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95 戦争


 side:いつも通りの日常。アーヴィス?


 同じ日、アーヴィスと同じ姿の少年が学院に向かっている。

 授業開始一分前に教室に滑り込むいつも通りの登校スタイル。


「昨日アーヴィスくんとカナタくんが地下演習場でずっと二人きりだったの見た?」

「見た見た! カナタくんゼロ(000)のことめちゃくちゃ慕ってるよね!」

「カナ×アヴィ。年下ショタ攻めだとわたしは見たね」

「ショタ攻め!?」

「なにそれ、最高じゃん!」

「早速企画にして編集会議に出さなきゃ!」


 席に座ったアーヴィス?は平和そのものなFクラスの教室を見回してため息をつく。


(なんであたしはこんなことしてんのかね)


 それは、数日前のことだった。

 黒の機関総裁、ゼロ(000)は彼女――シトレーに言った。


「ローゼンベルデに行っている間、僕のふりをして学院に通ってほしい」

「いや、ダメだろ。明らかにダメだろ」

「ダメ? どうして?」

「あたしは悪魔だぞ。そんなことしたら悪用されるのは目に見えてるじゃねえか」

「悪用するの?」

「するって考えるのが普通だろ」

「僕はしない気がするけどな」

「何を根拠にそんなことを」

「なんか最近いろいろ協力してくれてるし。子供たちと楽しそうに話してたりするし」

「それは他の連中と違ってお前らはよくしてくれるから、あたしもちょっとはお返ししないと気持ちが悪いというか」

「ほら! 環境悪かっただけで根は良い人感ある!」

「でもこれだって演技の可能性あるだろ! あたし悪魔だぞ! 嘘と演技すげえ得意なんだぞ!」


 認識の操作を得意とするシトレーは、常に疑われて生きてきた。

 彼女を知る者はみんな、彼女を警戒する。

 騙されているのではないか、欺かれているのではないか、と。


『どうしてお前のことが信用できる? どうせ狡猾に我々を騙そうとしているのだろう。魂胆は見えているぞ雌狐』


 だからシトレーはずっと一人だった。

 それでいいと思っていた。


 信じるなんて愚か者のすること。

 他人はうまく騙して利用する道具。


 楽して利用してお金をいっぱい手に入れるんだ。

 きらびやかな宝石に見とれている間だけは、さみしさを忘れることができたから。


 それでいいと思っていたのに。


「とにかく、そういうことだから。よろしく」


 目の前のバカはシトレーのことを信じると言う。


(脇が甘すぎなんだよ。あたしなんて絶対信じちゃいけない相手だろうが)


 シトレーは少年の思考が信じられない。

 とはいえ、裏切るメリットがないというのも一つの事実だった。

 悪魔連中と違ってノルマとか罰とかないし。

 良くしてくれるし、飯もうまいし。


(ったく。しゃーねえな。こいつらが騙されたりしないよう、あたしがしっかりしててやらないと)


 シトレーはそう思いながら、アーヴィスの演技をする。






 ◇◇◇◇◇◇◇


「…………え? アーヴィスくんが結婚? ………………え?」

「リナリー、動揺しすぎ。もうあれから三日経ってる。さすがにそろそろ冷静になるべき」

「そ、そうよね。落ち着け。落ち着け、私」


 イヴの言葉に、リナリーは自分に言い聞かせて深く息を吐く。


「それで何だっけ?」

「彼がローゼンベルデの王女に会いに行くって話」

「…………」

「そんな顔しないで。申し訳ない気持ちになる」

「ごめん。よくないのはわかってるんだけど、どうしても……」


 婚姻を結ぶという言葉が、リナリーに与えた精神的ダメージは大きかった。

 結婚。誰かと一緒になるということ。


 自分の隣にいてくれる未来はありえないものになってしまうということ。


「心配する必要はない。彼はお金に釣られて会いに行ってるだけ。妹大好きな彼が他の子に簡単になびくとは思えない」

「たしかに! そっか、だったら大丈夫かも」

「相手はお金持ちだろうから、お金に釣られて永久就職する可能性はあるけれど」

「全然大丈夫じゃない……」


 リナリーは肩を落とす。

 そもそも学院に通っていること自体お金目的な彼のわけで、より高収入な環境があればそっちに行ってしまう可能性は大いにあるように思えた。


「やっぱり私もお金で対抗するしかない。今からでも彼を追いかけて、より高額な条件でずっと私の傍にいてくれるようお願いを――」

「だからダメ。その戦い方はダメ」

「止めないで。私はどんな手を使ってもアーヴィスくんを私のものにしたいの。他の誰のところにも行ってほしくない。隣にいてほしい」

「お金でつながる関係なんて空しいだけ。考え直すべき」

「アーヴィスくんがずっと私の傍に……えへへ」

「聞こえてない……」


 ため息をつくイヴ。

 リナリーは拳を握る。


「決めた。私、ローゼンベルデに行く。彼が誰かのものになるのを黙って見てるなんてできないもの! 話聞くだけでお金払うって書き方がアーヴィスくん狙い撃ちな感じするし、王位継承戦に利用しようとしてるのかもしれないし」

「でも、もしいい人だったらどうするの?」

「……そのときはがんばって最後のアピールする。それがダメで、結婚するのが本当に彼の幸せならあきらめる」

「あなたのそういうところ、すごく素敵だと思う」


 イヴはうなずいてから言う。


「大丈夫。きっとうまくいく。わたしも応援する」

「そうと決まったら早速出発の準備をしましょう」

「え」


 わたしも行くの? 

