76 王立魔術大学潜入作戦1
「六賢人からの手紙、どう思いますか?」
エメリ先生の教授室、応接用のソファーに座って僕は言った
「特別おかしなところはないかな。話の筋は通っている」
エメリ先生はテーブルに置いた手紙を見つめて言う。
「あの決勝を見れば、君たち二人の魔術に興味を持つのは自然なことだと思うし」
「じゃあ、特に警戒しなくてもいいってことですかね?」
「興味の持ち方の問題だよね。『これは優れた魔術だ、調べたい』と思っている六賢人もいるだろう。同時に、『優れた魔術だ、使い手を消さなきゃ』と思っている六賢人もいるかもしれない」
「最大限警戒すべきってことですね」
「そういうことになる」
うなずくエメリ先生。
「少なくとも、彼らの中に一人悪魔の王が紛れてることは間違いないからね。慎重に行くなら何か理由をつけて断るのもありだと思うよ」
「行きますよ」
僕は言った。
答えは考えるまでも無く決まっていた。
「理由は……って聞くまでもないか」
「悪魔の王をぶっ倒して、腕尽くでエリスの呪いを解かせるんで」
悪魔の王がいるというなら、むしろ望むところだ。
喜んで会いに行きたいレベル。
「王立魔術大学は彼らのテリトリーだ。思わぬところに危険が潜んでいてもおかしくない」
「心配ご無用です。彗星のごとく現れた新星にして、今や六賢人にも注目されているスーパー魔術学院生の僕が、悪魔の王なんてワンパンでぶっ倒すんで」
「覚悟は決まってる、か。わかった。私も最大限協力しよう。付き添いって名目にすれば違和感なく君の近くにいることもできるだろうし」
「お願いします」
頭を下げる。
それから、僕は袖のカフスボタン型通信機にちらりと視線をやる。
「悪魔の王がいると見られる、王立魔術大学に行くことになった」
僕の言葉に、黒仮面騎士たちは驚きの声を上げた。
「このタイミングで敵の拠点に乗り込むとは」
「さすが000(ゼロ)様。あえて誘いに乗って正面から叩きつぶそうというわけですね」
「いや、それは違う」
僕は演技がかった身振りで指を振る。
「正面から叩きつぶす気はない。なぜなら、私には敵が気づいていない強大な力があるからだ」
「強大な力?」
「君たちだよ」
僕は言う。
「悪魔の王が呼んだのは魔術学院生、アーヴィスだ。ただの一学生だと思って罠を用意している。なのに、黒の機関の000(ゼロ)が、密かに仲間総動員で学内に潜り込んでいたらどうだろう?」
「なるほど! 悪魔の王もそこまでは予測できない!」
「戦力を隠せるという意味でむしろ我々の方が優位に立っているというわけですね!」
「そういうことだ」
僕はうなずく。
「最大戦力で敵本拠地に乗り込む。我々の力を思い知らせてやろう」
こうして、僕らは王立魔術大学潜入作戦を開始する。
「そういうことだから、リナリーさんとイヴさんもお願い」
自主練習のため、機関の活動に来てなかった二人にそう伝えると、イヴさんは目を輝かせて言った。
「王立魔術大学での潜入スパイごっこ……楽しそう」
「圧倒的スパイ力で、悪魔なんて倒しちゃいましょう先生」
「任せて。名探偵は時に、敵の秘密を探ったりもするものだから」
やる気満々だった。
こういう子供っぽい遊び好きなんだよね、この人。
当初の想像以上に黒の機関適性高いイヴさんである。
「わかった。私もできる範囲で協力する。エリスちゃんのためだしね。とは言え、私は自分のことも一生懸命やらないといけないから、そっちだけに全力でってわけにもいかないんだけど」
「大丈夫。リナリーさんは、自分のことをしっかりしてくれた方が、むしろカモフラージュになって僕もありがたいし」
「ありがと。そう言ってくれると、助かる」
リナリーさんはいつも以上に気合いが入っているみたいだった。
「何かあった?」と聞くと、「うん、少し」とうなずく。
「応援してくれると思ってなかった人が応援してくれて。その人のためにもがんばらなきゃって」
そう言ったリナリーさんの表情はいつもの張り詰めたものとは少し違っていた。
周囲の猛反対に遭いながら、それでも一人で進み続けたリナリーさんだから、背中を押してくれたその人の存在が、尚更うれしかったんだと思う。
よかったな、と心から思った。
王立魔術大学は学院の寮から通える位置にある。
「行ってらっしゃい、兄様」
「いけない! インパクトのある見送り方で目立たないといけないのに! ああ、時間が! 時間が……!!」
肩を落として、結局普通に「行ってらっしゃいませ……」と見送ってくれたエインズワースさんだった。
よくわからないけどあきらめずがんばってほしい。
僕は応援している。
「それじゃ、行こうか」
エメリ先生に先導されて、僕はリナリーさんと王立魔術大学に向かう。
王都の第七地区にあるその建物は、アイオライト王国魔術界の最高学府。
スパニッシュコロニアル様式で作られた校舎はお城や史跡を思わせるような重厚な作り。
広大な敷地中央には、大学のランドマークである巨大な塔、グミュント大天文台がそびえ立っている。
この天文台の右側は主に魔術そのものを追求する学部が。左側は魔術を社会にどう役立てるかを追求する学部が設置されているらしい。
とは言え、六賢人は魔術そのものにしか興味ない人たちばかりだから、左側の学部は学内でもおざなりにされがちだとか。
以上、図書館で調べてきた事前知識。
「お待ちしておりました、エメリ様。アーヴィス様、リナリー様」
守衛の魔術師が一礼して僕らを迎えてくれる。
「手荷物の確認をさせていただきます。申し訳ありませんが、規則ですので」
手荷物の検査は厳重なものだった。
守衛の魔術師はあめ玉一つ見逃さないと決めているみたいに僕らの衣服を隅々までチェックした。
「ここまで厳重にする必要あるんですか?」
「学内の研究結果は絶対に許可無く外に出してはならないというのが規則です。記憶媒体や通信機器の持ち込みは許されません」
「そういうものなんですね」
僕はちらりと袖のカフスボタンを一瞥する。
こっそり持ち込む気満々なんだ、ごめん。
「敷地内には七十二種の魔術結界と魔術障壁が張られています。出入りできるのはこの朱門だけ。鼠一匹通さない万全の警備態勢で学内の研究成果は守られているわけです」
誇らしげに言う守衛さん。
「問題ありませんね。どうぞお通りください」
正面に位置する朱色の大きな門が開く。
僕は扉の前で少し足を止めた。
「すごくしっかりした作りの門ですね。興味深いです」
「著名な建築家たちが総力を挙げて作った歴史と伝統ある建築物ですからね」
うれしそうに答える守衛さんに心の中で謝る。
そうやって時間を稼いでいる隙に、魔術光学迷彩で姿を消したエージェントたちが集団で学内に侵入しているのは、僕らしか知らないことだった。






