38.衝突
白いタキシードを着た男二人組。
一人は金髪、もう一人は茶髪でどちらも腰に剣をさげていた。
タキシードの二人組は店の中を歩き、そして俺たちのちょうど左後ろにあるテーブル席に腰かけた。
すぐ近くに座ったため、彼らの会話が聞こえてくる。
「んで、その時抱いた女がクソつまんねえ女でよぉ」
「おいおい、もうその話は何回もきいたぜ。無理やり襲ったら泣かれたんだろ?」
「いや、その時の女とはまた別でよ、今度のやつは一切声をあげなかったんだよ」
「あー……、一番つまんねえやつじゃねえかそれ」
白タキシードの二人組はニヤニヤと笑いながらそんな会話をしていた。
なんか、下衆な会話してんなぁ……。
こういうやつら苦手なんだよなぁ。
あんま関わらないでおこう……。
俺は左後ろにいるそいつらと目を合わせないようにじっと正面を向いた。
リタさんもタキシードの連中には目もくれずビールを飲んでいる。
その時、白タキシードの二人組の金髪の方が一際大きな声をあげた。
「おい、店主! ビール持ってこい! ビール!」
「……あいよ」
金髪の声を聞いたハイムさんは張りのない声で返事をし、厨房へと下がっていった。
ハイムさんの先ほどまでの元気がなくなっている。
ハイムさんの様子は、まるでこの白タキシードの連中を恐れているようだった。
ハイムさんだけじゃない。店内の人全員がそうだ。
店内にいる人全員が、まるで気を遣うかのように声の音量を落としている。
それどころか、そそくさと席を立って会計を済ませようとする客も数名見られた。
この白タキシードの連中は一体なんなんだ?
偉いやつらなのか?
リタさんに聞いてみよう。
「あの、リタさん……」
俺が小声でリタさんに声をかけた、その時だった。
「こんなところに可愛い姉ちゃんはっけ~ん」
白タキシードの金髪の方がリタさんの隣に座ってきた。
そして、あろうことか金髪男はリタさんの肩に手を回した。
は?
何やってんだこいつ。
しかしリタさんは特に抵抗することなく、じっと座っている。
「姉ちゃん可愛いね~。よかったら俺たちと一緒に飲もうぜぇ」
「……」
「あれ~? 無視しちゃうの~? ふーん、そんなことされたら俺悲しくなっちゃうなぁ」
当然のように俺のことは無視して、金髪男は会話を進めていく。
その様子を茶髪男もニヤニヤしながら見つめている。
こいつらムカつくなー。
リタさんも抵抗はしないがどうやら嫌がっているようだ。
その時、ハイムさんがビールを持ってカウンターに戻ってきた。
「お客さん。……彼女も嫌がってますからやめてあげてください」
ハイムさんは穏やかな口調で、そしてどこか怯えるようにそう言った。
「あ? 俺に指図してんの?」
金髪男がハイムさんを睨みつける。
するとハイムさんは苦い顔をして黙ってしまう。
嘘だろ?
あのハイムさんが何も言わないのか?
店でこんなことされたら普通怒るはずじゃないか?
しかも昔からの知人がこんな風に絡まれてたら絶対に助けるはずだ。
そうだろ。
そんなにこの白いタキシードの連中が怖いのか?
「おら、はやくビールよこせ」
「…………」
白タキシードの男に言われ、ハイムさんはビールを差し出す。
「ほら、姉ちゃん乾杯と行こうぜ」
金髪男が右手をリタさんの肩に回したままそんなことを言っている。
リタさんは抵抗こそしないが、しかし嫌がっているのは確かだ。
──クソ野郎が。
もう我慢できない。
目の前でこんなことされて見過ごせるわけがない。
「お前ら。いい加減にしろよ」
そう言いながら俺は席から立ち上がった。
白タキシード二人組は、そこで初めて俺のことを見た。
「彼女、嫌がってるだろ。今すぐその手をどけろ」
俺はリタさんの隣に座る二人を見下ろしながらそう言い放った。
「くくっ、何言ってんだお前」
金髪男はそう言ったあと、リタさんの身体をさらに抱き寄せた。
「なあ姉ちゃん、はやく乾杯といこうぜぇ」
金髪男は俺の言葉を完全に無視して、ニヤニヤと笑いながらリタさんに話しかける。
……ムカつくなぁまじで。
「おいッ!」
大きな声でそう言った。
語気が荒くなっているのが自分でもわかる。
すると金髪男は再度俺の方を向いた。
「さっきからうるせえなぁ」
金髪男は鬱陶しそうにそう呟く。
その時、ずっと黙っていたリタさんが口を開いた。
「ハルト。やめてくれ。……私はこれでいいんだ」
リタさんはまるで諭すような口調でそう呟く。
俺は一瞬固まってしまう。
なんでだ?