 そんな反応をしたイヴだったが、すぐに一つの事実に思い至って考え込む。


(友達と学校をおさぼり。その上外国に旅行……楽しそう)


 Fクラスの子たちと過ごす中で、我慢せずやりたいことをやっていいんだ、と若干毒され始めているイヴに、頭をよぎった楽しそうな未来をはねのけることはできなかった。


「わかった。わたしも行く」


 こうして、二人はローゼンベルデへ乗り込むことを決める。






 ◇◇◇◇◇◇◇


「今日、緊急で会議を招集したのは他でもありません。わたしたちの幸せ楽しい日常が侵略されようとしている。速やかにこの危機的状況に対処する方策を考える必要があると判断しました」


 旧校舎のFクラス御用達な空き教室。

 議長席で、031(サーティワン)――クドリャフカは腕を組み替えて言った。


 黒いローブを頭までかぶっている。

 その目元は闇に覆われている。


「侵略? 危機的状況? なんのことだ」


 困惑する同じく黒ローブの男子たち。


「そもそも、そこは級長の席だぞ!」

「光の戦士でもないのに勝手に議長席に座るなどなんという無礼!」

「級長は邪神騒ぎのストレスでさらに輝きを増しているというのに!」

「やめろ! 輝きを増しているとかやめろ!」


 いつものように言い合う彼らに、


「くだらないやりとりはやめていただけますか」


 クドリャフカは冷ややかな声で言った。


「……お、おお」

「なんか怖いぞ、今日のクドリャフカ」

「す、すさまじく怒っておりますな……」


 怯える男子たち。


「怒り?」


 クドリャフカはあきれたように笑って言う。


「怒りなんて言葉でこの感情が表せてなるものですか。わたしたち女子一同がどんな気持ちか、脳天気なあなたたちにはわからない」

「その通りですわ! 私たちは憤っていますの!」

「事態は深刻だからね……昨日のカナ×アヴィがなければ危ないところだったよ。早く解決策を見つけ出さないと」


 うなずく女子たち。


「ど、どうして怒っておられるのか参考までに教えていただけると……」


 おずおずと聞いた006(シックス)に、黒ローブのクドリャフカは議長席を叩く。


 緊張。

 静まりかえる空き教室。


 やがて、絞り出すようにクドリャフカは言った。


「泥棒猫が……ぽっと出の女が、わたしたちのアーヴィスくんハーレム(登場人物男子のみ)を汚そうとしてるんですよ。こんな許せないことがありますか……? 戦争です。わたしたちは敵に徹底的に報復します」

「…………」


 目が本気だ、と男子たちは思った。

 やる。

 この女は本当にやる。


「お、落ち着け! 落ち着くんだクドリャフカ! 戦争は悲しみしか生まない!」

「そんなことは誰でもわかってるんですよ。それでも戦わずにはいられないからみんな戦ってるんです」

「そうだ、007(セブン)なら! 頼む! 止めてくれ! 我々がここで止めなければ世界が大変なことに!」


 すがるような気持ちで007(セブン)を見る男子たち。


「たしかに、私はアーヴィスくんハーレム(男子のみ)には興味が無いわ」

「それなら……!!」

「でも、一人の夢女子として推しが悪い女に引っかかるのを見過ごすことはできないの。この戦争、私も乗るわ」

「そんな……」


 最後の希望が断たれ、男子たちは声をふるわせる。


「001(ファースト)! まずいですよこれ!」

「誰かが止めないと、本当に国際問題に……今の黒の機関なら下手するとローゼンベルデに大変な被害が」

「大変な被害どころじゃ済みません。トップにいるのはクドリャフカですよ。一歩間違えれば、ローゼンベルデを草の根一本生えない焦土に変えかねない」


 ドランは唇を引き結ぶ。

 小声で言う。


「我々が戦争を止めなければ」


 悲壮な顔でうなずく男子たち。


「……そうですね。止められるのは我々だけです」

「世界の命運は小生たちに託されたというわけですか……」

「なんとか、なんとかして戦争を止めないと……!!」


 窮地を前にして、男子たちの心は一つだった。

 うなずきを返して、ドランは議長席に立つクドリャフカに言う。


「我々も協力させてほしい」

「協力? 面白いことを言いますね。男子にわたしたちの気持ちがわかるとは思えませんが」

「アーヴィス氏は我々にとっても大切な存在だ。悪い女に騙されるのを見過ごすことはできない」

「……尊い」


 黒ローブのクドリャフカはうなずいて言う。


「良いでしょう。我々女子一同への協力を許しましょう。Fクラス一丸となって、この戦争を戦い抜くのです」


 Fクラス男子たちの孤独な戦いが、人知れず始まろうとしていた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 女装ショタ攻め………神。
[一言] こんなクラスに居たかった…
[一言] 一丸どころかバックリ二分されてんじゃねーか 両面テープで見かけだけ一丸になってるだけじゃねーか 黙ってないとは思ってたけど思ってたより酷いことになってる
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