25.森にて
俺はユナをお姫様抱っこして、ひたすら走り続けていた。
足に力を込めて大地を蹴る。一歩。続けてまた一歩。
身体は自分が想像していたよりも数段速く、景色は緑の線となって流れていく。
馬車など比にならない速度が出ていた。
不本意ながら、ユナの言った通りだ。馬車に乗るより自分で走った方が遥かに速い……。
そうして走っていると、時々魔物に遭遇する。
俺の走る軌道上、数十メートル先に大型の熊の魔物が見えた。
ラッキー、素材発見。
俺はだんだんと減速し、魔物の前で足を止める。
突如目の前に現れた俺たちに驚いたのか、熊の魔物が目を見開いた。
「私に任せて」
そう言って、ユナが俺の腕からひょいと降りた。
次の瞬間。
ユナが目にもとまらぬ速さで魔物の胴体へと横一閃。
熊の魔物は血を吹き出し、倒れ、動かなくなる。
さすがユナだ。けっこう強そうな魔物だったのに一撃か。
「あーあ。黒龍のせいで剣の刃が欠けちゃってる……」
「そうなのか? いつも通りちゃんとぶった斬れてるけど……」
「んー。なんか違うのよ。そろそろ新しい剣が欲しいなぁ」
そう言ってユナは剣の刃を眺めつつ、納得いかない顔をしている。
新しい剣か。
金があればぜひとも買ってあげたいところだが、なにぶん今は金が無い。
しばらくはこうやって魔物を倒して素材を売って生活資金を貯めていかなければならないだろう。
ユナは「まあ仕方ないわね」と言って、倒れた魔物の牙と皮の素材をササっとはぎ取って、懐にしまい、俺の下へと戻ってくる。
そして「んっ」と言いながら腕を俺に伸ばして、お姫様抱っこを催促してくる。
お、おう……。可愛らしい仕草に思わずキュンときてしまった。
もう俺にお姫様抱っこされるのにも慣れてきたのかな。
「行くかぁ」
俺はユナを抱き上げて再び走り出す。
***
道中で何体か魔物に遭遇したが、特に苦戦することもなく全てササっと倒して進むことができた。
そしてしばらく走っていると、街が見えてきたので一旦そこに寄ることにした。
街の換金所で素材を売ると、18万Gものお金を手に入れることができた。これだけあれば二人で数週間は生きていくことができる。
そしてようやく適当な店で食事を済ます。その頃には時間も遅かったのでとりあえずこの街に泊まることにした。
一晩を過ごし、朝になればまた街を出発する。
そうやって街から街へと移動しながら、『ミライール王国』へ向かう。
三日ほどそんな生活が続き、ようやく『ミライール王国』の隣の森まで来ていた。
この森を抜ければ『ミライール王国』はすぐそこだ。
俺はいつも通りユナを抱えながら、木々を避けつつ、森を駆け抜けていく。
その時だった。
「うわぁーーー!」
遠くの方から悲鳴が聞こえた。
俺は足を止める。
ユナも俺の腕から離れた。
「聞こえたか今の?」
「うん、誰かの悲鳴ね」
「見に行くか」
俺とユナは悲鳴が聞こえてきた方へと方向転換し、走り出す。
かなり遠くの方から聞こえたが、俺の脚ならすぐに駆け付けられるはずだ。
どこだ。
周囲に目を凝らしつつ、森を疾走する。
「ハルト、右!」
ふとユナが大きな声をあげる。
右の方を見ると、そこにはかなり大きい蛇の魔物が見えた。体長三メートル以上はある。
そして。
その大蛇に今にも噛みつかれそうな男が地面に尻をついていた。
あ、やばそう。
俺は足に力を込めて、一気に身体を加速させた。
出せる限りの最大速度で。
周りの景色が一瞬霞む。
次の瞬間には俺の拳は大蛇をとらえていた。
パン!
快音と共に大蛇が跡形もなく消し飛ぶ。
危なかった。
なんとか男が大蛇に食べられる前に助けることができた。
「……え?」
尻もちをついていた男は、状況が飲み込めていないのか素っ頓狂な声をあげた。
けっこう若めの爽やかな男だ。歳は十八歳くらいだろうか。冒険者風の格好をしており、金色の髪を後ろで一つにくくっているのが特徴的だった。
「あんた本当速すぎ……」
少し遅れてユナが俺の隣へと駆け付けた。
「え、えっと……」
金髪の青年は尻もちをついたまま俺とユナの顔を交互に見ている。
「危ないところだったな、大丈夫か?」
俺はそう言いながら青年に手を差し伸べてやる。
「あ、ありがとうございます……」
青年は俺の手を取って立ち上がる。
握った青年の手は意外にもゴツゴツしていて硬かった。よく剣を振っている証拠だ。恐らくこの青年は剣士なのだろう。
「助けていただいたのですね……ありがたい」
青年はそう言うと、頭を下げた。
そして次の瞬間、青年はバッと顔をあげたかと思うと、自分の顔面を殴り始めた。
「くそ! くそ! 僕は未熟だ!」
そう叫びながら何度も何度も自分の顔面を殴る。
ん……? どうしたんだ……?
「こんなんじゃだめだろ! くそ!」
右頬、左頬、交互に自分の顔面をグーで殴り続ける。殴るたびにポニーテールが揺れ、さらに唇が切れて、血も流れだしてしまっていた。
大丈夫なのか……これ。
「なんか気持ち悪い……」
青年の奇行にユナがドン引いていた。
ユナさん……。気持ちはわかるけどもっと言葉をオブラートに包んであげて……。
「お、おい……そこらへんにしとけよ」
俺はそう言って青年を止めてみる。しかし、青年は止まらない。
「こんなんじゃだめなんです! 僕はもっと強くならないといけないのに!」
そう言って、さらに激しく自分を殴る。
…………なんかヤバい奴を助けちゃったな。




