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96 ローゼンベルデ王都


 大陸横断鉄道で六時間。

 車窓から珍しいものを見つけるたびに、「兄様! 兄様!」と袖を引くエリスがかわいすぎて死にそうになりつつ、なんとか無事ローゼンベルデ王都に降り立つ。


 発展度はアイオライト王都より少し上くらいだろうか。

 建ち並ぶ建物は大きく、設置されている街灯を見るだけでもその高い魔道具技術が見て取れる。


「しかし、どうして手紙にお返事を出さなかったのですか? そうすれば迎えの方が来てくれたと思いますが」


 エインズワースさんが首をかしげた。


「少しローゼンベルデの人に聞き込みをしておきたくてさ。利害関係の無い人の意見が一番間違いないから。あと、準備させずに突然行った方が見せたくなかったものも見える可能性があるし」

「なるほど、さすがのお考えです」

「それじゃ、早速聞き込み開始だ!」

「はい! やりますよ! 目立ちますよ!」


 張り切るエインズワースさんと共に聞き込みをする。


 王都の人の、ローゼンベルデ王家に対するイメージは大体事前に調べた情報の通りだった。


 国内で圧倒的な力を誇る魔術の名家。

 世界的に活躍する選手も多く、中には英雄的人気を誇る選手もいる。


 その筆頭が国内最高の選手と言われる『ローゼンベルデの至宝』、第二王子ヴィルヘルム・ローゼンベルデ。


 今回の王位継承戦もヴィルヘルムで事実上決まっていると見られていたが、二ヶ月前に選手生命にかかわる大怪我。

 結果、今回の王位継承戦が混迷を極めることになったという。


 変わって現在有力と見られているのは、三人。


 聖人と言われ人々の人望が厚い『人形師』、第一王子ベルクロード・ローゼンベルデ。


 個人能力の高さに加え、冷静な判断力が高く評価される『小さな魔法使い』、第三王子クレイン・ローゼンベルデ。


 十代にしてヴィルヘルムに次ぐ国内二位の実力者まで上り詰めた『破壊の魔女』、第十三王女イザベラ・ローゼンベルデ。


 そして、最注目と言われているのが、第一王子陣営に加わった『戦神』

 昨年の世界最優秀選手賞シャルムドール受賞者にして『史上最強の魔術師』と賞される、世界最高の選手フィーネ・シルヴァーストーン。


 まさか世界最高の選手まで来てるなんて。


「第十七王女についてはどうですか?」

「第十七王女?」


 駅員さんはきょとんとした顔をした。


「はい。ニナ・ローゼンベルデって名前だと思うんですけど」


 手紙の署名を確認しつつ言う僕に、駅員さんは困った顔で言う。


「いや、その方についてはよく知らないな。世間で話題になるのは衆目を集めるほど活躍している王子や王女だけだからね」

「ありがとうございます」


 活躍していない王女らしい。

 なんとなくそんな気はしていたけど。


 しかし、だからと言って僕には関係ない。

 大切なのは、強さではなくお金。

 僕は誰だろうとお金をくれる人には、全力で頭を地面にこすりつける覚悟を持って日々を生きている。


 ローゼンベルデ王家は、国内に五つの城、八つの宮殿、十七の別荘、六十の修道院を所有している。


 その中で一番大きいのが王都にあるアーネンエルベ宮殿。

 八十二の私室、百七のゲストルーム、百三十一のバスルーム。百九十五のオフィスを含む千以上の部屋を持つ大宮殿だ。


 森や湖まである広大な敷地内には、世界最大の魔術戦フィールド、アーネンエルベフィールドもあって、ここが王位継承戦の舞台になるらしい。


 差出人の住所もここだったので、第十七王女もここにいることは間違いない。


 巨大な門の前では、たくさんの人が誰かを迎えるみたいに整列していた。

 

「すごい人だね、兄様」


 もしかして僕待ちだったりするのかな?

