怪我をさせなくて良かったです
「この近くにダンジョンですか?」
「そうだよ。
見たところあんた達は腕に覚えがありそうだから行ってみたらどうだい?」
朝食を摂るために食堂に降りてきたカリス達は女将から興味深い話を聞かされていた。
何でもこの近くに龍の秘宝と呼ばれる程に強力な装備品が眠っているダンジョンがあるというのだ。
「おいカリス!
面白そうだから行ってみようぜ」
「遭遇する魔物に苦戦するようになってきましたからね。
ここで一気にパワーアップできるチャンスがあるのなら狙うべきです」
「先を急ぎたいけど、それで僕たちの実力が伴わなかったら本末転倒か。
よし、そのダンジョンに挑戦してみようか」
カリスの言葉にマリアとカリンは机の下で拳を合わせる。
彼女達が言った言葉に嘘は無かったが、本音としてはもう少しこの宿屋の世話になりたいと思っていたのだ。
近くのダンジョンを攻略するならば必ず拠点はここになるという目論見もあった。
「随分と面白そうな話をしているでは無いか。
われ……俺も行ってみたいのだが、女将よ。
どうであろう?」
「私たちも行ってみたいです!」
そこに新たに食堂に男女のペアが現れる。
褐色の肌に黒い鎧がよく似合う美青年と、動きやすそうな白い半袖の服の上に革鎧を着けた短パンを履いた何処となく気品を感じる女性。
突如現れたこの二人もダンジョン探索に名乗りを上げる。
「ああ、問題ないよ。
あんた達、良かったらこの二人を連れて行ってみないか?
実力はアタシが保証するよ」
「いきなり話に割り込んで済まないな。
この宿の護衛をしているデコバだ」
「あ、これは丁寧に。
カリスと言います。
……あれ?護衛が宿を離れていいのですか?」
「護衛と言っても魔物はほとんど近づかないからね。
街に買い出しに行くときに付き合ってもらってるだけさ」
女将が笑顔で了承しているので本当に問題はないようである。
「待ちな!
そこの旦那はともかくとして、その女も連れて行く気かい?」
「悪い事は言いませんのでここで大人しく待っていた方がいいですよ」
格好だけが冒険者のお嬢様というユディバがついてくることに異論を唱える二人。
厳しい意見に聞こえるかもしれないが、シャーリーを失った事が彼女達の傷になっているのだろう。
それはカリスも同じだったのだが……
「このひ……ユディバは俺よりも遥かに強くてタフだぞ。
舐めない方がいい」
とデコバが二人の意見を否定した。
「こんなお嬢ちゃんがアタイらより強いだって?
そっちこそ舐めるんじゃないよ!!」
「そう思うのであれば試してみたら良い……力自慢のようだから腕相撲でもやってみたらどうだ?」
「おもしれ〜やってやろうじゃないか!」
デコバの意見に右腕をぐるぐる回しながら近くにあったちょうど良い樽の上に右手を置くマリア。
「えっと……よろしくお願いします」
そのマリアと向かい合うように立ったユディバがその手を握る。
「ほっそい腕だねぇ……何なら両手使ってもいいんだよ」
「あ、片手で大丈夫です」
「ふん、後悔すんじゃないよ!」
そう言ったマリアはスタートの合図も聞かずに腕に力を込める。
こんな茶番はサッサと終わらせてダンジョンに行こうと考えたからだ。
しかし……腕は動かない。
彼女がどれだけ渾身の力を込めてもびくともしない。
顔を真っ赤にして力を込めるマリアに対してユディバは平然とした顔で佇んでいる。
「ユディバ、もうそろそろいいだろう」
「分かりました」
彼女はそう答えると腕に少しずつ力を入れてゆっくりとマリアの腕を倒していく。
そう……それは勢いよく叩きつけて腕を怪我しないようにという最大限の配慮がされて行動であった。
マリアの右手の甲が樽に触れ、勝負はユディバの圧勝で終わった。
「よくやったな、ユディバ!」
「えへへ〜ありがとうございます。
マリアさんも対戦ありがとうございました」
「あ……ああ。
アンタ……いや、ユディバの実力は本物だね。
疑って悪かったよ」
こうしてユディバが勝利した事で二人はカリス達との同行を認められる事になった。
5人に膨れ上がったカリス達のダンジョン攻略がいま始まる。




