可哀想なタードラゴン
シャーリーはタードラゴンの群れの前で軽く身体を動かす。
身体を伸ばして屈伸をし、軽くジャンプする……まるで今からジョギングを始めるくらいに気楽に彼女は群れの前に立ちはだかった。
先頭にいたタードラゴンがゴムで出来ているのではないかと疑いたくなるほどに首を伸ばして噛みつこうとしてくる。
その速度は目にも止まらぬほど……タードラゴンの鈍足に見慣れたものは反比例して早く感じる事だろう。
だが、シャーリーはその近づいてくる頭を下から思いっきり蹴り上げる。
顎を掬う形でヒットした蹴りの威力でタードラゴンの1匹はひっくり返る。
信じられないものを見ているような気分のジュリアンであったが、同時に彼はチャンスだと思った。
ひっくり返ったタードラゴンがリカバリーするまでには時間がかかる。
この隙に責めてしまえば1匹は倒せるだろうと。
だが、すぐに異変に気付く……ひっくり返ったタードラゴンがピクリとも動かないのだ。
普通、命の危機を感じたタードラゴンは何とか元の体勢に戻ろうとジタバタする筈だ。
しかし、それをせずに動かないと言うことは
「まさか……今の一撃で死んだのか?」
馬鹿らしい考えだと思った。
通常種だが自分達が高位の魔法を連発して倒していたタードラゴンを、下級魔術士が特製の杖で殴りかかっていって何とか倒していた魔物を蹴りの一撃で倒してしまった。
あまりの実力差と底の知れない雰囲気に気がついたジュリアンは知らずにガタガタと震えていた。
それは周りにいた隊員も同様だったのだろう。
自分達よりも遥かに強い者の暴力……それは彼らに原始的な恐怖を思い出させるに足りるものであった。
しかし、同時に彼らはシャーリーから目を逸らせなくなってしまう。
男なら誰もが一度は憧れる頂点……武の最強が目の前にあるからだ。
無事に帰れたなら絶対に弟子入りさせてもらおう。
ジュリアンをはじめとした上級魔術士達はそう決意した。
一方でシャーリーも戦いながら悩んでいた。
(うーん、甲羅は素材に使うから無傷で手に入れるとして……こいつら全部鍋にしても飽きちゃうよねぇ。
残りは別の食べ方でも……そうだ!)
「……焼こう」
ボソッと呟いたシャーリーの手から現れた炎の柱がタードラゴンに向かっていく。
「い、いけない!
魔法は反射される」
慌ててジュリアンが止めるが届かずに炎がタードラゴンに直撃する。
誰もが反射してこちらに飛んでくる炎を警戒する……が、その様子は全くない。
それもそうであろう……この炎は摩擦で生み出した炎を神速の拳の衝撃波で飛ばしただけの代物なのだから。
こうして残りのタードラゴンは全部が香ばしい匂いを漂わせて沈黙する。
1人の英雄を得た魔術士達は勝利に喜ぶ。
この一件で上級魔術士の信頼も得たシャーリーは更にギルド魔術士の強化計画を進めていくのであった。