 期待しつつ近づく。


「ん? なんだ貴様」


 全然相手にされなかった。

 かなしかった。


 どうやら、フィーネ・シルヴァーストーンをお迎えするための列らしい。

 さすが世界最高の選手。扱いが違う。


 気を取り直して、僕は脇にいた一人の警備員さんに声をかける。


「すいません。王位継承戦に招待されて来たんですけど」

「お待ちしておりました」


 清潔感ある装いの警備員さんは、執事のように恭しく一礼する。


「招待状を拝見してもよろしいでしょうか」

「お願いします」


 手紙を渡す。

 警備員さんは点検するみたいに真剣な目で視線を落とす。


「ニナ様が……?」


 警備員さんは一瞬目を大きく瞬かせた。

 予想外のことだったらしい。


「申し訳ありません。こちらの不手際です。この手紙は間違いで出されてしまったもの。ニナ様のものではありません」

「署名はたしかにありましたけど」

「ご足労いただいたのに、大変申し訳ありません。どうかご理解ください」


 有無を言わさない口調だった。

 何かある。

 直感的にそう思った。


「それはできませんね。僕は高収入で将来安泰な就職先――この国の王の座を手に入れないといけないので」

「お引き取りください」

「せめてニナ様とお話だけお願いしたいんですが」


 会話の中から突破口を探していたそのときだった。


「おい、何をしている」


 言ったのは、細身の長身に眼鏡の男だった。

 口調と態度、身につけた装身具からそれなりの地位にある人だと推測する。


「第二警備隊長。この者が偽の招待状を」

「偽の招待状?」

「はい。差出人がニナ様になっておりまして」

「……見せろ」


 第二警備隊長は手紙を見つめる。

 それから、言った。


「お通しする。開けてくれ」

「しかし、ニナ様を外部の者に会わせるのは。『欠陥姫』はローゼンベルデの恥――」

「お前、ローゼンベルデの姫を今愚弄したか?」

「……失礼しました。撤回します」

「この者は私が預かる。いいから門を開けろ」


 第二警備隊長は僕らに向き直って言う。


「大変失礼いたしました。ご案内いたします」


 先導されて敷地の中を歩く。

 整然と刈り揃えられた芝生と、咲き誇る真っ赤な薔薇。美しい噴水とモニュメント。


 広大な敷地の正門正面にあるアーネンエルベ宮殿を――しかし警備隊長さんは素通りした。


「ここじゃないんですか?」

「ニナ様は別邸に暮らしておられるので」


 別邸まであるなんて。

 ローゼンベルデ王室って世界でもトップクラスのお金持ちだもんな。

 この王位継承戦、勝てばその資産がすべて僕のものに……!


「ふはははは。素晴らしい。実に素晴らしいぞ。楽しみだな、ローゼンベルデが我が手に落ちる日が」

「兄様! 言ってることが完全に悪役だよ!」

「エリス。世の中は正義が勝つのでない。勝った者が正義になるのだよ」

「何より、勝てば目立てますからね。このチャンス、絶対に目立たなければ……!!」

「おかしなことにならないよう、わたしがなんとかしないと……」


 小声でそんなやりとりをかわしつつ、敷地の中を歩く。

 湖を越え、並木道を越え、森を奥へと進む。


 ……まだ着かないのかな。

 さすがに遠すぎない?


「エリス、大丈夫? 背中貸すよ?」

「ううん、大丈夫。ありがと兄様」


 そう返すエリスの額には汗の粒が浮かんでいる。

 ただでさえ長旅の後だ。

 普段より体力を消耗しているのは間違いない。


「まだ着きませんか?」

「あと少しです。この小道の先ですので」


 やがて、深い森の中に巨大な壁が見えてくる。

 刑務所のそれとまったく同じ、分厚く無機質な灰色の壁。

 外からは何の施設かわからないよう、その場所は強い意志を持って隔絶されていた。


「この先、中で知ったことは他言無用でお願いします」


 第二警備隊長が分厚い門のロックを外す。


「お入りください」


 高い壁の中には、咲き誇る薔薇の庭園。

 その中心に洋館が一つ建っていた。

 ワンピースの少女が、生け垣の薔薇に水をあげている。


「……お客様?」


 近づくと、少女は顔を上げた。

 赤い瞳。病的なまでに白い肌。

 ウェーブした白のツインテール。


「お久しぶりです、ニナ様」

「はい、お元気そうで何よりです、ダールハウス」


 それから、後ろに続く僕に目を留める。


「貴方は……」


 真紅の瞳を大きく瞬かせてから、言った。


「来てくださって本当にありがとうございます。お会いできてうれしいです、アーヴィスさん」


 それが第十七王女――ニナ・ローゼンベルデとの出会いだった。



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― 新着の感想 ―
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