93 或る少女の決意
「……え? ローゼンベルデに行かれるのですか」
僕の言葉に、エインズワースさんは声をふるわせて言った。
「うん。行って話を聞くだけでお金をもらえるみたいだから」
目の手術は成功したものの、依然としてエリスは呼吸器の疾患を抱えている。
薬代は高額だし、いつ何が起きるかわからないわけで。
稼げる内にお金はたくさん稼いでおかなければ。
目指せ! 老後まで安心安全な額の貯金!
その点において、ローゼンベルデの第十七王女からの手紙は非常に魅力的なものだった。
話を聞くだけでお金をもらえるなんて!
しかも、相手は一国の王女様。
控えめに見積もっても相当の金額がもらえると見て間違いない。
懸念事項としては、内容にいささかスパムじみたところがあることだけど。
結婚してほしいだの、王様にふさわしいだの。
そんな都合の良い話があるわけ……。
いや、あるのか?
思えば、全国魔術大会で僕は我ながら大活躍だった。
一年生エースとして並み居る強豪校をばったばったとなぎ倒し、最後は九連覇中の絶対王者フォイエルバッハを倒して優勝。
そのすさまじい活躍ぶりを考えるとモテてしまうのも自然なことかもしれない。
よっしゃ! モテ期きたー!!
エリス最優先の僕なので、付き合うとかそういうのはできないけれど、男の子としては女子に好かれてうれしくないわけがない。
そっかぁ。モテ期かぁ。
えへへ。
「そんな……そんな……」
いけない。
浮かれてエインズワースさんのことを忘れていた。
青ざめた顔で小さく身体をふるわせている。
「どうしたの?」
聞いた僕に、エインズワースさんは絶望した顔で言った。
「アーヴィス様がローゼンベルデに行ってしまわれたら、私はどうやって目立てば……」
そこか。
そこなのか。
「大丈夫。エインズワースさんは優秀で魅力的だからお留守番でも十分目立てると思うよ」
「……少し歩いてきます。探さないでください」
背中に哀愁が漂っていた。
そ、そこまで落ち込むようなことかな。
申し訳なくは思いつつも、しかし僕も自分の目的――エリスと老後まで安心して暮らせる額の貯金――を手にするために引き下がるわけにはいかない。
悪魔の王をぶっ倒して、エリスの病気を治すためにも、黒の機関を国外へと拡大してやつらに続く手がかりを探す必要もあるし。
ローゼンベルデ支部作りと、王女と面会してお金をもらうのが当面の行動目標だな。
「…………え? アーヴィスくんが結婚? ………………え?」
リナリーさんは呆然としてたけど、僕の頭はローゼンベルデの情報を集めることでいっぱいだった。
魔導王国ローゼンベルデ。
その名の通り、魔術が非常に盛んな国で、世界選手権大会でも歴代二位の優勝回数を誇るらしい。
全国民の97パーセントが魔術師の、魔術先進国。
世界トップレベルの国内リーグ、ブンデスリーガでは各国のフル代表に所属する名プレーヤーたちが鎬を削っている。
そんな国で、十年に一度伝統的な制度として行われているのが、魔導王を決める王位継承戦だった。
最も強い魔術師が国の王になる。
一見無茶苦茶なこの制度は、しかしローゼンベルデの魔術レベルを引き上げる原動力でもあった。
最高のプレーヤーになれば自分も王にだってなれるかもしれない。
そんな未来を夢見て、ローゼンベルデの子供たちはみんな魔術を志す。
同時にこの制度が維持されているのは、ローゼンベルデ王家が世界屈指の優秀な魔術師を輩出する血筋であるからだ。
王族のほとんどがプロリーグに所属する魔術師。
フル代表に選ばれ、世界的に活躍する選手も数多く、世界最優秀選手賞受賞者も歴代で五人輩出。
正に世界最高の魔術一族。
その力で、ローゼンベルデ家は二百年の長きに渡り、王の座を一度も明け渡していない。
「うん、これ無理だな」
全国魔術大会で活躍したとはいえ、所詮は学生。
年俸億単位でもらっている歴戦の怪物たちに勝てるわけがない。
ブンデスリーガなんて、アイオライト王国フル代表選手でも数名しか活躍できない魔境。
興味も見る環境もなかったから、詳しいことは全然知らない僕だけど、それくらいの常識的判断はできる。
よし、話聞いてお金だけもらって帰ってこよう。
魔動液晶端末から、ニュースが流れてきたのはそのときだった。
『フォイエルバッハ魔術学園のオーウェン・キングズベリー選手がローゼンベルデ一部リーグに所属するバイレルン・ミューレンと正式に契約を交わしました。バイレルン・ミューレンは、チャンピオンズリーグでも五回の優勝を誇るブンデスリーガ屈指の名門クラブです』
おお、オーウェン先輩プロ選手になるんだ。
『オーウェン選手は、練習生として参加した夏季合宿で単独で三選手を撃破するなど活躍。実力を認められ、契約に至った模様です。バイレルン・ミューレン、ベルケンバウアー監督はオーウェン選手に対し、「素晴らしい才能。既に世界トップレベルで通用する力がある」とコメント。アイオライト王国から、バイレルン・ミューレンと契約する選手が出るのは初めてで、活躍が期待されます』
若い男性キャスターは興奮しているようだった。
バイレルン・ミューレンなるチームに入るのはそれだけすごいことらしい。
『聖アイレス女学院のメリア・エヴァンゲリスタ、レリア・エヴァンゲリスタも、ローゼンベルデ一部リーグに所属するハインツと契約。優秀な選手が多く、黄金世代として将来を期待されていたこの世代の選手ですが、「まさか十代で三選手が海外トップリーグと契約するとは」と喜びの声も――』
おお、聖アイレスの二人も。
たしかに、良い選手だったもんな二人とも。
僕も二対一じゃかなり苦戦したし。
まあ、最終的には勝ちましたがね。ええ。
内心どやってから、思い出を懐かしんでふと思う。
………………あれ?
