下。我々の準備はできております。さあ、始めましょう。"われらの"会議を。」
そうペラルゴニーは教皇に開式を促す。ほかの二人の師団長も教皇の方を見て、あたかも餌を前にして待ちきれず涎を垂らす犬のような無邪気な顔で開式の辞を待つ。
「うむ。では、始めようか。"われらの"会議を。」
一息置いて、教皇は高らかに宣言する。
「これより、イグレシア教解放軍師団長会議の開催を宣言する!」
ヨーロッパ風の名前で始めてしまったので名付けに苦労しています。もし、考えてくださる方がいらっしゃったら感想にお願いいたします。<(_ _)> 2021/07/16