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92 手紙


「おい、何をしてる。早く来い」

「速いわ! 待ってよフランちゃん」


 丘へと登る階段を背の低い少女と大柄な女装男性が歩いている。


「私は忙しいんだ。ったく。研究以外には一秒だって時間を使いたくないというのに」

「そう言いながらなんだかんだ付き合ってくれるのよね、フランちゃんって」

「ん? 何か言ったか?」

「いや、フランちゃんと一緒に来れてうれしいなって」

「特別だぞ、特別。存分に感謝をしろ」


 ロングスカートを翻してフランチェスカ・ロールシャッハは先を急ぐ。


「よし、これで登り切った」


 そう声を弾ませたフランチェスカは、目の前に現れた新たな階段をすごく嫌そうな顔で見つめた。


「……まだあるのか」

「短い階段じゃない。ちょうどいい運動よ、運動」


 軽々と上ってきて言うウォルター・フォン・ブラウン。

 ボトル容器に入れた水と花が入った袋を提げている。


「なんでお前はそんなに元気なんだ……」

「あたし運動好きだもん! ヨガとピラティスと筋トレは毎日欠かしてないし」

「信じられん……」


 ふらふらになりながら、階段を上りきったフランチェスカは丘の一等地にあるその場所にたどり着く。


 高い空の下、広がる芝生の上。

 石造りの背の低いお墓が規則正しく並んでいる。


 他より一回り大きな三つ並んだお墓に、フランチェスカとミス・ウォルターは花を供える。

 手を合わせる。


(貴方達の研究は決して無駄にしない。すべて拾い上げて未来につなげる。だからあとのことは私たちに任せてくれ。生涯そのすべてを研究に捧げたその生き方を誇りに思う。お疲れ様)


 お墓参りを終えて、二人は芝生の上を歩く。


「なんて声をかけたの?」

「今に私がお前たちごとき簡単に越えてやると言ってやった」

「まったく。素直じゃないんだからフランちゃんは」


 ミス・ウォルターはやれやれ、と首を振ってから言う。


「少しでもより良い未来になるようがんばろ、フランちゃん」

「愚問だ」


 迷いない足取りで二人は前へ進む。






 ◇◇◇◇◇◇◇


「大罪邪神の一柱、『強欲の邪神』の封印が解けたようです」

「そんな……」


 大聖堂の一室で、神聖教国シレジアの聖女――エステルは、大司教の報告に言葉を失った。


 大罪邪神は、対界級にさえなり得る災厄そのもののような怪物。

 その完全体ともなれば、一国でどうこうできる相手では無い。

 そもそも人間が戦っていい次元の存在ではない化物なのだ。


「では、アイオライト王国は……」


 エステルは目を伏せる。

 邪神が暴れた後、蹂躙され尽くした国と民。

 想像しただけで胸が痛くなる光景だった。


「いえ、それが……」


 大司教は困惑した声で言う。


「彼の国は『強欲の邪神』を撃退したようでして」


 何を言っているのか、エステルにはさっぱりわからなかった。


「………………え? げ、撃退?」


 戸惑うエステルに、大司教はうなずく。


「はい、撃退したようなのです」

「ど、どうやって……?」

王の盾(キングズガード)含め、国中の人々が協力して戦ったと。加えて、中心として『強欲の邪神』を圧倒した存在がいるとか」

「圧倒した存在……?」

「黒の機関と呼ばれる組織です」

「黒の機関……」


 エステルは口の中でその響きを確かめる。


 人智を越えた力を持つ、古の大罪邪神。

 その一柱を圧倒する組織があるなんて信じられない。


 もし存在するとすればそれは、世界のパワーバランスさえ揺るがしかねない。


 そういう存在だ。


「帝国を頂点とする世界の支配構造が揺らぎ始めているのかも知れませんね」

「はい。同時に、大罪邪神を目覚めさせたということは、悪魔が本格的に動きだしたということ。至急各国の封印を改めて強固にする必要があります」

「次に狙われるとすればどこでしょうか」

「魔導王国ローゼンベルデでは急逝した魔導王の座を巡って王位継承争いによる混乱が生じていると聞きますが。彼の地は『色欲の邪神』の封印されし地です」

「危険ですね……至急我々も向かいましょう」

「承知しました。出立の準備を整えます」


 一礼して背を向ける大司教の姿を見送ってから、エステルはつぶやく。


「黒の機関、それほどまでの戦力を有する組織が現れたなんて……一体何者なのですか、その目的は……?」






 ◇◇◇◇◇◇◇


(近頃、どうも変だ)


 モカは首をかしげている。


 気づいたらその姿を探している自分がいる。


 見つけたら目で追っている自分がいる。


 声が聞こえたらうれしくて、だけど無口なあの人の声はなかなか聞こえなくて――


「お姉ちゃん?」


 妹の声にモカははっとした。


「あ、悪い。ぼうっとしてた」

「大丈夫? 最近ぼうっとしてること多いけど」

「いや、大丈夫だ。大丈夫」


 何をしてるんだ、と思う。

 あたしは助けてくれた恩返しに、もっともっとがんばらないといけないのに。


 もっともっと勉強して。

 もっともっと練習して。


 みなさんの役に立てるように。

 少しでもよろこんでもらえるように。


 そうやってがんばってたら、あの人ももしかしたら――


(な、何を考えてるんだあたし!?)