これ僕もワンチャン通用するんじゃね?
活躍できる可能性あるんじゃね?
「王になれば、スーパー有名人。一生食いっぱぐれることはない。将来安泰……」
なんだか急に挑戦したくなってきたぞ。
勝てなかったら勝てなかったで失うものもないし。
「しかし、ゼロ(000)様。明日から夏休みも終わり学校が始まりますが」
ドランが隣で言った。
「問題ない。私は既に悟られることなくサボる方法を思いついている」
「なんと……!! さすがゼロ(000)様! 新学期もみんなで学校をサボって秘密結社できるわけですね!」
「いや、この方法定員一人だから。みんなは学校に行くように」
「そんな……」
ドランはがっかりしてたけど、僕らには学校に通わないといけない理由がある。
「001(ファースト)、考えてみろ。表の顔は平凡な学生。しかし裏の顔は世界の闇を狩る秘密結社。だからこそかっこいいわけだろう?」
「……!! やはり学校には行かないといけませんねゼロ(000)様!」
無事説得が完了して僕はほっと息を吐く。
地続きで隣接しているローゼンベルデ王都までは国際鉄道で六時間かかる。
決して近いとは言いがたい距離。
だからローゼンベルデ進出は子供たちを中心に、僕らは遠方から指示を出す形で行う計画だった。
クラスメイトのみんなには、普通の生活もあるわけだしね。
あくまで黒の機関は遊びの延長なわけだし、負担になってしまったら元も子もない。
エリス最優先主義の僕にとっては普通の生活なんて、すぐにでも投げ出してしまえるものなんだけど。
待っててねエリス!
兄様、高収入で将来安泰な就職先ゲットしてくるから!
そう心の中で拳を握った僕の視界の端に天使の姿が映る。
なにこの子めちゃかわいい、エリスそっくり。
ん?
エリスそっくりなめちゃくちゃかわいい子ってそれはもうエリスなのでは?
「兄様。話はエインズワースさんから聞いたよ」
エリスだった。
「どうやって入ってきたの? ここ秘密基地なんだけど」
「前に避難したときに入り方覚えたから。兄様に会いたいって言ったらみんな喜んで通してくれるよ」
「エリスは賢いね。えらいえらい」
うちの堅固なセキュリティをこうも簡単に突破するとは。
まごうことなき天才だ。将来は立派な人になるに違いない。
「それより、兄様。ローゼンベルデに行くんだよね」
「そのつもりだけど」
「また無茶なことする気でしょ」
「いや、話聞いてお金もらって帰ってくるだけだから」
「とか言って、高収入な就職先いいなって思ってない?」
「……すごい、そこまでお見通しなんて。やはり天才……!!」
「兄様はわかりやすいから」
エリスはため息をついてから、地下秘密基地を見回す。
「まったく。わたしに内緒で何かしてるんだろうなとは思ってたけど、まさかこんな大規模なことをしてるなんて。……まあ、兄様が学校の人たちと仲良しなのはわかってそれはうれしかったけど。あと、怪物を倒して国を救ったことも『うちの兄様すごいんだから』ってみんなに自慢して回りたいくらいだけど」
「そうかなぁ、えへへ」
「でも、それとこれとは話が別!」
ぴしゃりと言うエリス。
「わたし、もう気づいてないふりはやめにすることにした。守られるだけは嫌。これからは、わたしも兄様を守りたいの。助けたい。力になりたい。兄様がいつもわたしにしてくれてるみたいに」
それから、エリスは決意を込めて言う。
「ローゼンベルデにはわたしも着いていくから。絶対着いていくから!」






