79 王立魔術大学潜入作戦2
まず、僕がしたのはみんなが集めた情報を共有することだった。
昼間大学を調査していた間、黒仮面騎士たちは誰に悟られることも無く学内の捜索を行っていて、むしろそっちの方が僕にとって本命だったわけだ。
「学内は特別区画を除き隅々まで捜索しましたが、悪魔の痕跡はありませんでした。やはり、何かあるとすれば六賢人の特別区画だと思われます」
「予想通りだな」
僕はうなずく。
厳重に守られた特別区画の中で誰に悟られることも無く、暗躍していたということだろう。
「学内で気になることがあるとすれば、『強欲の邪神』の資料が多く保管されていたことかしら。とは言え、この国一の魔術大学だから自然なことでもあるのだけど。この国の成り立ちにも関わる魔術史の中でも重大な事件だし」
「『強欲の邪神』?」
007(セブン)の報告に僕は首をかしげる。
受験用に詰め込んだ知識しか無いから、その範囲じゃないことについてはかなり知識に穴があるんだよね、僕。
「それについては私が説明するわ」
リナリーさんが言う。
「一般の人よりその辺りについては詳しいはずだから。表に出てない話も結構あるし」
『強欲の邪神』というのは、人魔大戦のさらに千七百年前。この地方で猛威を振るっていたすさまじい力を持つ怪物らしい。
空を覆うクラゲのような巨大な体躯と、八つの谷と八つの峰を覆う無数の触手。
一凪ぎで山を崩すと後世に伝えられる恐るべき力を持ったその怪物は、当時『強欲の邪神』と呼ばれ人々に恐れられていた。
万の軍勢も、『強欲の邪神』の前には為す術が無かった。
いくつもの古代文明がその圧倒的な力を前に滅び去った。
そんなとき、滅び去った古代文明から辛くも生き延びた民たちをまとめあげた英雄がいたのだそうだ。
彼は絶望していた人々に希望を与え、共に戦うよう説得して回った。
争いも多かった異なる古代文明の民たちは一つになり、すべての力を結集して『強欲の邪神』に挑んだ。
そして、見事『強欲の邪神』を封印し、人々は平穏に暮らせるようになったのだと言う。
人々は自分たちを導いてくれた英雄を、王と慕うようになった。
文明が復興し、新たな国が生まれた。
英雄の名前は、リヒャルドフリート・アイオライト。
アイオライト王国初代国王である。
「――以上が、この国の建国にまつわる昔話」
「封印ってことはその怪物はまだ生きているってこと?」
「そう。それが、この国が魔術の研究に力を入れるようになった理由。もし何かの拍子に封印が解けたとき、再び封印できるように。リヒャルドフリートは当時はまだ蔑視されていた魔術教育を広める施策を行ったの」
「封印されているのはどこなんだろう?」
「それは、この国の魔術史におけるミステリーの一つね。何かに悪用されないよう、リヒャルドフリートはその情報を徹底的に隠した。彼のおかげで人々は平和に暮らすことができている。本当に立派な王だったの。……あの人とは違って」
リナリーさんは苦々しげに言ってから、取り繕うように続ける。
「そういうことだから、『強欲の邪神』についての資料が多いのは自然なことなの。封印された場所以外のこと、その特徴や対処の方法についてはたくさんの資料が残っているわけ」
本当に偉大な人だったんだな、と素直に感心する。
このことも悪魔の王が六賢人に紛れ込んだ理由と関係あるのかもしれない。
「特別区画への侵入はできそうか?」
「魔術障壁自体は既に突破できています。あとは、二十いる強力なゴーレムを外に悟られること無く無力化できるかですが」
「問題ない。そのための力が我々にはある」
僕は言った。
「黒の機関はこの程度では止められない」
六賢人紅の座、ファインマン・パールマッターの住む特別区『真紅の城廓』は広い大学敷地内の中でも人気の少ない端の方にあった。
洋館風の巨大な城は、背の高い格子柵で覆われいる。
