74 拡大する漆黒
side:高位悪魔、フォゴス
「シトレーが黒の機関に捕らわれたようです」
暗闇の中、フォゴスは玉座に座る■■に言う。
「彼の者達は、ウェンブリーでの計画を妨害しただけに留まらず、次々と我々の資金源を強襲しています。スラムの子供を誘拐しての人身売買、リヴァーラン地下奴隷市場、遂にはアーズ・ラル・グールまで……内通者がいる可能性があります。ここまで、的確に我々に繋がるルートを強襲するとは」
「ほう。内通者」
地の底から響くような、何かがこすれるような声。
玉座に座っていたのは皮膚のない男だった。
血のように赤い身体は、黄金の法衣で覆われている。
■■は言う。
「内通している可能性がある者に心当たりはあるか」
「あくまで可能性の段階ですが何名かは」
「殺せ」
「え……」
フォゴスは言葉を失う。
「待ってください。あくまで、私が怪しいと感じているだけで確証は何も」
「駒はいくらでもいる。形の悪い果実は切り落とさなければならない」
■■は言う。
「すべては、ゴルゴダのシナリオ通りに進んでいる。この国のことなど、どうなったところで結末に影響はない」
「その通りです、名前のない王。しかし、少しでも早く世界を作り替えるために、この国の人間は私が責任を持って根絶やしにしますので」
「好きにしろ」
瞬間、■■の姿は玉座から消えている。
残っているのは持ち主のいない豪奢な玉座だけ。
フォゴスは深く安堵の息を吐く。
彼は自らの王が、自身の計画にさして興味が無いことを知っていた。
それでも、フォゴスにとってこの計画が重要なものであることに変わりは無い。
自らが中心となって暗躍してきたアイオライト王国。
その終焉の幕を引くことができるのだ。
悪魔である自分が紛れ込んでいることにも気づいていない、愚かな他の六賢人を思い浮かべてフォゴスは笑みを浮かべる。
「終わりの時は、すぐそこまで近づいているというのに」
闇の中、笑い声が反響する。
◇◇◇◇◇◇◇
破綻の危機も乗り越え、黒の機関は順調に勢力を拡大していた。
黒仮面騎士変身ベルトの売り上げはとどまるところを知らず、『ひまわり玩具』は急成長。
ウィルベルさん主導で『シュヴァルツコーポレーション』に社名を変更し、おもちゃ作りだけでなく、IT事業、出版事業にも新規参入。
「あたしさ、これからはより正確なロボット型検索エンジンの時代が来ると思うんだよ」
「うん! 良い考えだと思うよお姉ちゃん! そうなるとより精度の高いウェブページを表示できるアルゴリズムが必要だね!」
「より正確か。それなら学術論文の重要性を測る指標を使えばできるかも。名前は……そうだね、qooqleとかどうかな」
「良いな! よし、それでいこう!」
スポンジが水を吸うようにIT技術を吸収した子供たちは、いつの間にか世界トップレベルのハッキング技術を身につけたサイバー集団と化していた。
知的レベルが高すぎて正直、僕はもう何を話しているのかわからない。
まずい、このままではアホがバレる。
そう危惧した僕らはがんばらなくていい、ずっと寝てていいとみんなで必死になって伝えたけれど、「なんて優しい人たちなんだ……!!」って感動されてよりがんばり始める始末。
よくわからないけど、できた検索エンジンはすごく時代に即したものだったみたいで、恐ろしい勢いで利益が出まくってるし。
……何これ?
その額稼ぐためには僕自販機釣り銭チェック百万日くらいしないといけないんだけど。
とんでもないんだけど。
一方出版部門では、クラスの女子たちが大活躍。
創刊されたBLコミックスは全国の乙女たちからこんな漫画を求めていたと熱狂的な支持を集め、すさまじい売上を記録してるらしい。
一番人気は020(トゥエンティ)が書いた『秘密結社総裁だけど周囲のイケメンたちに脅されていますシリーズ』
主人公のアーヴィングが周囲のイケメンたちに次々と弱みを握られて脅され、「抱かせてください」と迫られる作品らしい。
「この抱くってハグのことだよね?」と聞くと、ドランは飼い猫が死んだ朝みたいな顔で「知らない方が幸せなこともあります……」と言った。
なぜかクラスの男子たちも、みんな死んだ魚のような目をしているような。
「ああ、アーヴィスくん総受けハーレムたまりません! 020(トゥエンティ)、貴方は天才! 大天才です! わたしはこの作品を読むために! そして世界に布教するために生きてきたんだなって今はっきりと確信しました! さあ、その調子で続きを! 続きの話をお願いします先生!」
「そ、そうかなぁ。えへへ」
熱狂的な031(サーティワン)編集と共に作業を進める020(トゥエンティ)。
「ぐ……私も負けていられませんわ! もっと濃厚なレオ×アヴィを形にしませんと!」
「誰が何と言おうがグロ×アヴィが至高だから! 先輩×後輩カプが一番だから!」
「人気になるために、もっと過激なシーンを描かないと」
「そうだ、ここでアーヴィスくんは無理矢理後ろの処女を奪われて――」
悪魔なんかよりもさらに深い闇を感じたので、僕は考えることをやめることにした。
知らない方が幸せなことってあるよね、うん。
「私の夢小説も本にすればもしかしたら……でも、私たちは隠れるべきとされてるし、えっとえっと」
007(セブン)は頭を抱えて何やら迷っていた。
クリエイター志向の子が多いFクラス女子たちである。
一方でFクラス男子と僕、リナリーさんイヴさんで構成されている攻撃部隊も順調に犯罪組織や賞金首を狩って世界の闇への侵攻を続けていた。
スパイ的な侵入技術や、ガンブレードを使った戦闘の練習も毎日続けて練度も日増しにアップ!