 モカはぶんぶんと頭を振る。


(だ、第一あの人とあたしなんて釣り合うわけねえし)


 生まれも育ちも能力も何もかも違う。


(そうだ。好きになっていい相手じゃないんだ。こんな気持ちは忘れないと)


 練習場に向かう黒仮面騎士ナイトオブラウンズの中に、その人の姿を見つけたのはそのときだった。


 常に最前線で戦う戦闘部隊のエキスパート。

 かっこよくて、クールで、無口で。

 学の無いあたしには何を考えているのか想像もつかない。

 そんな人。


(し、006(シックス)さん……!?)


 モカの胸はどうしようもなく高鳴っている。






 ◇◇◇◇◇◇◇


 楽しかった夏休みも終わりのときが近づいている。

 僕らは大慌てでほったらかしにしてた宿題を片付けながら、黒の機関の活動に勤しんでいた。


「000(ゼロ)様! 006(シックス)がまたモカちゃんに近づこうと排気ダクトに侵入していました!」

「厳重に拘束しといて。あいつは、一般区画から隔離しよう」

「了解です!」


 楽しい秘密結社するために、組織内での犯罪行為は未然に防がなければ。

 僕の目が黒いうちは絶対に近づけさせないからな、マジで。


「000(ゼロ)様違うのです! 私は変わりました! 今はあくまで彼女たちを眺めていたいだけ! 触れるなんてそんな冒涜的なことは絶対にしません! 野に咲く美しい花を摘むのは愚者のすること! 私の望みはただ壁になって彼女たちを見つめていたい、それだけなのです!」


 006(シックス)はそんなことを言っていたけど、全身全霊で却下する所存である。なんか怖いし。


 シュヴァルツコーポレーションの経営も順調に進んでいる。

 IT部門では、みんなが動画を投稿できるサイトを作ったら人気出るんじゃないかって盛り上がっている。

 出版部門でも良質な資料が得られたおかげで良い触手BLが書けるとみんな大喜び。


 イヴさんも、自分主人公の探偵小説ができるって毎日熱心に編集部に通っているし。

 お父さんも長期にわたる氷浸けが効いたようで今まで以上に家族サービスがんばってるとか。


 そんな感じで万事快調な黒の機関は、さらなる侵攻計画を進めていた。


「001(ファースト)、計画していた国外進出の件はどうなっている?」

「順調に進んでいます。まずは、魔導王国ローゼンベルデへ進出することから始めるのがよろしいかと。彼の国は現在、王位継承争いによる混乱が生じているようなので」

「王位継承争い?」

「魔導王国では、最も強い魔術師が魔導王として国を統べます。今までは、人格、魔術の腕共に別格に秀でた存在がいたので、混乱なく王位継承が進んでいたのですが、今回は実力的に近い者達が多いようでして。皆、自分と繋がりがある者を王にしようと躍起になっているのです。他国から王候補として優秀な魔術師を呼ぶなんて動きも活発化しているようですし」

「なるほどな」


 なんだか大変そうだった。

 大きな混乱にならないといいけど。

 とはいえ、進出の好機であることは間違いない。


「よし、魔導王国ローゼンベルデへ進出する。至急計画案を策定してくれ」

「承知しました」


 一斉に動きだす黒仮面騎士ナイトオブラウンズたち。

 長身にメイド服の黒仮面が部屋に入ってきたのはそのときだった。


「仮面メイド参上しましたアーヴィス様!」

「それ気に入ったの?」

「ええ! 謎の秘密結社とつながりがある仮面メイドとして、これからどんどん目立っていきますので!」

「うん。エインズワースさんがいいなら僕は良いと思うよ」

「お任せください! 今こそ、謎の仮面メイドが旋風を巻き起こすときです!」


 かっこいいポーズを決めてから、エインズワースさんは僕に煌びやかな装飾がなされた封筒を差しだす。


「寮にお手紙が届いておりました。大事なご用件のようでしたのでお持ちした方が良いかと」

「ありがとう」


 いくらかかってるんだろうってくらい丁寧に装飾がされた封筒だった。

 差出人は――魔導王国ローゼンベルデ第十七王女。


 封を開く。

 上質な紙に美しい文字が並んでいる。


『急なお手紙で申し訳ありません。アイオライト王国における全国魔術大会ヴァルプルギスナハトでのご活躍拝見しました。まるで稲妻に打たれたような衝撃でした。あんなに素晴らしい魔術があるなんて。あれから、目を閉じれば浮かぶのはアーヴィス様のお姿。貴方様こそ、魔導王国ローゼンベルデの王にもっともふさわしい。どうか、私と婚姻を結んでくださらないでしょうか。そして、王位継承戦に参加していただけないでしょうか』


「………………スパムメールか」


 やれやれ、詐欺ならもう少しうまくやってほしい。

 王になってほしいなんて、そんな都合良すぎる話があるわけないだろうに。


 賢い僕なので、こんな手口にはひっかからないのである。


「……あれ? まだ続きがある」


 主人がオオアリクイに殺されて一年が過ぎたりしたんだろうか。

 首をかしげつつ視線を落とす。


『PS.どうかお話する機会だけでもいただけないでしょうか。検討した後、断っていただいても構いません。その場合でも謝礼としてご満足いただける金額をお支払いします』


「行くか」


 僕はそう言って立ち上がった。



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― 新着の感想 ―
[一言] まぁ、オオアリクイに殺された人は実際いるみたいだし……
[一言] 弱点握られてて草
[一言] スパムメール大笑いw
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