時間はかかったものの、魔術を使ったセキュリティに詳しい007(セブン)と、なぜかこの分野で異様に高い能力を身につけた子供たちの力でなんとか魔術障壁は突破できたとのこと。
残る障害は、五メートル近い巨大なゴーレムたちの群れ。
強力な二十のゴーレムを、誰に気づかれることもなく無力化しないといけない。
「――始めよう」
魔術光学迷彩で、姿を消して、高い格子柵を乗り越えた僕。
瞬間、ゴーレムたちの視線が一斉に僕を捉えた。
なるほど、熱源を感知する機能がついているらしい。
さすがにそう簡単にはいかないか。
『時を加速させる魔術』
戦闘用スーツにより向上した身体能力と、三倍速の固有時間加速。
反応できていないゴーレムに一気に間合いを詰め、ブラスターガンブレードを魔術回路に突き刺す。
動力源を失った巨体が傾き始めるその前に次のゴーレムへ。
振り向こうとするその右肩から剣を入れ、内部の魔術回路を破壊。
振り抜いたその慣性の力をそのまま利用して、くるんと一回転しそのまま傍にいたもう一体のゴーレムを斬り伏せる。
四つ、五つ、六つ、七つ。
すべてがスローモーションに見える世界で、僕はゴーレムたちを斬り伏せていく。
同時に視界の端で放たれる電撃と氷の魔術。
殺到する黒の戦士達。
強力なゴーレムたちも、今の黒仮面騎士の総攻撃の前には為す術も無い。
あっという間に。
そして一方的に戦いは終わった。
「000(ゼロ)様。ゴーレムの数が外部に伝わっている情報より多いようですが」
ドランが僕に言った。
「警備を強化していたようだな」
「000(ゼロ)様が睨んだ通り、やはり紅の座ファインマンが悪魔ということですか」
「いや、まだそうと決まったわけではない。六賢人の中に悪魔が紛れていたことに気づき、そこへの警戒を強めていたのかもしれん」
「なるほど、たしかにその可能性もありますね」
悟られないよう、慎重に城のセキュリティを解除する。
窓を切り取って鍵を開け、僕らは音も無くファインマンの居城に潜入した。
問題は、城の主ファインマンがどこにいるのか。
捜索を開始した僕らの目の前に広がっていたのは凄惨な光景だった。
「ひどい……」
沈んだ声で言うイヴさん。
城の中では、十数体の魔術人形たちが一方的に破壊されて横たわっていた。
「家政婦として使われていた魔術人形たちね……」
リナリーさんは言う。
仮面越しにも怒りが伝わってくる声だった。
「000(ゼロ)様の言うとおり、ファインマン氏は既に悪魔の襲撃を受けていたということでしょうか」
「普通に考えればそうだろうな。ゴーレムは何の被害も無く動いていた。外に一切知られることなく犯行を行ったとすればかなりの手練れになる」
「そうなりますね」
そのときだった。
炸裂したのは視界を埋め尽くす閃光。
爆炎――
『七秒を刹那に変える魔術(ストップ・ザ・クロックス)』
すさまじい速度で熱膨張しつつ、廊下一帯の酸素を急激に燃焼しようとするその爆発が広がる寸前で僕は時間を止める。
近くにいたドランを抱えて安全なところへ。
爆心地に近い位置にいる仲間をできる限り爆発から遠ざける。
七秒――
炸裂した爆炎は、僕らがいた城の廊下一帯を一瞬で跡形も無く消し飛ばした。
「な、なんて威力……!!」
言葉を失うドランと、
「はっ! 今ドラ×アヴィ! ドラ×アヴィの気配がしました! 肉眼で目視はできませんでしたけどたしかに! たしかにドラ×アヴィの感じがありましたよ!」
時止めさえも凌駕する謎の感知能力に目覚めたクドリャフカさん。
愛の力の前には、時間を止めるなんて些細な障害に過ぎないということだろうか。
「――来るぞ」
粉塵の中、三つの影が僕らに向かってくる。
おそらくは、彼らが魔術人形を破壊し、ファインマン氏を襲撃した相手。
なら、話は早い。
組み伏せて、直接話を聞くことにしよう。
僕は身を屈める。
戦いが始まる。