元が素人な分成長も速い上に、最新鋭のトレーニング機材の力も加わって、
僕らはすさまじい速度で凄腕エージェントへの階段を駆け上がっていた。
依然として黒の機関の活動には賛否両論あるものの、近頃では謎のヒーローとして好意的に扱ってくれる記事も増えている。
結果、さらにおもちゃが売れて『シュヴァルツコーポレーション』が拡大しているわけだけど。
そんな感じで順風満帆な黒の機関が、目下取り組んでいるのが、捕えた悪魔、シトレーの尋問。
エリスの身体を治すためにぶっ倒さないといけない悪魔の王につながる大切な工程だ。
黒の機関は世界の闇を狩る秘密結社なので、こういう尋問にも決して手は緩めない。
二百ある選択肢の中から選ばれた最も有効かつ非道な尋問方法が容赦なく悪魔に行われていた。
「なあ、シトレー。お前にも故郷のおっかさんがいるだろう。これ以上悲しませるんじゃない。吐いて楽になっちまおうや」
僕は穏やかな口調でシトレーに言う。
「いや、おっかさんとかいないし」
「強がらなくてもいい。大丈夫。怖くない」
僕は微笑む。
「ほら、もやしたっぷりカツ丼だ。うまいぞ? 吐いてあたたかいうちに食べちまおうや」
「いや、あたし別に食べるとか必要ないから」
「強がらなくてもいい。ほんとは食べたいんだよな。僕は今から三十秒目にゴミが入って何も見えないからさ。何もしてても気づかないから」
「……変なやつ」
あきれた声で言うシトレー。
宣言通り、三十秒「あー目にゴミがー」と映画賞ものの名演技をしていると、おずおずとその手がどんぶりを持ち上げたのが気配でわかった。
「……何これ。うまっ」
驚いた様子の声に僕は可笑しくなる。
「あー、ゴミ取れたー。何も見えなかったわー」
「あたしじゃなくてももっとマシな演技しようぜって言うと思う」
「さあ、吐いちまおうや。そしてちゃんと罪を償おう。それがおっかさんにできる一番の孝行だって。大丈夫、まだまだやり直せるからさ」
「だから、おっかさんとかいないって」
シトレーはあきれた声で言う。
「あたしが知ってることなんて微々たるもんだよ。『あのお方』はあたしら末端のことなんて興味ない。何を返すどころか何も教えてさえくれないから。あたしが上納金を渡してたルートもとっくに後始末がされてるだろうし」
投げやりな言葉だった。
「どんなに思っても尽くしても、結局何も返してはくれないんだよ。そういうもんさ」
そこにはどこか寂しさが混じっているような気がした。
◇◇◇◇◇◇◇
その日、グランヴァリア王立魔術学院に一通の手紙が届く。
差出人の名前に、事務員は驚きのあまり手紙を落とす。
それはアイオライト王国における魔術の世界。
その頂点に君臨する六賢人連名の手紙だった。
俗世になどまるで興味を持たず、ただ自らの興味に従って魔術の真理を目指す六賢人。
彼らが一体どうして、学院に手紙なんて――
他の手紙なんて確認している場合ではない。
慌てて事務員は学院長の部屋へ急ぐ。
初老の学院長も、手紙に対する反応は同じだった。
差出人を見て絶句し、落とした手紙を跪いてあわてて拾い直す。
ふるえる手で、封筒を開く。
恐る恐る中の手紙を広げる。
『グランヴァリア王立魔術学院に所属する二名の魔術師。アーヴィスとリナリー・エリザベート・アイオライトを王立魔術大学にて一時的に預かる。我々は彼の者の魔術に強い関心を持っている』
手紙には走り書きでそう書かれている。
「す、すごい……信じられない……!! うちの学生が六賢人に興味を持っていただけるなんて……!!