なんでそんなクソ野郎共の言いなりになり下がるんだ?
さっきからハイムさんも黙ったままだ。
おかしい。こんなの間違ってる。
「さあ、乾杯しましょ」
リタさんはそう言って、ジョッキを持って白タキシードたちの方を向く。
「おお、物分かりのいい女じゃねえか!」
リタさんは白服二人組とジョッキをぶつけ合った。
その様子を見ているとものすごく嫌な気持ちになる。
大きな力に屈服させられているときの気持ちだ。
こんなの絶対に間違ってる。
ただの理不尽でしかない。
力がある者が全てを手に入れる。名誉も金も。──そして女も。
その光景を見せつけられていた。
ふとギル・アルベルトの顔が頭に浮かぶ。
大きな力の前には、弱者は抗うことはできない。
そしてその大きな力は時に「理不尽な悪」になる。
この目の前の光景がそうだ、
俺は、そういう理不尽な悪を覆したくて強くなったのだ。
「おい、お前ら」
俺はリタさんの肩を抱く金髪男の肩に手を置いた。
「あん? なに触ってんだ?」
金髪男が俺の方を向いて、ギロリと睨みつけてくる。
俺は金髪男を睨み返した。
「調子に乗るなよ」
俺はそう呟き、右手を顔の高さまで上げた。
そして拳を握る。
こいつらをぶん殴ってやる。
それによって大きな権力を敵に回すことになろうと、それを全部まとめてぶん殴ってやる。
その時だった。
リタさんが椅子を倒しながら勢いよく立ち上がる。
「……やめろハルト」
リタさんは懇願するような表情で見つめてくる。
大丈夫。
リタさんに迷惑はかけないから。
全部俺が打ち砕くから。
「大丈夫ですよ」
そう言い放ち、拳を振り下ろそうとしたその時だった。
リタさんは俺の頬に平手打ちをした。
パンッ。
乾いた音のあとに、俺の頬にじんじんとした感覚が走る。
「やめろと言ってるのがわからないのかッ!」
リタさんは俺に対して怒鳴り声をあげた。
リタさんが鬼のような形相で怒っている。そしてその怒りは俺に向けられていた。
「お前は私たちの十年間を無駄にする気なのかッ!?」
リタさんが叫ぶ。
十年間? なんのことだ。
頬を叩かれたショックでうまく頭が回らない。
俺が唖然としていると、リタさんは白タキシードの男達の方に向き直った。
「……本当に申し訳ございません。無礼な態度をどうかお許しください」
そう言い、リタさんは膝と手を地面につく。そして最後に頭を地面につけた。
土下座だ。
リタさんは頭を地面につけた体勢のまま固まる。
……なにやってんだよリタさん。
……なんでそんなクソ野郎共に頭を下げてんだよ。
そんなことする必要ない。
「リタさん、そんなことしなくて──」
「黙れッ!」
俺がリタさんの顔を上げさせようとすると、リタさんは鋭い声で俺を制止した。
「……っ」
思わず俺は固まってしまう。
リタさんが頭を下げたまま、まるで時間が止まったかのような沈黙が流れた。
「……あーあ、なんか萎えたわ」
そう呟いたのは白タキシードの金髪男だ。
「行こうぜ」
そう言うと、白タキシード二人組は代金を支払うこともなく店を出ていった。
土下座したままの姿勢のリタさんと、呆然と立ち尽くす俺。店内にどこか気まずい静けさだけが残っていた。




