81 真相
言うとおりだった。
書庫の本棚の裏には隠し部屋があった。
中央には四角い縦穴。地下へと梯子が続いている。
「すごいです先生! 僕先生のこと舐めてました! 本当に探偵力高かったなんて!」
「心外。わたしは名探偵だから。その証拠に、週に二冊は探偵小説読んでる」
「そうですね! 先生は名探偵です! アイオライト王国一です!」
「もっと褒めて」
「やばすぎ! 大天才! 神! Fクラスの女子に先生を主役にした探偵小説の企画提案してみます」
「すごく期待してる……!!」
穴の中から梯子の先を覗き込む。
深い闇に覆われて先の様子は見えない。
「警戒して進みましょう」
梯子を降りる。
真っ暗な闇の中を手探りで進む。
梯子の先には横穴が続いていた。
湿った空気が肌を撫でる。
どこからか聞こえる水滴の音。
エメリ先生が炎魔術で先を照らしてくれた。
横穴ははるか先へと伸びている。
整然と積まれた石造りのトンネルは、ひどく昔に作られたもののように見えた。
「『橙黄の大図書室』の地下にこんな空間があったなんて」
信じられない様子で言うミス・ウォルター。
「かなりの年代ものだな。石と石をつなぐ用途で、馬鈴薯を利用して作った接着剤が使われている。馬鈴薯なんて建国初期の段階で使われなくなったはずだが」
フランチェスカさんが石材と石材の間を注意深く見つめて言った。
「建国初期より前に作られた……」
嫌な予感がした。
「急ごう」
エメリ先生が言う。
僕はうなずいて先を急ぐ。
横穴の石畳を警戒して進む。
その先に広がっていたのは地下とは思えない開けた空間だった。
美しく並んだ石畳の周囲には、地下水が取り囲むように流れている。
水底に光る物体が配されているらしく、水の動きにあわせて幻想的な光が揺れる。
そして、石畳の先にあるのは巨大な扉だった。
四階建ての建物ほどあるその扉の傍には、乱雑にはぎ取られた魔術印の跡が無数に転がっていた。
「おや。これはこれは。緑の座と蒼の座が何の用ですかな。儂は研究が忙しいのですが」
巨大な扉の下で振り返ったのは、白髪の老人だった。
片眼鏡をかけたその顔には深い皺が刻まれている。
王国一の魔術考古学者にして六賢人橙の座、パラケルスス・メッサーシュミット。
「とぼける必要は無い。お前がウェンブリーの件の首謀者なのだろう」
フランチェスカさんは子供の身体で真っ直ぐに彼を見据える。
「そうよ! 先輩だと思ってたのに、悪魔だったなんて許せないわ! 黒の座と白の座と紅の座をどこにやったの!」
前に歩み出て言うミス・ウォルター。
「安心して構わぬとも。彼らはすぐそこにおる。しかしこれは困りましたな。まさかここまで早くこの場所までたどり着くとは」
「愚問だな。私の前にはこの程度造作も無い」
「そう。わたしは名探偵だから。本も発売する予定だから」
僕とイヴさんは前に出て、かっこいいポーズを決める。
「アーヴィスくん、かっこいい……!!」
「000(ゼロ)様は我々に道を示してくれた、忠義を尽くすに足るお方ですから!」
声を弾ませるリナリーさんとドラン。
「ドラ×アヴィ! ドラ×アヴィです! きました!」
「いい! いいですわ! ここはエメリ先生も巻き込んで三人で」
「パラケルススさんもいれましょう! わたしおじいちゃん萌えなんです!」
「4P!? なにそれ、最高じゃん!」
なんだこの連鎖コンボ。
「まったく。最後の最後でこんなことになるとは敵いませんな」
橙の座パラケルススは首を振ってこめかみをおさえる。
「魔術戦を利用した実験も完了して、ようやくこの国での活動も終わりにできる段階に来たと言いますのに」
「魔術戦を利用した実験?」
「魔術戦用安全装置。高価な転移結晶を利用したあの装置がなぜ国中に普及しておるのか。そして、魔術学院に通う学生への高額の支援金」
「まさか……」
「すべては、計画に必要なデータを取るためだったわけです」
パラケルススは微笑んで言う。
「もっとも、もう一つ理由はありますが」
「もう一つの理由?」
「それはまだ言えません。計画はまだ続いておりますからの」
勿体ぶった口調で言うパラケルスス。
しかし、そんな話は正直に言って僕にはどうでも良かった。
魔術戦の裏にどういう目的があったところで、あの日あの場所で戦った僕らの時間が最高のものであったことには何ら変わりなくて揺るぎなくて。
むしろ感謝さえしたいくらいだから、そんなことは本当にどうでもいい。
僕にとって重要なのは、僕がここに立つ目的――エリスの呪いについて。
「妹の呪いを解いてもらうぞ、悪魔の王」
パラケルススは目を丸くした。
それは今までのどこか余裕がある姿とは違う。
本当に予想外の言葉を聞いたみたいに。
「まさか、お主が『マルドゥックの鍵』……」
「マルドゥックの鍵?」
「いや、こちらの話ですとも。まさか、そのようなことになっていたとは」
パラケルススは動揺を振り払うみたいに首を振って言う。
「残念ながら、儂は『名前のない王』ではありません。王にとって、この国のことなど些事に過ぎませんゆえ」
「どこに行けばそいつをぶっ倒せる」
「もっと高みを目指すことです。おそらく、あのお方もそれを望んでおられます」
パラケルススはそれから自嘲気味に笑った。
「とんだ想定外。あとは六賢人とエメリ・ド・グラッフェンリート。そして、優秀な二人の魔術学生を供物として『強欲の邪神』を完全体にするだけでしたのに」
「完全体?」
「三人では完全体にするには足りませんでしてな。もっとも、古代文明を三つ食らってそれでも足りなかったわけだから仕方ないことなのですが」
「……三人ってまさか」
ミス・ウォルターが声をふるわせる。
見上げんばかりの大扉が悲鳴のような音を立てて開いたのはそのときだった。
真っ暗な闇の中、何かが引きちぎれるような音が聞こえてくる。
巨大な何かが、中で蠢いている。
「高い魔力量を持つ六賢人は栄養源としては最高の食材ですからの」
背筋を冷たいものがつたった。
「おい。お前は、偽りとは言えそいつらの隣にいたわけだろう。そいつらがどういう人間で何をしてきたか知っていたわけだろう」
フランチェスカさんは一歩歩み出て言う。
「すべてを犠牲にして魔術に打ち込んだ。その姿を見て何も思わなかったのか。その命を絶つことに何も思わなかったのか」
「とんでもない。感謝しておりますとも。積み上げてくれた努力のおかげで、当初の想定以上に完全体に近づきました」
「決めた。お前はここで私が殺す。それが、周囲の迷惑も顧みずただ研究だけ続けた私と同じ社会不適合のろくでなし共にできる、最大限の供養だろうから」
その隣に並んだのはミス・ウォルターだった。
「あたしも協力するわ。ちょっと久しぶりに暴れたい気分なの。暴力って好きじゃないんだけどこれはちょっと許せねえぶち殺すからなクソジジイ」
同じ道を進んでいた二人にとって、目の前の悪魔の言葉は絶対に看過できないものだったのだと思う。
「これは困りましたな。儂一人では主らには勝てそうにない。餌になってくれた三人のおかげで、あと六賢人二人くらいで完全体にはなってくれそうなのですが」
パラケルススは言う。
「仕方ない。では、代用品を使うしかありますまい。六賢人二人分なら、上級悪魔が一人いれば十分足りますからの」
にっこり目を細める。
「それでは、ごきげんよう皆の衆」
パラケルススが扉に近づこうとする。
――させるか。
『七秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』
僕は時間を止める。
すべてが静止した世界で、地面を蹴って間合いを詰める。
ぴくりとも動かないその身体をガンブレードで両断した。
一度では足りない。
確実に仕留められるよう、繰り返し繰り返し両断する。
時間が動き出す。
パラケルススの身体がバラバラになる。
「そうするだろうと思ってましたよ」
切断された顔でパラケルススは笑った。
瞬間、扉の中から飛びだしたのは無数の触手。
大蛇のように太いそれが僕を掴んで中に引きずり込もうとする。
「アーヴィスくん!?」
「アーヴィス氏!?」
状況に思考が追いついていないみんなでは、迎撃が間に合わない。
飲み込まれる――!!
だけど、一人だけ。
この状況で魔術を間に合わせられる存在がいた。
オーウェン・キングズベリーとも同等以上の化物じみた魔術起動速度。
同じ十年に一人の天才として、周囲を圧倒してきた怪物。
「うちの一番弟子くんを勝手に取らないでもらえるかな」
エメリ・ド・グラッフェンリートの業火が炸裂した。
一瞬で蒸発し焼け落ちる触手を振りほどき、僕はなんとか後退する。
しかし、その時点で既にパラケルススの目的は達成されていた。
「切断された身体が――!!」
パラケルススの身体が触手に飲み込まれて扉の向こうに消える。
瞬間、広がったのは凄まじい悪寒。
呼吸ができないほど濃密な魔光子濃度。
「逃げ――」
僕の言葉が最後まで発せられることは無かった。
すべてを崩壊させる凄まじい光が辺りを蹂躙した。
瞬間、六賢人橙の座、パラケルスス・メッサーシュミットの『橙黄の大図書室』は、その周辺半径二百メートルと共に跡形もなく消失した。






